レッドブル・エアレース2019第2戦カザン大会が6月15日(予選)、16日(決勝)、ロシア連邦タタールスタン共和国の首都カザン(ロシア語読み:カザニ)で開催され、日本の室屋義秀選手は予選4位から優勝。開幕戦アブダビ大会に続く2連勝を飾り、年間ランキングトップの座を維持しました。

 中国語で「韃靼(だったん)」という名称でも知られる遊牧民族のタタール人、特にヴォルガ川流域に住む人々によって作られたタタールスタン共和国の首都カザンは、タタール人が信仰するイスラム教文化の名残を色濃く残す都市です。世界遺産に登録されている壮麗な城塞「カザン・クレムリン」は、キリスト教(ロシア正教)の教会堂とイスラム教のモスクが共存する独特の建築群が特徴。街の象徴となっている大きな「るつぼ」は、キリスト教文化とイスラム文化が融合したこの街の特色を表すもので、レッドブル・エアレースのトロフィにもモチーフとして採用されています。また、2018年のサッカーワールドカップ、2015年の世界水泳で開催地となった「スポーツの都」という側面も。


 カザン大会のトラックは、市内を流れるカザンカ川がヴォルガ川へ合流する場所に設けられています。砂州によって流れが緩やかになり、海の入り江のようにも見える広い淵を見下ろすようにカザン・クレムリンがあり、まさにカザンを代表するスポット。

■シンプルながら忍耐力を要求されるトラック

 トラックレイアウトは2018年とほぼ変わりません。スタートゲートを通過し、左旋回してシングルパイロンのゲート2をクリアしたら、ゲート3~5のハイGターン、ゲート6のシケイン、スタートゲートのゲート7まで右に回り続けます。ようやく右回りから解放されたゲート8で縦のターン(VTM)をして折り返し、スタートゲートのゲートから2周目に入るという形。最後のゲート16で折り返してゴールへ向かいます。

 レイアウト上はシンプルに見えますが、実際はゲート3~5からシケインのゲート6にかけて6~7Gの旋回が続き、その間のゲート3、4、5は一度水平に戻してまた旋回に入らなければなりません。Gのかかる旋回は機体のエネルギー(速度プラス高度)をジワジワ削っていき、ゲートで瞬間的に姿勢を戻すという操作も、風などでタイミングが狂えばインコレクトレベルのペナルティとなる、ミスが許されないトラック。しかも途中で失ったエネルギーは、ゲート7~8で加速できるものの、すぐVTMで使ってしまうため、いかにエネルギーを維持し続けて飛び、的確なラインに機体を導けるかが攻略のカギとなります。最後の折り返しは、縦のVTMよりフラットに旋回した方が小回りになりタイムを稼げますが、その分ゴールへ早く向かおうと焦るとターンのタイミングが早くなり、ゲート16でのインコレクトレベルや、小さく回りすぎてオーバーGになる危険も。最後まで気を抜けません。

■フリープラクティスは室屋 しかし予選では4位

 金曜日午前・午後の2回、そして予選当日の土曜日午前に行われたフリープラクティスでは、室屋選手が3回とも1分2秒台のタイム(1分2秒904/1分2秒718/1分2秒351)を揃えてトップになりました。しかし金曜日のフリープラクティスで注目だったのは、フランスのミカ・ブラジョー選手。午前は1分3秒382で3位、午後は1分3秒604で4位だったのですが、実は午前はゲート8でのオーバーG、午後はスモークが出ないトラブルでそれぞれ1秒のペナルティが加算されたタイム。ペナルティがなければ室屋選手のタイムを上回っていました。アブダビ大会終了後、各レース機はヨーロッパへ移送されていたのですが、ヨーロッパで1か月程度機体の調整期間が設けられ、ブラジョー選手はVTMやハイGターンの速度をキープできるよう、機体の重心調整を綿密に行ってきました。その方向性が正しかったことが、このフリープラクティスのタイムに表れていたのです。

