皆さん、こんにちは。コートクです。いよいよ2010年第1クールも終盤に近付き、テレビアニメは盛り上がりを見せていますね。さて、そんな中、或るアニメが完結しました。その名は『東のエデン』。今回は、この作品を取り上げようと思います。
『東のエデン』は2009年第2クールにフジテレビ系列の「ノイタミナ」枠で放送されたテレビアニメです。ただ本作、変っているのが本編となるテレビシリーズだけでは物語が完結しませんでした。

そこで、2009年11月に続篇となる映画『東のエデン 劇場版Ⅰ The King of Eden』が公開され、更に現在、完結篇となる映画『東のエデン 劇場版II Paradise Lost』が2010年3月13日より公開されています。

ストーリーは、正体不明のフィクサーから、日本をより良くするために1人あたり百億円を与えられた人々(劇中では“セレソン”と呼ばれる)が、それぞれの思惑を実現させようと活動する様子を描くものです。セレソンのうち、例えば、医者をしている者は病院の医療体制を充実させようと考え、官僚をしている者は内務省を再建しようと考えていました。

約10人程度いるセレソン達の活動を描く一方で、本作は、現代の若者達が抱く苦悩、挫折、鬱屈、怨嗟、そして漲るエネルギーといったものも重点的に描きだしたのです。
具体的には、セレソンの1人である主人公の青年・滝沢朗(声・木村良平)と、その仲間の大学生、加えて大量のニートの姿を描いています。では本作は、これら若者達の姿を描くことで、いかなる特徴を持つに至ったのでしょうか。テレビシリーズを振り返りながら、順にご紹介していきましょう。

まずテレビシリーズ第5話「今そんなこと考えてる場合じゃないのに」。
就職活動中の大学生であったヒロイン・森美咲(“森美”が苗字で名前が“咲”。声・早見沙織)は、企業の内定者面談を延期してもらったところ、企業側の不興を買い、内定取り消しと共に面接官に牛丼をぶっかけられてしまいます。
こうした大学生の就職活動にまつわる悲喜こもごもを描いた物語と言えば、昭和5年に公開された小津安二郎監督の映画『落第はしたけれど』が思い出されます。昭和恐慌(世界大恐慌)の頃に制作されたこの映画は、落第して卒業できなくなった早稻田大学4年生の主人公が、卒業できなかった事を当初は落ち込むものの、卒業していった友人達が就職先を得られなかった姿をみて、「むしろ落第して幸いだった」と安心するお話です。
『落第はしたけれど』も『東のエデン』も不景気の時期に制作され、大学生の就職活動を描いた作品ですが、前者には悲壮感があるのに後者には悲壮感がありません。
昭和初期においては、就職先がないと現代以上に悲惨であったとう状況に対し、現代の『東のエデン』では、むしろ企業に就職しない生き様が積極的な生き方であるかのように描かれています。
但し『東のエデン』は就職しない若者を無条件に礼賛する訳ではなく、エネルギーに満ちた若者に対する応援の気持ちも込められている気がします。

続いてテレビシリーズ第6話では、「持てる者」と「持たざる者」という世界大恐慌~第二次世界大戦の頃の用語を用い、ニートを「持たざる者」と表現していました。ここでは若者が抱く世の中に対する憤りが渦巻き、「ニートの叛乱」とも言うべき若者の情念や反抗が描かれています。

そしてテレビシリーズ最終回「さらにつづく東」では大量のニートが一致団結して行動し、ニートが持つ団結力や、「やる」と決めたら突き進む突進力を評価した物語となりました。
即ち、現代の世の中が孕んでいる矛盾に対して若者が抱いている怨嗟が集まって大きなエネルギーとなる様子を描き、若者の内に秘めたる力を高く評価しているのです。

テレビシリーズにおいては大人達が構築した社会に対する若者達の反発が描かれましたが、それに対する1つの答えが、若者達自身による新会社の設立でした。
劇場版2部作では、咲とその仲間の大学生達が設立したIT企業が物語の中心を占めることになります。
この展開は、劇中の大学生が既存の企業に就職するのではなく、自分達で企業を作り上げようとした気概を描いたものであり、溢れんばかりの若者のエネルギーを称賛したものでした。

東のエデン2そして現在公開中の劇場版Ⅱで、国民1人1人の人格を軽視する官僚に対し、主人公の滝沢は「個人を尊重すれば力になる」と主張します。1人1人の人格を尊重することによって各自がパワーを発揮し、更にはそれらのパワーが結集すれば莫大なものとなるということです。この台詞こそ、今まで『東のエデン』が描いてきたものを象徴するような台詞でした。

尚、劇場版Ⅱでは、それまでのように若者の視点のみで世の中を見つめるのではなく、かつて若者であった世代(現在は既に中高年だったり老人だったりする)へも敬意を払っています。それは、いつの世もエネルギーに満ち溢れた人々が時代を動かした(或いは、動かそうとして懸命に頑張った)ことを正面から受け止め、それが良い結果に繫がったか否かに拘わらず、一目置くものでした。こうして『東のエデン』のテレビシリーズと劇場版2部作を通して観ると、本作は、現代において日本を良くしようと活動するセレソンや、横溢する爆発力を持った若者のみならず、もっと長い歴史的スパンにおいて奮闘した数え切れないほど多くの人々を称賛し、顕彰する作品であったように思います。そして、それらの人々のおかげで日本という国が連綿と存続し続け、現代の我々が暮らしている。更には、我々が日本という国を担い、次の世代に引き継いでいかなければならない、という終わることのない人間の営みをも表わしていたのでした。

■ライター紹介
【コートク】
戦前の映画から現在のアニメまで喰いつく、映像雑食性の一般市民です。本連載の目的は、現在放送中の深夜アニメを中心に、当該番組の優れた点を見つけ出して顕彰しようというものです。読者の皆さんと一緒に、アニメ界を盛り上げる一助となっていきたいと考えています。宜しくお願いします。