2018年1月~3月に放送されたテレビアニメ「宇宙よりも遠い場所(略称:よりもい)」。普通の女子高生ら4人の少女たちが、ちょっとしたきっかけと情熱で、南極へ行ってしまうというお話です。

 この作品を見て日本側の舞台である群馬県館林市だけでなく、南極に興味を持ち、国立極地研究所に併設された「南極・北極科学館」に行ったり、南極観測船しらせの艦艇公開に出かける「聖地巡礼」をした人もいるかと思います。しかし実際に南極まで行くのはハードルが高い……と思いきや、ついに「宇宙よりも遠い聖地」南極へ上陸を果たしたファンが現れ、Twitterで現地からその様子を報告しました。

 この宇宙よりも遠い聖地巡礼を行ったのは、1999年からテキストサイト「ろじっくぱらだいす」を運営するワタナベさん。サラリーマンの傍ら、本を出版したり謎解きイベントなどを主催しています。2019年1月31日付、南極からの最初のツイートは、「よりもい」の小淵沢報瀬の名セリフにちなんで「「宇宙よりも遠い場所」放送から1年!気の遠くなるような準備期間を経て、やっと、やっと、よりもいの聖地、南極に来たぞー!!!やったー!ざまあみろ!ざまあみろ!ざまあみろー!!!(≧▽≦) #yorimoi #よりもい」というもの。


 ワタナベさんによれば、最初は「あー新しいアニメ始まったなぁ、見ておくか」という軽い感じで見始めた「よりもい」。回を追うごとにお話に引き込まれていき、いつも元気な三宅日向が学校をやめたいきさつを告白し、昭和基地を日本をつなぐ中継イベントの場で、4人で日向の陸上部時代のチームメイトと対峙する第11話では、感動の涙が止まらなかったといいます。

 放送が終わり「よりもいロス」に打ちひしがれたワタナベさん。彼女たちの想いの一部でも実感したいということから「南極に聖地巡礼してみたい」という考えに至ります。「南極に聖地巡礼はさすがに無理だ」というコメントが様々な場所で見られたことも「だったらやってやろうじゃないか!」と、南極行きの動機になったといいます。なんだか、中学時代に南極で行方不明になった母を探しに「絶対に南極に行く!」と誓った小淵沢報瀬みたいですね。

 南極に行く方法を調べてみると、もう40代となっている自分には南極地域観測隊に参加するのは年齢的にも専門性(「しらせ」を運用する海上自衛官のほか、研究者や調理人、医師、消防士、事務作業を行う要員として市役所職員、雪上車や発電機の整備を行うメーカー技術者など)からも厳しいと判断し、現実的にツアーを選択しました。

 実は南極ツアーというのはそこそこ存在していまして、海外でも人気だったりします。特に2000年以降、南極への観光客は急増していて、現在は年間約2万人が訪れるとか。「Antarctica tour」で検索してみると、アルゼンチンやチリ、オーストラリアから出発し、交通機関はチャーター船や飛行機など、予算に応じてさまざまなツアーがヒットします。中には飛行機で行く南極点ツアーや南極点上空を周回する遊覧フライトもあり、南極点にあるアメリカのアムンゼン・スコット基地には土産物コーナーまで作られているほど。そんな中からワタナベさんは、日本発の添乗員付きツアーを選択しました。予算は……というと、約二週間の日程で、渡航費用と税金や港湾施設使用料(ポートチャージ)、チップに保険などを合わせて200万円弱だったといいます。

 たまたま独身で、そのくらいの蓄えがあったワタナベさん。さらに偶然ながら、運営するサイト「ろじっくぱらだいす」開設20周年となる2019年1月20日の数日後が、日本発南極ツアーの出発日(チャーターを含む特殊なツアーなので出発日の指定がある)であることを知ります。これは神様が「YOU、行っちゃいなYO!」と後押ししてくれてると感じたワタナベさんは、蓄えを南極へ注ぎ込むことにしたのです。

 資金面はクリアしたものの、サラリーマンにとって二週間の休暇申請というのは、なかなか受理されにくいもの。しかし幸いにも有給休暇を取りやすい環境の上、1年前(つまり「よりもい」放送中~放送終了直後)からずっと休暇取得について言及していたため、比較的スムーズに取得できたそうです。さすがに緊急時のため、連絡先を聞かれた際に「南極へ行く」と告げたら、「何しに行くの?」と言われたそうですが……。