 土曜午後の予選は風向きが変わり、スタートゲートからVTMを行うゲート8にかけて追い風となりました。そんな中、チリのクリスチャン・ボルトン選手が、いきなりフリープラクティスでのタイムを1秒縮める1分3秒092という好タイムをマーク。ハイレベルの争いとなりました。その中で気を吐いたのがフランス勢。フランソワ・ルボット選手が1分2秒の壁を突破する1分1秒836というトラックレコードをマークしてトップに立ちます。さらにブラジョー選手がこれを0秒405短縮する1分1秒431で首位に立ち、上位選手にプレッシャーをかけます。


 ランキング上位では、グーリアン選手(アメリカ)が少々伸びを欠いて1分2秒919。しかしランキング2位のソンカ選手(チェコ)はチェコからの大応援団「818(ソンカ選手の8番とコプシュタイン選手の18番)ファンクラブ」の声援を受けて1分1秒583のタイムをマークし、ブラジョー選手とルボット選手の間に割って入ります。最後に飛んだ室屋選手も素晴らしいフライトを見せ、1分2秒を切る1分1秒944を記録しましたが、上位3人にはわずかに届かず4位。予選5位にはチェコのコプシュタイン選手が入りました。

 この日は時間が遅くなるにつれて風が強まり、コンディションが悪くなる状況でした。その風にも翻弄されたか、マティアス・ドルダラー選手が予選2回目のタイムアタックで、インコレクトレベルとなった後に体勢を戻しきれず、シケインでパイロンヒット。運悪くエネルギーを失って高度が下がり気味だったため、パイロン下部の白い部分、強度を維持するため分厚い素材になっている場所に翼端のウイングレットを当ててしまい、大きな衝撃を受けました。ここでドルダラー選手はタイムアタックを中止してセーフティー・クライムアウト(SCO)。無事カザンリンク(サーキット)のレースエアポートに着陸しましたが、ウイングレットはひびが入る大ダメージ。機体フレームにも相応の損傷を受けた可能性があり、安全のためドルダラー選手は決勝を棄権(DNS)。「これがレースだよ。F1マシンが時折タイヤバリアに突っ込んでしまうことがあるけど、僕らの場合はパイロンに当たってしまうことがある。今まで経験した中で一番ひどいパイロンヒットで、ここでレースが終わってしまうのは残念だ。でもまた挽回するよ」とのコメントを残しています。




 ブラジョー選手は初めての予選1位。そしてMXS-Rにとっても、優勝は2014年第3戦のプトラジャヤ大会(マレーシア)でイギリスのナイジェル・ラム選手が記録していたものの、予選1位は初めて。初めてづくしとなりました。ブラジョー選手は「飛び終えた後、後の選手たちが飛ぶのをずっと緊張しながら見ていたよ。この戦術のまま行こうと思う。何をしなければいけないかはよく分かってるし、全力で行くよ。初めて予選でトップになって、3ポイントを獲得したのはとてもいい気分だね。明日もチーム全体で集中してレースに臨むよ」とのコメントを残しています。


■決勝ラウンド・オブ14はミスが勝敗を分ける

 決勝では風向きが変わり、天候も時折雨が混じるものになりました。予選によって決定した組み合わせは以下の通り。ドルダラー選手が決勝を棄権したため、予選1位のブラジョー選手はオーバーGや3回のパイロンヒットでDNFになるか、セーフティラインを超えてDQ(失格)にならない限りはラウンド・オブ8に進めるという幸運に恵まれました。ヒート4のチャンブリス選手とルボット選手の組み合わせは結構おなじみで、ルボット選手は「ずっと対決してる感じがする」と苦笑したこともあります。

ヒート1:イワノフ選手(フランス)vsコプシュタイン選手(チェコ)
ヒート2:マーフィー選手(イギリス)vs室屋選手(日本)
ヒート3:ホール選手(オーストラリア)vsグーリアン選手(アメリカ)
ヒート4:チャンブリス選手(アメリカ)vsルボット選手(フランス)
ヒート5:マクロード選手(カナダ)vsボルトン選手(チリ)
ヒート6:ベラルデ選手(スペイン)vsソンカ選手(チェコ)
ヒート7:ドルダラー選手(ドイツ)vsブラジョー選手(フランス)

