レッドブル・エアレース2019最終戦となる千葉大会の決勝が9月8日開催され、室屋義秀選手が優勝。ポール・ボノム氏の持つ母国大会最多勝に並びました。ワールドチャンピオンは1ポイント差で室屋選手をしのぎ、マット・ホール選手が悲願の初タイトルに輝いています。

 ラウンド・オブ14が終了したところで、千葉の会場では激しいにわか雨が降りました。この雨について室屋選手は「その少し前に木更津でも雨が降っていました。もうすでに湿度が90%くらいあったので、雨が降ることによって条件が変わるということはありませんでした」と語っています。

■ラウンド・オブ8はペナルティの連鎖

 気象条件に変化はなかったと室屋選手は語っていましたが、ラウンド・オブ8は結果として、ペナルティが4ヒート中3ヒートで発生するという荒れた展開となりました。

 ヒート8では、先に飛んだマーフィー選手がゲート3のシケインでパイロンヒット。さらに稲毛側の折り返し点となるゲート9で機体の姿勢を戻せず、インコレクトレベルを喫し、合計で5秒のペナルティ。1分4秒248でフィニッシュしました。


 これを受けたマクロード選手は堅実なフライトを重ね、58秒349と5秒のペナルティを除いてもなお0秒899速い大差で勝利。ファイナル4へ進出しました。


 ヒート9は室屋選手とルボット選手の対戦。先に飛んだ室屋選手は、ラウンド・オブ14よりも速い57秒895をマーク。ルボット選手がラウンド・オブ14でマークした57秒408には及びませんが、ミスを許さないプレッシャーを与えます。


 ルボット選手は2回目のシケインから向かったゲート8で、姿勢を戻せずにインコレクトレベルのペナルティ。2秒の加算で勝ち目がなくなりました。さらに折り返して戻ってきた同じゲート(ゲート10)で、今度はパイロンヒットしてしまいます。合計で5秒が加算され、1分2秒963でフィニッシュ。室屋選手がファイナル4へ進出しました。


 ヒート10はチャンブリス選手とイワノフ選手、古豪同士の対戦となり、どちらともペナルティ無しのクリーンなフライトとなりました。先にイワノフ選手が59秒096をマーク。

 続いて飛んだチャンブリス選手は序盤からイワノフ選手のタイムを上回り、最終的に0秒370差をつける58秒726でフィニッシュ。レッドブル・エアレースが始まった2003年に3位表彰台を獲得したチャンブリス選手が、最後のレースでもファイナル4に進出し、表彰台の可能性を残しました。


 ヒート11でマット・ホール選手と対戦したミカ・ブラジョー選手は、稲毛側の折り返しとなるゲート9のターンで11.16Gを記録。オーバーGでDNFは免れたものの、1秒のペナルティとなり、59秒731でフィニッシュ。


 後攻のホール選手はミスなくまとめ、58秒606でファイナル4への進出を決めます。この時点でワールドチャンピオン争いは、ホール選手と室屋選手に絞られました。



■あっけない幕切れでワールドチャンピオン決定 室屋有終の美へ

 ラウンド・オブ8から間をおかずに始まるファイナル4。室屋選手がワールドチャンピオンを獲得するには、優勝が絶対条件。そしてホール選手がファイナル4で最下位となる4位にならないといけません。優勝とワールドチャンピオン、ダブルの栄冠を期待するファンの見守る中、ファイナル4がスタートしました。

 ラウンド・オブ8のヒート順に飛ぶファイナル4。最初に飛んだのはマクロード選手です。……が、いきなりゲート2でパイロンヒットしてしまい3秒のペナルティ。このペナルティは決定的で、ホール選手はただ安全に飛ぶだけで、ワールドチャンピオンが確定することになっていましました。


 マクロード選手は折り返してきた、自身のパイロンヒットで半分なくなったゲート8でインコレクトレベルのペナルティを重ね、結局5秒のペナルティで1分4秒028。ラウンド・オブ8で対戦したマーフィー選手と同じだけのペナルティを重ねてしまいました。

 この瞬間、上空で待機していた室屋選手はのちに「ああ、終わったな、と。元から優勝するしかなかったんで、優勝を目指す気持ちに変わりはなかったんですが、さすがに5秒のペナルティはね……。マットがDQ(失格)とかにならない限りはありえないことですから、気持ちは優勝に集中して臨みました」と筆者に心境を語ってくれています。

 有終の美を飾るべく、室屋選手がスタートします。会場に詰めかけた約6万人(主催者発表)の見守る中、58秒630のタイムでフィニッシュ。暫定トップに立ちます。



 続いて飛んだチャンブリス選手は、ペナルティなく59秒601でフィニッシュ。レッドブル・エアレース最初のシーズンで表彰台を獲得し、最後のレースでも表彰台を確定させました。全14シーズン中、表彰台を逃したのは2014年だけ(第4戦グディニャ大会の4位が最高)という安定ぶり。これは素晴らしい記録です。



 残るは事実上ワールドチャンピオンを確定させたホール選手のみ。決勝後にこの時の心境を「優勝を狙うか、確実に行くかという選択があったけど、欲張らず確実にミスなく行こうと決めた」と語っていました。

