不定期連載の「エドガーの無所可用、安所困苦哉」。エッセイの様なコラムの様な読み物です。今回も御用とお急ぎでない方は、お付き合いただければ幸いです。
さて、連載第二回目となる今回は前回に引き続き、現世年齢●●才のワタクシが14歳の「エドガー」少年になるまでのお話をご紹介します。

さて、前回ラストでも説明いたしましたが、高校生であったワタクシは、叔母の出産という一大イベントの立会いの合間に、偶然運命の再開を果たした「萩尾望都」のおかげによって、鉄道ばかりの趣味のラインナップに、新たに「マンガ」というジャンルが加わったのでした。

当時は少女マンガを読む同級生(ちなみに、男子校ではないですが男子ばかりの高校生活でしたよ)が回りに何人もいて、「日出処の天子」「風と木の詩」などの『カンブリア紀のBL』ものから、「エイリアン通り」「ガラスの仮面」などの名作はもちろん、同人とあまり変わらないマイナーな作家さんまでとにかく手広く触手を広げ、挙句の果てには「プチフラワー」「WINGS」「花とゆめ」を定期購読する始末。
またその一方では鉄道の写真撮影に北陸や北海道へ遠征しており、経済的には常に火の車。

そんな学生時代を経て社会人となり、前回の冒頭でご説明したパソコン通信と出会ったのでした。

パソコン通信を始めても、鉄道関係の活動しかしていなかったので、エドガーという名前について何か聞かれるということはありませんでした。
また、まるっきり本名を出さなかったので、オフ会があっても私の本名を知らない人がいるのはもっぱらの状態(当時は、本名で登録している人が結構多かったのです)。
ちなみに今でもこの時期に出会った鉄道仲間との交流は脈々と続いておりますが、本名出すのは年賀状くらいなもんです。

さて、自分に「エドガー」と名づけた時、会社の女性の先輩は、「エドガーってもしかしてバンパネラ?」と聞いてきました「当たりです!」と即答。
この方とは、いまでも交流があります。
ちなみに、その会話以降、その方からは「エロイカより愛を込めて」「イブの息子たち」「あさきゆめみし」などを貸していただきました。
小学館と白泉社ばかりだった私のマンガ歴に、集英社と講談社も加わってきたのです。

話しは戻りますが、初期は割合ゆるやかな規模であったパソコン通信も、徐々に大規模になってきて、気が付けばマンガ関係や自然関係のフォーラムにも参加するようになっていました。

名前は全部エドガーで統一。
しかし、鉄道では「なにそれ」だったエドガーも、マンガの世界ではそうはいきませんでした。
メールで抗議とかは来ませんでしたが、あるオフ会で、女性から「エドガーって名前やめてください」と言われてしまいます。
「初恋の人なんですけど・・・」と言われることも。
これはアレですよ、「長門は俺の嫁」の反対版、「私の恋人はエドガー」な人々なわけです。そこに「自分がエドガーです」というのが現れるのですから大変です。
「私が長門有希」という人が、コスプレとかでなく、フツーにそう名乗る人がいたらやっぱり違和感ありますよね。
あと、もしもワタシが本物のエドガーのように美少年ならまだ救いがあったでしょうが、全然そんなじゃないですからね……。

エドガーにあこがれた方々は、窓を開けて寝る、バラのお茶を飲む(これはワタシもやりました)、ジンチョウゲの枝に髪を絡ませるなど、作中に出てくるエピソードを「可能な限りやってみた」方が多かったです。
そういう話は「やったやった」というノリでお話できるのですが、多くの場合は「なんでまたエドガー」「名前変えて!」でありました。
仕事の客先に、ハンドルネームがバレたことがありました。とあるお客様は女性の方が多い職場、マンガ好きな方も多数あり、会社の電話口で「エドガーさん」とか「エドちゃん」とか言われる始末。
さすがに「仕事のときはハンドルネームはやめてください」とお願いしたのですが、いいからかいの対象ができた~というノリで、しばらくやめてくれませんでした。
そうして、抗議にもからかいにもめげずにエドガーで通し続け、そんなこんなで数年、ある日、鉄道フォーラムに突如女性会員が登場、主にヨーロッパの鉄道旅行の話で大いに沸きました。
ワタシが乗ったことのあるスイスの路線の話などもあり、レスをしたところ、「エドガーってもしかしてポーの一族?」と言われました。そうですよ~と答えると、ファンなんですね、と返ってくるというようなやりとりを交わしました。

そうしたある日、鉄道模型の運転会に、この女性が友人の女性とともにふたりでやってくる・・・とのこと。鉄道模型の会に女性とはすごい時代がきたもんな~と思っておりました。
その連れられて来る友人さんは、「ポーの一族のエドガーを名乗るたぁいい度胸だ!」という感じで、「現物見てやれ!」というノリであったそうです。
そして当日、やはり、「これでエドガーだと?!何様?」と怒りを覚えたといいます。
この女性は「トーマの心臓」を読み、制服の無かった高校時代、「ひとりシュロッターベッツ(トーマの心臓の舞台となるドイツの学校)」をしていたという萩尾ファンでした。

そんな、「連れられて来た友人の女性」が、今のワタシのリアルな妻なわけなのでした。