食品サンプルと言えば飲食店の前に飾られていて、本物そっくりな造形美に食欲をそそられるものです。

 しかし、大阪にある食品サンプルメーカー・株式会社いわさきの公式SNSに投稿された食品サンプルは、食べた後の様子が表現されています。こ、これはいったい……。なぜ、この食品サンプルを作ったのか、聞いてみました。

 投稿された食品サンプルの作品名は「ふぅ~!ごちそうさま!!」。これは超ベテラン職人の工場長が、2023年にいわさきの社内で開催された製作コンクールのために作ったもの。

 社内審査でもざわめきが起こり、一瞬「手抜きか!?」と疑われたといいます。ただ、じっくり細かく観察すると、その道を究めた「味わい深い表現」が随所に散りばめられているそうです。たしかに、お皿の上に料理が無いにもかかわらず、カレーを食べたことは一目瞭然で、食べた人の満足そうな表情も目に浮かんできます。

食品サンプルの作品名は「ふぅ~!ごちそうさま!!」

■ 工場長「形あるものを作るだけが、ものづくりではない」

 いわさきの担当者にうかがうと、工場長は入社して38年になる、「見た目がゴリラのよう」な人物だといいます。スイーツ専門部門のリーダーもされていて、洋菓子や和菓子など、見た目とは裏腹にあらゆるスイーツの食品サンプルを得意としているのだとか。

 工場長にも今回の作品について聞いてみたところ、「食品サンプルというものの根本は、料理のとある一瞬を止めて作られるもの」と、まず力説。

超ベテラン工場長「形あるものを作るだけが、ものづくりではない」

 通常は「できたて100%の状態」のものや、「箸で持ち上げたりスプーンですくったりした食べる瞬間」を表現したものが店頭に飾られます。社内の製作コンクールでも、このような作品がよく登場するそうです。

 これをさらに突き詰めて考え、行きついた結論が「何も無い状態」だったといいます。「形あるものを作るだけが、ものづくりではない」と語る工場長。無いからこそ、そこにあったものを想像させるという、哲学にも通じるテーマに対して大真面目に取り組んだ作品なのだとか。まさに入社38年の職人にしかたどり着けない境地です。

■ 力作もコンクールでの評価はイマイチ

 工場長は「完璧な食べ終わりの瞬間」を追究するため、何度もカレーを食べて最後の状態を観察。お皿に残ったカレーの粘り感やスプーンですくった形跡、ルーの中に見えるスパイスはカレーの辛さや香りを彷彿とさせ、一粒残った米粒もリアルです。

 さらにこだわった部分はカレーだけでなく、隣に置かれているコップの水にも及びます。ガラスの表面に付く露や残った水、氷の解け具合も工夫。氷をキラキラ見せるため、底にアルミ箔をさりげなく仕込んでいるそうです。シンプルなテーマゆえにバランスが難しく、スプーンや紙くずも自然に見える絶妙のポジションで接着固定されています。

ガラスの表面に付く露や残った水、氷の解け具合も工夫

 超ベテラン職人が細部までこだわった力作「ふぅ~!ごちそうさま!!」。ところが製作コンクールでの評価はイマイチ……。投票形式の得票もほぼ集まりませんでした。それでもSNSでは作品を見た人から「これは凄い!」「達人の領域!」などの声が寄せられ高評価。これには「嬉しいですね!」と喜んでいました。

作品を見た人から「これは凄い!」「達人の領域!」などの声が

 ちなみに今回の作品は製作コンクールのために作られた一点ものなので、一般販売の予定は無し。今後、各地のイベントで登場するかもしれないとのことです。

<記事化協力>
株式会社いわさき (X:@IWASAKI_SAMPLE/Instagram:iwasaki_sample

(佐藤圭亮)