繊細で華やかな食の飾りを寄せることで誰かを喜ばせたい、そんな粋な思いが日本料理の文化にあります。その飾り切りでできたきゅうりの芸術作品が、見た人たちを虜にしています。

 「河童の天皇が来たときは是非作ってあげてください」と、きゅうりを見事な包丁さばきで華麗な飾り切りに仕上げていく動画をツイッターに投稿したのは、日本食の美しさを伝えたいと趣味で包丁を握る、おいり@baoさん(以下おいりさん)。

 約1分間の動画には、きゅうりを縦半分に切って薄くスライスしたところから始まり、瞬く間に次々と飾り切りを完成させていく様子が凝縮されています。半透明なほどに薄く切られたきゅうりからクルクルとした形を作ったり、青々とした木を彷彿とさせる形になったり。

 皮だけを桂剥きにして生糸のような細さに切り込みを入れてくるっと丸めたものは、元がきゅうりの皮とは思えないような繊細な束へと変わっていきます。

 そして中身の部分を薄く桂剥きにして中心へと輪にしたものを、薄く青波文様のような形へと変えていくさまは、飾り切りの極みを見たような気持になります。

 扇形へと末広がりなめでたい形、1本のきゅうりを完全に切れる手前で薄く切りながら残し、倍以上の長さにしたもの、輪っか状のきゅうりを鎖にしたり、古典的な市松模様にしたり……多彩な飾り切りは全部で14種類にものぼります。

 あまりにも美しく繊細な飾り切りの数々を見た人たちは絶賛。河童の天皇がいたとしたら、このきゅうりにどんな言葉を発するのか……。言葉を失ってしまうかもしれませんね。

 おいりさんが飾り切りに目覚めたのは、20歳の頃。ちょっといい日本料理屋に行った時に、お造りの横に添えられてるあしらいの美しさに感動し「その時にこの技術がほしい、極めたいと思い包丁を集め飾り切りを本格的にはじめました」と日本の飾り切りに傾倒していったのだそう。

 子どもの頃から細かい作業が好きで、しかもおいりさんのお祖父様は料理人。そんな下地もあって、成人前からも料理はしていたそうですが、改めて日本の「粋」に触れたことが飾り切りへと進むきっかけとなったようです。

 おいりさんが飾り切りを始めるようになってから、現在で約2年半。その間につらいと思うことは一度もなかったと言いますが、やはり最初の頃はなかなか思うように切ることができないのが悔しく、「なんでできないんだろう……とずっと考えてました。包丁に慣れることが1番大事だと思ったので1日1回は必ず握るように心がけていました」と振り返っています。
 
 そして、飾り切りをやってきた中で印象に残っているのが、小さい子にりんごを白鳥にする飾り切りを見せた時のこと。「その時の子供の反応が嬉しすぎて、もっと人を喜ばせたいと思いました。自分自身がそう思ったように、ただ1つの食材に包丁を加えただけで美しいと感じるので飾り切りは素晴らしいものです」と話して下さいました。

 子どもの頃、母にりんごを剥いてもらう時にウサギの形にしてもらうのが嬉しかったことをふっと思い出しました。それだけでも子ども心に嬉しさを感じたものですが、白鳥のりんごを見たら、子どもの頃の私はあまりのすごさに「食べたいけど食べるのもったいないよ!」と叫んでいたかもしれません。

 今まで飾り切りに挑戦してきた食材について聞いてみたところ「きゅうり以外にも、人参、かまぼこ、かぼちゃ、大根、ブロッコリー、ラディッシュ、蓮根、牛蒡、フルーツとほとんどやってきました。中でもきゅうりなどの皮と中身の色が違うものは美しい仕上がりになりますね」と、市場で手に入る野菜と果物のほとんどを網羅している模様。大根や人参などは高級料亭などでもおなじみといったところですが、ブロッコリーのあの形がどんな飾り切りになるのか……想像だにつきません。

 これからに向けて挑戦したいことは、「私は日本人みんなが飾り切りできるようになったらすごい素敵な国になるだろうなと思っているので、SNSを通じて視聴者にやってみたいと思わせるようなものを作っていきたいと思ってます」と、さらなる高み、そして誰もが、「これくらいでも飾り切りになるんだ!」と思ってもらえることを伝えたいのだそう。

 日本の伝統美の一つである、和食の粋。おいりさんは、「日本という国、よく切れる和包丁のある日本に生まれて良かったと心から思ってます」と、和食の美しい文化を心から愛しています。

 グローバル化に伴って、日本の伝統が見直されていく中、こうした美しい伝統とそこから広がる新しい日本ならではの文化、これからもずっと続いていくことを願わずにはいられません。

<記事化協力>
おいり@baoさん(@oiri_kitchen)

(梓川みいな)