 幕張の浜を埋めた観客が、ホール選手のフライトに注目します。ワールドチャンピオンを手にするに、5秒の余裕は大きすぎるほど。慎重に慎重を重ねるフライトで、1分0秒052をマークしてフィニッシュゲートを通過しました。レッドブル・エアレースにおける新たな、そして最後のワールドチャンピオン、マット・ホール選手が誕生した瞬間です。



 ホール選手はフィニッシュ後、会場上空へ戻ってビクトリーランを実施。最後のレッドブル・エアレースを見届けてくれた観衆に感謝を伝えました。

■ワールドチャンピオンが並ぶ記者会見

 レッドブル・エアレース2019最終戦の結果は、室屋義秀選手が優勝、カービー・チャンブリス選手が2位、マット・ホール選手が3位となりました。

 2019年シーズンの総合では、ワールドチャンピオンがマット・ホール選手。室屋選手が1ポイント差で2位、そしてマルティン・ソンカ選手が3位という結果。最終戦レース後の記者会見にはレースでの上位3名、そして年間順位での上位3名が出席します。

 このため記者会見には2006年ワールドチャンピオンのチャンブリス選手(ほかに2004年シリーズチャンピオン)、2017年ワールドチャンピオンの室屋選手、2018年ワールドチャンピオンのソンカ選手、そして新たな2019年ワールドチャンピオンのホール選手と、全員がワールドチャンピオン経験者という豪華な顔ぶれになりました。

 レッドブル・エアレース全てのシーズンを過ごした唯一のパイロット、チャンブリス選手は「2003年、最初に参加したレース(ハンガリー)で2位、そして今日、最後のレースでも2位と、何かの縁を感じずにはいられないね。始まった頃からすると、ずいぶん変わったよ。特に技術的な進歩は目覚ましいものだった」と、足掛け17年、14シーズンにわたるレッドブル・エアレースの歴史を総括しました。

 また、これまで戦ってきた選手たちに対しては「彼らはそれぞれ卓越したパイロットだし、その操縦技術というものは疑いないものだよ。だから、たとえ彼らが僕と同じ35歳(『自分は永遠の35歳』というジョーク。本当は1959年生まれの59歳)になったとしても、様々なところで活躍できるんじゃないかな」と語っています。

 年間3位になったソンカ選手は、ラウンド・オブ14でのオーバーGについて「風の状態が金曜日や土曜日のフリープラクティスと全く変わっていて、これまでの速度感覚(対気速度と対地速度とのズレ)を調整しきれなかった面があったんだ。思いのほか速度が出ていて、いつもの感覚で縦のターンに入ってしまい、不運にもオーバーGになってしまった、というところだね」と語っています。

 最終戦でトップの座から滑り落ちたのは、2017年シーズンに続いて2回目。このことについては「チームの総合力で戦っているんだけど、これまでチームのみんなは素晴らしい働きを見せてくれた。今日はみんなにビールをご馳走して、労をねぎらいたいと思う(ソンカ選手は『日本のビールは美味しいよね!』と、日本のビールの元となったチェコのピルスナー・ウルケルよりお気に入り)」と語っていました。

 最後のレースを優勝で飾った室屋選手は「最初(ラウンド・オブ14)で負けちゃってシーンとさせちゃったと思うんですけど、みなさんの応援のおかげで優勝できたと思っています。ここまで日本でエアスポーツというものが知られるようになってきたところだったので、なくなってしまうのは残念ではありますが、46歳という年まで競技を続けられたことに感謝したいと思います」と、今回のレースを振り返っていました。

 これまで年間2位が3回と、あと一歩のところで栄冠に届かなかったホール選手。ワールドチャンピオンが決まった瞬間の心境を聞かれ「もっと嬉しくて感情が爆発するんじゃないかと思ったんだけども、まずホッとした感じだったんだ」と、意外に冷静に受け止められたと語りました。

 また、レッドブル・エアレース最後のワールドチャンピオンになったということについて「これで僕が90歳になった時でも、僕は現役のレッドブル・エアレースのワールドチャンピオンなんだよ、って言えるのが嬉しいね」とコメントしています。


 また、会見終了後には室屋選手が残って日本メディア向けの質疑応答が行われ、その後室屋選手はメディアセンターに詰めかけたメディアをバックに自撮り(セルフィー)。その画像をTwitterに投稿しています。


■レッドブル・エアレースがのこしたもの

 レッドブル・エアレースの歴史は、この千葉大会を持って終わりました。レッドブル・エアレースのエリック・ウルフGMによると、この決定はオーストリアのレッドブルにおける、上層部によるものだと語り「現場にいる我々では覆せないものだった」とコメントしています。

 復活の可能性については「それは私の関与できるようなことではない(It’s not my business)」と語っています。

 未来に、似たようなエアレースが企画されることはあるでしょう。それでも、自分たちで飛行場と格納庫を持ち、保有する第二次大戦時の戦闘機やジェット練習機をエアショウで飛ばすレッドブルのような、航空に情熱を燃やす世界的な企業が現れるかは不透明です。

 しかし、レッドブル・エアレースは世界の航空関係者や子供達に種をまきました。その中から、チャレンジャークラスのケビン・コールマン選手やケニー・チャン選手のように、レッドブル・エアレースのパイロットになる、という子供の頃の夢を叶えたパイロットもいます。FAI(世界航空連盟)が認定する世界選手権は無理だとしても、スラロームのコースを航空機で飛び回る草レース的なものが、世界のどこかで芽吹くのを願ってやみません。

(取材・撮影:咲村珠樹)