ホロコーストという暗い過去を共有する、イスラエルとドイツ。その歴史を乗り越え、イスラエル空軍戦闘機が初めてドイツを訪問した共同訓練「ブルー・ウィングス2020」が8月29日に終了しました。期間中は、ダッハウ強制収容所で両国による追悼式が開催され、過去を風化させず、その上で未来に目を向け友情を育む姿が見られました。

 ユダヤ人国家として建国されたイスラエルは、第二次世界大戦期のナチスドイツによるユダヤ人迫害政策、いわゆるホロコーストに関与した主要人物を戦争犯罪人として訴追した一方、戦後を通じて生まれ変わったドイツとの友好関係を深めてきました。その背景には、ホロコーストを反省し、2度と繰り返さないと表明するとともに、国内でのナチズム復活に神経を尖らせているドイツの姿勢があることはいうまでもありません。

 ドイツ軍とイスラエル軍は、これまでにも共同訓練を実施してきました。しかし、これまではドイツ軍がイスラエルを訪れて訓練する形。第二次世界大戦終結から75年という節目の年に、初めてイスラエル側がドイツを訪れる形での共同訓練「ブルー・ウィングス」が実現しました。

 ドイツにやってきたのは、イスラエル空軍第105飛行隊「スコーピオン」に所属する6機のF-16C/Dバラクを中心に、ガルフストリームG-550早期警戒管制機、ボーイング707空中給油・輸送機など。ドイツ西部のネルフェニッヒ基地で出迎えるドイツ空軍からは、第31戦術戦闘飛行隊「ベルケ」に所属するユーロファイターEF2000が参加しています。


 共同訓練の開始に先立ち、8月15日には両国の歴史的過去で重要な、ミュンヘン近郊の2か所で合同追悼飛行が実施されました。1つはホロコーストの最初期に開設されたダッハウ強制収容所跡、そしてもう1つは、パレスチナのテロ組織がオリンピック選手村を襲撃した1972年のミュンヘンオリンピック事件で、イスラエル選手団のメンバー9名が殺害された(ほかドイツの警察官1名と犯人グループ5名が死亡)フュルステンフェルトブルック飛行場です。


 ダッハウ強制収容所跡では、ドイツのカレンバウアー国防大臣、イサチャロフ駐独イスラエル大使、そしてドイツ空軍とイスラエル空軍の司令官らが出席しての追悼式典も行われました。

 式典では、ダッハウ強制収容所にあるユダヤ人記念館の地下室にドイツ空軍のゲルハルツ中将、イスラエル空軍のノルキン少将が花輪を捧げています。



 ちなみに、今回の訓練に参加したイスラエル空軍第105飛行隊のゴラン最上級曹長は、祖父がダッハウ強制収容所の生き残り。「A113087」という番号を手に入れ墨された祖父ゆかりの収容所へ来ることになるとは、本人も思ってみなかった運命のいたずらかもしれません。

 2週間の日程で実施された共同訓練。第2週は、NATO加盟国の航空部隊が一体となって行動する共同訓練「MAG DAY」にも参加しました。ブルー・ウィングスの参加部隊に加え、ドイツ空軍第51戦術飛行隊「インメルマン」のトーネード、ハンガリー空軍のJAS39グリペンが参加し、北海上空で空中給油を含む様々な訓練を実施しています。

 訓練に参加した第105飛行隊長は「イスラエル国外での訓練は、我々に様々なことを教えてくれます。戦争は不確実性の結晶だ、という言葉がありますが、実際見知らぬ場所に到着し、まったく違う言葉や戦闘システムのもとで訓練をするためには、多くのことを素早く学ぶ必要がありました。そして最大の利点は、他国の空軍がどのように考えて動いているのか、ということを学べることです。今回の訓練では、ドイツ空軍と一体となって行動し、互いの考え方の違いを知ることができました」と訓練を総括しています。

 ネルフェニッヒ基地の副司令官、ムバサ中佐は「イスラエル空軍はいつも臨戦態勢にありますが、我々ドイツ空軍は普段、事前に計画された訓練のみを実施しています。今回の訓練では、イスラエルからどのように備えているのか、そして今いる状況をいかに理解し、行動するかという点を学ぶことができました。今回はイスラエル空軍が初めてドイツを訪れ、訓練するという歴史的な機会でしたが、我々はさらに先を見ています。来年にはイスラエルでの共同訓練『ブルーフラッグ』に参加する予定です」というコメントを発表しました。

 暗い歴史的過去を踏まえ、消して風化させず、2度と繰り返さないという志を共有するイスラエルとドイツ。今後も両国空軍は訓練を重ね、より友情と信頼を深めていくとしています。

<出典・引用>
イスラエル空軍 ニュースリリース
ドイツ空軍 ニュースリリース
Image:イスラエル空軍

(咲村珠樹)