2019年10月22日に斎行された、新たな天皇が即位を内外に宣下する「即位の礼 正殿の儀」。その中で皇位継承の証とされる三種の神器のうち、草薙剣の別名で知られる天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)が話題となりました。そもそもこの三種の神器、天叢雲剣とはなんなのでしょうか?

■三種の神器が象徴するもの

 三種の神器とは、天孫降臨神話において、皇室の父祖となる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が高千穂峰に降り立つにあたり、天照大神(アマテラスオオミカミ)から授けられた3つの宝物を指します。それは八咫鏡(ヤタノカガミ)、八尺瓊勾玉(ヤサカノマガタマ)、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)のこと。

 その後、三種の神器はニニギノミコトの子である彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト。『海幸山幸』説話の山幸彦)、その子鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)、その子である神武天皇へと代々受け継がれていきます。天皇は三種の神器を保有していることにより、天上から遣わされた天孫(ニニギノミコト)の正当な子孫であることを証明している、というのが過去の皇統における位置づけでした。

 古代では、この三種の神器が「天皇」であることの証明となるため、これをめぐっての戦も起こり、天皇が戦いの中で崩御する事態も起こっています。適当な例えではありませんが、この当時、天皇という地位を示すチャンピオンベルトのような存在が三種の神器であり、3つあることから全日本プロレスにおける三冠ヘビー級王座のベルト的な存在と考えると、俗ですが理解しやすいかもしれません。

 しかしながら、天皇が実権を持つような親政の時代は過ぎ、南北朝の合一がなされて以後、天皇の存在は国の権威の象徴という状態に。これにより、三種の神器は皇位継承の際に用いられる儀式の道具(神具)としての役割が主なものとなります。歴代天皇が所持する三種の神器のうち、八咫鏡と天叢雲剣は、別々の神社(八咫鏡は伊勢にある神宮の内宮、天叢雲剣は愛知県の熱田神宮)の御神体となっているオリジナルの持つ力を遷した「形代(カタシロ)」です。

■ほかと来歴が違う天叢雲剣

 三種の神器のうち八咫鏡と八尺瓊勾玉は、「古事記」によれば、いわゆる「天岩戸」の説話でアマテラスが天岩戸に身を隠した際、外へと呼び戻すために高天原(タカマガハラ)の神々が知恵を絞り、一計を案じた時に作られたものとされています。鏡と勾玉はその形状から、太陽と月を表すという説も。

 神々が作り上げた八咫鏡と八尺瓊勾玉に対し、天叢雲剣は全く異なる来歴を有しています。「古事記」によると、高天原を追われて出雲に降った素戔嗚尊(スサノオノミコト)が、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際、その尾から発見されました。作者は明らかではないのです。

■ヤマト神話と出雲神話

 これには「古事記」「日本書紀」に見られる日本神話が、それぞれ異なる系統を持つ人々によって伝えられてきた説話をまとめた、ということが関係しています。アマテラス、月読命(ツクヨミノミコト)、スサノオ3柱の神々で、イザナギの左目を洗って誕生したアマテラス、同じく右目を洗って誕生したツクヨミは、それぞれ太陽と月という対になった存在。これに対し、スサノオはイザナギが最後に鼻を洗った時に誕生しており、対照となる存在がいないのです。

 これはスサノオが、現在の出雲地方を根拠とする人々(部族)によって信仰されてきた神だから。研究者の間で言われる「出雲神話」の主要神の1柱が、スサノオなのです。「古事記」や「日本書紀」で乱暴な振る舞いをしているスサノオが象徴しているのは、台風など嵐。この粗暴さは台風の威力を示すのと同時に、ヤマトとは異なる(敵対していた)イズモの人々を表現したものという見方(バーバリアン説話)もあります。

 これと対照となる存在が、実りを象徴する出雲神話のもう1柱の主要神、大国主神(オオクニヌシノカミ)。台風の後に秋の実りを迎えるという、農耕のサイクルを通じてスサノオとオオクニヌシは対になっているわけです。これはインド神話における、創造神ブラフマーと破壊神シヴァの関係と似ています(インドでは2柱の間で調和を司るヴィシュヌとで3大神を構成)。

■天叢雲剣の出自が意味するもの

 台風を神格化し、強大な力と武勇を誇るスサノオが退治するヤマタノオロチも、また台風に関係したもの。古来ヘビは水を象徴する存在で「日本書紀」や「万葉集」には、暴れ川の主である大蛇「ミズチ」が登場します。

 人を食らうヤマタノオロチは、台風や大雨で氾濫し、人々を飲み込む川を大蛇に例えた姿だといえます。そしてその尾から見つかった天叢雲剣。剣の神というと武甕槌神(タケミカヅチノカミ)を思い浮かべる方もいるでしょうが、タケミカヅチは雷神でもあり、大空を切り裂く雷光を剣に例えたものといえます(刀を鍛える際に出る火花を雷に見立てたという説もあり)。

 天叢雲剣が何故ヤマタノオロチから出てくる必要があるのか、そして何故スサノオが発見するのか。剣(雷)も大蛇(洪水)も、どちらもスサノオ(台風)と不可分の関係にあるからなのです。

■三種の神器に天叢雲剣がある意味

 高天原の神々(ヤマトの神話)によって作られた、アマテラス(太陽)を象徴する八咫鏡と、ツクヨミ(月)を象徴する八尺瓊勾玉。これに出雲神話の天叢雲剣が加わり、三種の神器を構成しています。

 代々の天皇に受け継がれてきた三種の神器は、古代日本におけるヤマトとイズモの戦いと、その結果としてヤマトによりイズモが統合され、2つの神話が融合したということを示すもの。いわば古代日本の統合を象徴する存在だといえます。

 日本国憲法第一条において、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるとされています。天皇の正統性を示す三種の神器は、そのずっと昔から日本統合の象徴として、天皇とともにあり続けていたといえる存在なのです。

(宮崎県民俗学会会員・咲村珠樹)