 ラウンド・オブ14の対決では、ミスが勝敗を分けました。大きなターンの間にゲートが挟まるゲート3~5(2周目では11~13)、そして最後の折り返しとなるゲート16でのインコレクトレベルやオーバーGによるペナルティのタイムが響き、ヒート3のグーリアン選手を除けば勝敗が入れ替わるタイム差の対決が続きます。双方ともミスをせず、クリーンなフライトをしたのはヒート2のマーフィー選手と室屋選手のみ。0秒090差で辛くも室屋選手がマーフィー選手を下しましたが、マーフィー選手もファステストルーザーとしてラウンド・オブ8に進出。ミスをしないことが重要なトラックだということを再認識させられました。

 ラウンド・オブ8に駒を進めたのは、ホール選手、ルボット選手、ソンカ選手、ブラジョー選手、室屋選手、ボルトン選手、イワノフ選手(タイム順)、そしてファステストルーザーのマーフィー選手でした。

■変わる天候への対応力が問われたラウンド・オブ8とファイナル4

 ラウンド・オブ14とラウンド・オブ8の間にある約1時間のインターバルの間に降った雨や風により、予選ほどタイムが出にくい状況となった後半戦。変わる天候条件に対し、どのように適応してベストのタイムをマークできるかが問われました。ラウンド・オブ14でマークしたタイム順による組み合わせは以下の通り。

ヒート8:室屋選手vsブラジョー選手
ヒート9:マーフィー選手vsソンカ選手
ヒート10:ボルトン選手vsルボット選手
ヒート11:イワノフ選手vsホール選手

 最初に飛んだ室屋選手が1分3秒049の好タイムをマークすると、ブラジョー選手は少し気負ったか大きなターンの入り口ゲート3で早くターンを始めてしまい、インコレクトレベル。なんとか挽回しようとしますが、ゴールへ向かって折り返す最後のゲート16でもターン開始が早くインコレクトレベルで計4秒のペナルティを喫してしまいました。これでは勝負にならず、まず室屋選手がファイナル4へ勝ち上がります。

 続くマーフィー選手とソンカ選手の対戦では、マーフィー選手が1分3秒974とミスなくまとめたあと、上空で順番を待つソンカ選手の機体に計器上の異常が発生。レース機の現在位置をジャッジ席に送信するPRU(Position Reporting Unit)のデータがうまく表示されなくなったらしく、不具合解消まで少々待たされることに。最終的に不具合が解消されてトラックへの進入が許可されましたが、こういう時はついナーバスになってしまうもの。しかし元チェコ空軍でグリペンの戦闘機パイロットだったソンカ選手、冷静さを失わずにフライトを続けてマーフィー選手を0秒567しのぐ1分3秒407で圧勝。ファイナル4へ進みました。

 ルボット選手と日本人の西村隆さんがテクニシャンを務めるボルトン選手との対戦は、ルボット選手が予選からの速さを維持して1分3秒737と0秒358差をつけ勝利。ホール選手とイワノフ選手の対戦では、開幕戦に続き2戦連続のファイナル4進出を狙うイワノフ選手が、最後のゲート16で急激にターンしすぎ、オーバーGで1秒のペナルティ。これを含めてホール選手に1秒126差をつけられて敗退しました。

 ファイナル4はラウンド・オブ8の飛行順のまま、すぐに始まります。まず室屋選手が1分3秒496と、今日すべて1分3秒台という安定したタイムをマーク。室屋選手がファイナル4で最初に飛ぶ時の勝率は非常に高く、ファンの期待が高まります。

 ソンカ選手は出だしから室屋選手のセクタータイムに若干遅れ、縦のターン(VTM)でのオーバーGを恐れたか若干大回りして、ジリジリとタイム差が開きます。一度エネルギーを失うと挽回が難しいカザンのレーストラック、結局1分4秒238と室屋選手からは0秒742差でゴール。

 2016年開幕戦アブダビ大会以来の表彰台を狙い、3番目に飛んだルボット選手は、これまでの安定したフライトが一変。ゲート3でインコレクトレベル、そして最後のゲート16でもインコレクトレベルと、ターンを焦って計4秒のペナルティを喫し、万事休す。この時点で室屋選手が2位以上、ソンカ選手が表彰台を確定しました。

