カセットテープという言葉に、懐かしさを覚えるのは40代以上でしょうか?マクセル株式会社(以下、マクセル)の公式Twitterアカウントが投稿した「日本初のカセットテープ」画像から、日本におけるカセットテープの移り変わりを考えてみようと思います。

 ことの起こりは、Twitterでマクセル公式(@maxellJP)さんが、セメダイン公式(@cemedinecoltd)さんのセメダイン「C」というまさかの商品名を紹介したツイートを引用して「セメダインさまに便乗してマクセルの『C』も紹介しておきますね。おそれいりまくせるm(_ _)m」と投稿した、日本初のカセットテープの画像。

 そこには日本のメーカーが初めて発売したカセットテープと、その構造が分かる展示が。これは京都にあるマクセルの史料館の展示なんだそうです。



■画期的だった「カセット」

 正式には「コンパクト・カセット」というカセットテープ。オランダの家電メーカー、フィリップスが1963年8月30日に発表したオーディオ用磁気記録テープの規格です。

 当時録音に使われていたオープンリール式の磁気テープ(1928年フリッツ・フロイメルが発明)は、レコーダー(テープデッキ)にセットする際、記録・再生ヘッドを含むテープの走行経路に沿ってテープを通し、巻き取り側のリールに先端を巻き込む……という、非常に手間のかかるものでした。

 また、全てが露出しているため、取り扱いも非常にデリケート。しかもテープは、すべて巻き戻してからでないと取り外しができないという不便なものでした。幅も1/4インチ(6.35mm)~2インチ(50.8mm)とまちまちで、リールの直径も5インチ(12.7cm)または7インチ(17.78cm)とかさばり、レコーダーも大きく重いものだったのです。

 これに対し、コンパクト・カセットは、その名の通り手のひらサイズ(100mm×63mm×13mm)のコンパクトなカセット交換式です。巻き取りリールとセットになっているだけでなく、テープの走行経路の一部も一体となっており、テープを巻き戻すことなく、途中の状態でレコーダーから取り外すことが可能。また、裏表(A/B)両面を裏返して記録に使用することで、テープを無駄なく使えたのです。

 しかも開発社のフィリップスは、コンパクト・カセットの普及を図る(日本の家電メーカーからの強い要望があったとか)ため、カセットや使用するテープ幅(3.81mm)、テープ走行速度(毎秒47.6mm)などの規格を厳守することを条件として、1965年に基本特許を無償で公開。これにより、当時RCAテープ・カートリッジやDC-インターナショナルなど、類似のカセット式オーディオテープ規格(コンパクト・カセットより大型だった)を抑え、1960年代の終わりには、世界中で大きなシェアを獲得したのでした。

■日本初のカセットテープはマクセルから

 1963年のベルリン・ラジオショウで初めて人々の前に現れたカセットテープは、翌1964年に生産が始まりますが、日本で初めて商品化したのはマクセル株式会社(当時の社名は日立マクセル株式会社)。1966年7月、まずはC-60(片面30分/両面60分。Cはコンパクト・カセットの略)が700円(当時消費税はなし)で発売されました。

 マクセルの源流は、テープや絶縁材料で知られる日東電工の乾電池・磁気テープ部門。マクセル(maxell)という社名は「最高容量の乾電池(MAXimum capacity dry cELL)」を意味する乾電池のブランド名に由来しています。もともとテープの基材をはじめ、オープンリールのテープでも多くのノウハウを持っていたこともあり、一早い商品化に成功したようです。

 当時の広告には「カチンとはめこむだけ」といった取り扱いの簡便さや、ハイインパクトスチロール樹脂を採用した丈夫なカセット本体(ハーフ)、コンパクトでも両面60分録音できるという録音時間の長さがアピールされています。また「どのカセットレコーダーにも使える国際規格です」と互換性の高さも挙げられていて、当時様々なテープ規格が乱立していたことをうかがわせますね。

 1967年8月には、テープの長さが1.5倍(C-60の90mに対し135m)となるC-90(片面45分/両面90分)カセットが1000円で登場。これも日本初の商品化でした。限られた大きさのカセットに納まるよう、テープの厚みはC-60の18ミクロンから12ミクロンへと薄くなりましたが、丈夫なテープ基材(テンサイルドポリエステル)により、強度を確保しています。

