通勤や通学に利用する電車。当たり前に利用している時は気にもとめませんが、引退して乗れなくなってみると、人生の一部を共に過ごしてきた存在だと気づくことがあります。

 大阪府の豊能町に鎮座する吉川八幡神社には、2両の電車が保存されています。かつて近くを走っていた電車が、ご縁もあって安住の地を見つけました。

 能勢電鉄妙見線の終点、妙見口駅から北へ徒歩10分の吉川八幡神社は、平安時代の治暦年間(1065年〜1069年)に源頼国(渡辺綱、坂田金時ら「頼光四天王」で知られる源頼光の長男)の七男、頼仲によって創建されたと伝わる由緒ある神社。祭神は「八幡様」こと応神天皇で、現在の本殿は安政3年(1857年)に檜皮葺の総欅造で建立されました。

 鳥居の横には、御神馬の「いづめ」号が暮らすスペースがあります。そこに並んで鎮座しているのが、マルーン色をした電車の先頭部分2両。

吉川八幡神社の御神馬「いづめ」号と2両の電車(吉川八幡神社提供)

 道路から見て奥側、上段に位置しているのが元能勢電鉄1500系(旧阪急電鉄2100系)1552号。道路側、下段に位置しているのが元阪急電鉄550形550号です。

 先に神社へやってきたのは、元能勢電鉄1500系1552号。吉川八幡神社神職の瀬戸朝一郎さんによると、神社の氏子地域が能勢電鉄沿線にわたっているということもあり、かねてより能勢電鉄の車両安全祈願などを執り行っていた縁があったのだといいます。

 2016年に1500系が引退するにあたり、神社に縁の深い電車だけに敷地内でどうにか保存できないだろうか、と申し出たのだとか。これには神職の瀬戸さんが鉄道好きであることも大いに関係していると思われます。

 面積の都合から1両丸ごとの保存はできず、先頭部から側窓1つ分までのカットモデルとして運び込まれ、現在の位置に。行先表示は特製の「普通 吉川八幡神社」となっています。

元能勢電鉄1500系1552号と吉川八幡神社の御神馬「いづめ」号(吉川八幡神社提供)

 1500系と肩を並べるようにしている元阪急電鉄550形550号は、2021年に加わりました。阪急電鉄の前身である京阪神急行電鉄時代の1948年に誕生した車両で、デビュー時は宝塚線や箕面線で運用が始まっています。

 阪急最後の小型車(車体長15m級)として晩年を箕面線で過ごしていた550形でしたが、箕面線の架線昇圧(直流600Vから1500Vへ)を間近に控えた1969年に引退。トップナンバーである550号は、メーカーであるアルナ工機(製造当時はナニワ工機)の記念すべき製造第1号だった関係で、兵庫県尼崎市の会社敷地内に静態保存されました。

 アルナ工機は2002年に3つの事業承継会社に分割され、550形550号はそのうち岐阜県養老町のアルナ輸送機部品の敷地に、運転台部分のみのカットモデルとして移転しました。吉川八幡神社にやってきたきっかけは、当地での保存が困難になり新たな保存先を探している、という話を耳にしたことから。

 「鉄道車両の保存の仲介を熱心に取り組んでおられる方がネットを介して公募されまして、それを知り応募させていただきました。譲渡が決まった時は大変嬉しく思いました。これで解体されずに済んだと思いました」

 2021年4月下旬、晴れて550形550号は新たな安住の地である吉川八幡神社へやってきました。550形は戦後の資材不足の時代に作られたため、内装が木製ですが、これについて瀬戸さんは次のように語ってくれました。

元阪急電鉄550形550号の据付作業(吉川八幡神社提供)

 「当時のアルナ工機尼崎本社での保存展示時に大変素晴らしい手入れがされており、また岐阜のアルナ輸送機用品様での保存状態も素晴らしく、現状では特別変わったことをする必要はない状態でございます」

 続く大型連休中には、SNSを通じて結成された「550形保存会」の皆さんが数人ずつ連日集まり、車体の清掃を行ったといいます。瀬戸さんによると、保存会のメンバーは約70名。春の大祭(2023年は4月2日)時における見学イベントなどでお手伝いをお願いしたり、定期的な清掃にも参加してもらっているそうです。

 鳥居横の道路に面した場所に位置しているため、参拝者や通りがかる人からもよく見える2両の電車。瀬戸さんは「通勤や通学で能勢電鉄様や阪急電鉄様を利用される方が大勢いらっしゃいますので、当時を思い出して『懐かしい』『これ乗って仕事に行ってた』といったお声を頂戴することが多いです」と話します。

 2023年2月現在、元能勢電鉄1500系1552号は1983年に阪急電鉄から譲渡された当時の塗装をイメージした、マルーン地に窓周りがクリーム色をした期間限定塗装となっています。これまでの阪急マルーン1色だった最終時(2003年〜引退)とはまた違い、より能勢電鉄を感じさせてくれますね。

 今後は雨をしのげる屋根の架設など、より保存に適した環境づくりを進めていくとのこと。「費用や時間もかかりますことですので、長い目で見守っていただけますと幸いでございます」と、少しずつ手を入れていく予定だそうです。

 御神馬の「いづめ」号と並ぶ姿はちょっとシュールにも思えますが、どちらも神社を代表する存在に変わりはありません。これからも末長く、多くの人の目を楽しませてくれそうです。

<記事化協力>
吉川八幡神社(@hachimanshrine
吉川八幡神社 御神馬「いづめ」公式(@yoshikawa8izume

(咲村珠樹)