 ワタナベさんの参加したツアーは、南極へのチャータークルーズ。添乗員だけでも11名が参加していたそうです。クルーズ船ということもあり「よりもい」でも言及された、南緯40度から始まる卓越風による「吠える40度、狂う50度、絶叫する60度」という強風と荒波も、往路では天候に恵まれてほとんど揺れることなく南極へ到着したとか。参加者の中には20年前にも南極へ行った(観測隊ではなくツアーで)という方もいたそうで、当時は「もっと揺れて遅い船の2段ベッドに泊まって行った」といい、今回のようなプールにも入れるクルーズ船は「天国だ」と語っていたそうです。その方はツアーの3日後には正反対のグリーンランドへ旅立つ予定だったとか。なんか主人公のキマリ(玉木マリ)が南極から帰って来た時、北極に行っていた高橋めぐみの役割まで1人でこなしてるみたいです。やはり極地ツアーの需要って大きいんでしょうか。

 いよいよ南極の地を踏みしめたワタナベさん、実際に目にした南極の風景には驚いたとか。まず、南極といえばペンギンですが……いっぱいいます。ペンギンは群れ社会の生き物なので、みっちりと密集。しかも好奇心旺盛なので、こちらにどんどん近づいてくるという……1961年6月23日に発効した南極条約や日本の「南極地域の環境の保護に関する法律」により、こちらから動物に近づいたりすることは禁止されていますが、向こうから来る分は仕方ありません。作品中で報瀬がペンギンに囲まれる理由がわかったそうですよ。

奥の山の上までびっしりとペンギン


 そして映像やアニメではわからないペンギンの秘密が。「とても臭い!」んだそうです。事前に「ペンギンは臭い」と聞いていたワタナベさん、魚を食べるだけに生ゴミとか魚介類の臭いを想像していたそうですが、実際のところは「鳥のフンの臭いを1000倍したもの」だったとか。ということは、人がペンギンに囲まれる様子を見るときには、これから「きっとあの人、臭くてたまんないんだろうなぁ……」と思うことにしましょう。また、アザラシやオットセイ、クジラなども間近で観察できたそうです。

 先に挙げた南極条約や、南極地域の環境保護に関する法律により、環境の改変を伴う南極での活動には厳しい制限があるため、食事や寝泊りは停泊したクルーズ船で行ったそうで、そういう意味では快適だったというワタナベさん。空調もあるので食事は普段着、就寝時も日本から持参したパジャマだったそうです。

 ワタナベさんによれば南極の天候は基本的に曇り、時々吹雪という感じとのことで、滞在した期間は夏ということもあり、気温の面も摂氏プラス2度~マイナス2度くらい。それなりの装備をしていったこともあり、むしろ東京の方が寒いと感じたほどだそうです。それでも滞在した6日間のうち、1、2日ほど快晴の日があり、その時の風景は言葉を失うど美しかったといいます。

 帰路についたワタナベさん、いわゆる「絶叫する60度」に位置する南米最南端のホーン岬と南極大陸の間にあるドレーク海峡では、往路とは違う「通常営業」の嵐に見舞われました。波の高さは4~5m、ビル数階分の高さほどある波やうねりを船は乗り越えていきます。この波の高さは船の吃水(通常時の海面から船底までの深さ)を上回っているため、時折船が「空を飛んでる」状態になったとか。乗客もツアーコンダクターも具合を悪くしたそうですが、幸いにして(?)ワタナベさんは耐性があったらしく、船酔いせずに済んだそうです。

 2019年2月9日に無事帰国したワタナベさん、Twitterで「宇宙よりも遠い聖地巡礼」を現地報告したせいもあり、ものすごい反響があったそうです。ツアー中はネット環境があまり良くなかった(それでも繋がる時代になったというのがすごいですよね)ので、帰国して確認したら、ものすごい数のメールが来ていたそうで……ちょうど「よりもい」第12話で、母のパソコンを発見した報瀬が電源を入れてメールソフトを開いてみると、知瀬からのメールが続々と届いた状況に似ていたのかもしれません。そこまで再現できる南極ってすごいですね……さすが宇宙よりも遠い聖地。

 実際に南極への聖地巡礼を果たし、帰国したワタナベさんからは「最初はノリで行った南極でしたが、アニメ同様、たいへん素晴らしい場所でした。『よりもい』を知らなくても楽しめますが、知って行った方がさらに楽しめると思います。ドレーク海峡を越え、最初の流氷で南極圏を実感し、南極に着いたらぜひとも大声で「ざまあみろ!」と叫んでください!楽しいですよ!」というメッセージをいただきました。

 荒れる海など文字通り「難局」を乗り越えながら何日もかかって到達するため、宇宙飛行士の毛利衛さんがロケットで数分で到達できる「宇宙よりも遠い場所」と表現した南極。しかし、宇宙飛行士やごく限られた大金持ち以外はたどり着けない宇宙に比べれば、まだ一般人が行ける場所でもあります。もちろん結構なお金はかかりますが、一生の思い出に行ってみたいものですね。

<記事化協力>
ろじぱら ワタナベさん(@logipara_wata)

<参考>
環境省「南極地域の環境保護
外務省「南極条約・環境保護に関する南極条約議定書

(咲村珠樹)