 さらにカセットテープの長時間化が実現したのは1968年11月のこと。厚さ9ミクロン、テープ長175mのC-120(片面60分/両面120分)テープが、日本で初めてマクセルから1300円で発売されました。この頃の広告を見ると、クリーニングテープやC-60の半分であるC-30といったラインナップが出揃っていることが分かります。

 パッケージのデザインも、第1号であるC-60は「Compact Cassette」のロゴが大きく入っているのに対し、後発商品では徐々に小さくなっているのが分かります。この頃にはコンパクト・カセットという規格が普及し、新しい規格であることをアピールする必要がなくなってきたのかもしれません。

 この「Compact Cassette」ロゴ、マクセルでは1970年のデザイン刷新でさらに小さくなり、1974年のUD-XL(磁性体にコバルト被着酸化鉄を採用)発売時、ラベル面を小さくデザインするにあたってフィリップスより、記載しなくてもいいとの了解を得たとのこと。この時同時に「C-60」といった表記もハイフンなしに改めています。もう形状でコンパクト・カセットだ、と世界中で認識されるようになったということなんでしょうね。

■カセットテープの盛衰

 カセットテープが最もバラエティ豊かだったのは、1980年代から1990年代初め頃でしょうか。大きな役割を果たしたのは、1979年にソニーから発売された「ウォークマン」に代表されるヘッドホン・ステレオ。3.5mm3極のステレオミニ端子(TRSコネクター)という新しい接続端子も生み出したウォークマンですが、カセットテープに好きな楽曲を入れ、好きな場所で聴くという新しい音楽鑑賞のスタイルを生み出しました。

 これと前後して高音質のメタルテープ(Type IV)が登場。高性能な磁性体の研究開発も進み、従来の酸化鉄を使用したノーマルテープ(Type I)や1970年に登場したクロームテープ(Type II)も年々性能をアップさせていきました。

 ちょうど1982年にデジタル記録のコンパクト・ディスク(CD)がアナログレコードに替わって普及していったこともあり、CDをカセットテープにダビングして聴くというスタイルが定着。ある年代以上では、好きな曲を集めた自分だけのオリジナルテープを編集した経験のある人も多いようです。また、FMラジオで流れる曲を録音する「エアチェック」というものも流行りました。

 しかし、1991年にソニーから発表された光磁気記録方式のミニディスク(MD)といった新しい録音メディアや、2001年に発表されたアップルのiPodに代表されるデジタル音楽プレーヤー(DAP)の登場により、カセットテープの需要は落ち込みます。マクセルでは2008年6月末、富山県の黒部工場で最後まで続けていた国内生産を終了。現在は国内で商品企画し、マクセルの技術と設備を移管した海外の協力工場での生産という形に切り替わっています。

 現在、マクセルではノーマルポジションの「UR」シリーズ(10分/20分/30分/46分/60分/90分)が唯一のカセットテープ商品。減ったとはいえ、繰り返し聞くお稽古事などの根強い需要に支えられて、年間約1000万巻の出荷数があるそうです。ノーマルポジションなので磁性体は酸化鉄なのですが、磁性体の形状や配合、混合などの製造技術が飛躍的な進化を遂げており、1966年のものと比べると記録性能は段違いのものとなっているといいます。

 1953年に「磁気録音テープ工業会」として発足した業界団体の日本記録メディア工業会も、2013年3月末をもって解散。今やすっかりメディアに記録する、という行為自体が少なくなった現代を感じさせられます。

 しかし、東京の秋葉原や大阪の日本橋などでは、ビンテージのラジカセを扱うお店もあり、まだまだオーディオの世界で生き続けているカセットテープ。インディーズの音楽シーンでは、あえてカセットテープでタイトルをリリースするミュージシャンもいて、古くて新しいメディアとして活用されてもいます。もし家の片隅に、眠ったままのカセットテープや再生機器があるのなら、ちょっと聴いてみてください。きっと、あの頃の空気も一緒に聴こえてくるはずですよ。

<記事化協力・画像提供>
マクセル株式会社(@maxellJP)

<参考>
フィリップス ニュースリリース
最初のコンパクト・カセットとレコーダー画像:PHILIPS

(咲村珠樹)