一般に「松の内」とされる1月7日を過ぎると、正月飾りは集落ごとに1か所に集められ、小正月(1月15日)に燃やされます。これを「どんど焼き(どんと焼き)」や「鳥追い」「左義長」などと呼び、正月行事は一区切りを迎えます。

 最近では安全に燃やせる土地が確保できず、減少傾向にある行事ですが、これはどのような意味があるものなのでしょうか?

■ もともとは「神送り」の行事

 各地で名称の異なる、正月飾りを燃やす小正月の行事。この火であぶった餅を食べると健康で過ごせる、といった民間信仰も存在します。

 これとよく似ているのが、お盆の終わりに行われる「送り火」。発想としてはこれと同様で、松飾や門松を目印にやってきた歳神(としがみ)を天に送るのが小正月の「どんど焼き」です。

 もちろん、用済みとなった正月飾りを焼却処分するという目的もありますが、歳神様をお迎えした印(正月飾り)をそのまま廃棄するとバチが当たる、という考えから、燃やした煙にのせて天に送るという訳です。神社で古いお札やお守りを「お焚き上げ」するのと同じ性格のものといえるでしょう。

■ 各地で違う呼び方の理由は?

 各地では様々な名称で行われていますが、代表的な「どんど(どんと)焼き」というのは、正月飾りを「どんどん」持ってきて燃やす様子を表現したものとも、時折はぜる音が「どんどん」と聞こえるからとも言われます。

 鳥取県鳥取市酒津で小正月に行われる国指定重要無形民俗文化財「トンドウ」では、燃やすために組まれた円錐形の造り物(焼き代)を「トンドウ」と呼んでいます。この語源ははっきりしていませんが、形状については昔の産室などに使われた「忌屋」との関係が指摘されています。

 田園地域でよく見られるのが「鳥追い」という名称。これは農作物に害を及ぼす鳥を火で追い払う、という考えから呼ばれているようです。福井県福井市には火祭りではありませんが、同じく害獣を払う「キツネガリ」という小正月の行事(国指定重要無形民俗文化財)が伝わります。

 昔の宮廷行事にルーツがあるとされるのが「左義長」。これはかつて皇族や貴族たち(平安時代以降は一般庶民も)の間で正月に行われた、木製のボール(毱)を杖で叩いて転がす「毱杖(ぎっちょう)」というホッケーのような遊びに使った道具を燃やし、処分したという言い伝えから転じたものとされます。

 神奈川県大磯町で行われる国指定重要無形民俗文化財「左義長」は、海岸で集落ごとに円錐形の造り物が設置され、燃やされます。火が上がる中、海に入った若者と浜側の子どもとが綱引きをして豊漁を祈願する「ヤンナゴッコ」という行事もあるのが特徴です。

 また「道祖神まつり」と呼ぶ地域もあります。これは歳神(トシノカミ)と道祖神を表す「サイノカミ(サエノカミ)」と同一視したもののようで、大きな社殿を作って燃やす長野県野沢温泉の「道祖神まつり」が有名。

 同じ「サイノカミ」とよぶ火祭りでも、地域によって違いがあります。福島県会津地方にある三島町の国指定重要無形民俗文化財「サイノカミ」では、地区ごとに作法が異なるものの、カカシのような姿をした「サイノカミ」に火をつけ、無病息災を祈ります。

 富山県入善町の邑町(むらまち)地区で行われる国指定重要無形民俗文化財「サイノカミ」では、地区の子どもたちが男女1対の木人形(デク)とともに「サイノカミの歌」を歌いながら家を訪ねて回り、正月飾りを集めます。地区の境に作られた円錐形の造り物に納めて火をつける形。

 長野県松本市周辺では、この行事を「三九郎(さんくろう)」と呼んでいます。語源は、この儀式を執り行った神職の福間三九郎に由来する説のほか複数の説があり、定まっていません。

 全国で見てみると、同じ名称なのに作法が違ったり、逆に似た作法の行事なのに別の名称になっていたりと、相違点と共通点が見られる小正月の火祭り。別の地域出身の人と話し、地元の行事との違いを楽しむのも良いかもしれませんね。

<参考>
文化庁文化遺産オンライン

(執筆:咲村珠樹・宮崎民俗学会員/写真:山口弘剛)