 最後に飛んだホール選手、最初のセクタータイムで11秒259と室屋選手から0秒080遅れをとります。なかなか途中から挽回の難しいカザンのトラックだけに、最初のセクタータイムの遅れは徐々に広がり、結局室屋選手から0秒185遅れの1分3秒681でゴール。室屋選手とソンカ選手の間に割って入り、2位となりました。

■室屋連勝で53ポイント しかしソンカも9ポイント差で追撃

 開幕戦アブダビ大会に続いて2連勝となった室屋選手。25ポイント加算の53ポイントとし、年間ランキングトップの座を維持しました。しかしソンカ選手も予選2位の2ポイントを加えた24ポイントを加算したので、ポイント差は1ポイントしか広がらず、9ポイント差の44ポイントと射程圏内を維持。ホール選手も36ポイントと、残り2戦での成績次第では大逆転もあり得ます。


 室屋選手は「フリープラクティスを3回ともいいフライトだったので、いい感じでレースに入っていけました。今日は風向きが変わった影響で、ベストのラインをキープして飛ぶのが非常に難しい状態だったんですけども、タクティシャンのベン(ジャミン・フリーラブさん)が助けてくれて、いい結果につなげることができました。チームもいい状態で、みんな頑張ってくれているのでハンガーではリラックスして過ごすことができ、あとはロボットみたいに同じように続けて飛ぶだけでした。飛行機も速いですし、シンプルに飛ぶこともできましたしね。今日も僅差の争いで、チャンピオンシップのポイントも非常に差のない状態が続いていますから、次のレースに向けても油断はできないと思っています。もちろん、次のハンガリー、バラトン湖でも勝ちを狙っていきますよ」と今日のレースを振り返っています。

 2位のマット・ホール選手は「いい感じでレースができた。表彰台に上ることはできたけど、ひとつだけミスってしまって『あちゃ、なんてことしたんだ』って感じではあるけど、まぁいいんじゃないかな。今年は4戦ということになって、チャンピオンになるには2勝してあと1回表彰台が必要だと思っていたので、優勝まであとちょっとだっただけにね。ヨシ(室屋選手)が2勝しちゃったから、チャンピオンになるには残り2戦を勝たないとね」と、残り2戦に全力を尽くす考えを明らかにしています。

 3位のマルティン・ソンカ選手は「テクニカルな問題が発生した割には、素晴らしいレースだったね。飛行機の現在位置を示すPRUという計器に不具合が発生して、データが全然表示されなくなってしまったんだ。レースコミッティーが競技を続けられるよう一生懸命努力してくれて、そのおかげでラウンド・オブ8を勝ち抜くことができた。トラックで凡ミスをして優勝できなかったのは痛いけど、そのミスについてちゃんと分析しなきゃね」とレースを振り返っています。

 千葉大会の代替開催を含めて土日の2連戦となったチャレンジャーカップは、第1レースで香港のケニー・チャン選手が勝利。日曜の第2レースではドイツのフロリアン・バーガー選手が勝利を収めています。


 次のレッドブル・エアレースは、7月13日(予選)・14日(決勝)に開催されるハンガリーのバラトン湖大会。ハンガリーでは2004年以来、世界遺産のブダペスト中心部を流れるドナウ川でレースが行われてきましたが、今回は「ハンガリーの海」とも呼ばれるリゾート地、バラトン湖に舞台を移して行われます。セーチェーニ鎖橋をくぐり、ドナウの川面を駆け抜けるレースから一転、広い湖面にレーストラックが設置されるため、全く違ったレースになることが予想されます。公式サイトでは今大会に続き、日本語解説のストリーミング中継も行われる予定です。

 9月のレッドブル・エアレース最終戦、千葉大会まであと1戦となりました。室屋選手が日本で2度目のチャンピオンに輝き、有終の美を飾るのか注目です。チケットも公式サイトで好評発売中とのこと。最後のレッドブル・エアレースを生観戦するのも悪くありませんよ。

<出典・引用>
レッドブル・エアレース公式サイト
Image:Joerg Mitter/Predrag Vuckovic/Armin Walcher/Mihai Stetcu/Red Bull Media House GmbH/Red Bull Content Pool
見出し写真:Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

(咲村珠樹)