ホームからいまから遡ること30数年前……
横浜生まれのワタシは、小学生当時、横浜と川崎と都区内くらいしかでかけたことがありませんでした。地方に田舎のある級友たちが羨ましかったものです。

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笹子餅外箱


あるとき、近所に住んでいる叔母が、ハイキングへ行くけど一緒に来るかと言って来ました。山梨まで行くというのです。山梨!それだけで「行く!」と返事しました。遠くへ行くことに強い憧れを持っていたワタシには十分な理由でした。山梨ということ以外はまったくわからず、男女10人くらいの大人に混じって、中央東線の普通列車で山梨県の塩山へと出かけました。この小旅行は、その後の趣味にいくつかの大きな影響を残します。

一泊し、翌朝、西沢渓谷というハイキングコースを歩きました。数多くのきれいな滝は印象的でしたが、ワタシが最も感動したのは、ハイキングコースの「帰り道」が、森林鉄道の線路跡であったこと。枕木もレールも残っていました。細いレール、狭い軌間(レールの幅)、不揃いな枕木などは、都市部の鉄道しか知らなかった私には強烈な印象を与え、その後のトロッコ趣味の原点へとなっていきます。

まだ明るいうちに塩山駅に戻りました。大人の間で帰りは急行で帰ろうということになったようで、急行券を渡されました。まもなく駅には急行「かいじ」が到着しましたが、当時の「かいじ」は当時小学生であったワタシでさえ知っていた「遜色急行」で、名前は急行ですが使用される車両は普通電車のものでした。車内はすいていましたが、一本後の「たてしな」に乗ることになりました。
そしてまたワタシは驚くことになります。まだかまだかとホームで待っていたワタシは、甲府方面をずっと見ていましたが、なんとEF64型機関車が現れました。当時の「たてしな」は、電車列車ではなく、機関車が牽引する客車列車だったのです。手動扉を開き、初めて「旧型客車」に乗った感動は忘れられません。ワタシの住んでいるところでは、機関車はブルートレインか荷物列車か貨物列車しかない状態でしたので。

時代を感じさせる車両に感動したのも束の間、車内は混雑しており、とりあえずばらけて座れるところに座る、ということになりました。窓側に座れず残念でしたが、客車独特の乗り心地にわくわくしていました
そこへ、ふと、いわゆる駅弁のケースをかかえた車内販売の人が通りかかりました。しかし売っていたのは弁当ではなく笹子餅という和菓子でした。叔母から「食べる?」と聞かれたので、なんとなく「食べる」と答えました。
紙箱入りの笹子餅をその場で開け、叔母と一つづつつまみました。ちょうど一口大で、噛み切ったりせずそのまま口に入ります。
これが、おいしいのです。
求肥ではなく、ちゃんと杵でついたよもぎ餅はやわらかすぎず固すぎず、また餡も甘すぎず、あずきの歯ざわりがよく、「これ、美味しい」と、10個入りの半分以上をたべてしまいました。そんななので、車内の記憶はあまりなく、「笹子餅を食べていた」記憶しか残っていません。
森林鉄道跡、客車列車、そして笹子餅と、一泊二日にしては多すぎるほどの思い出をつくった小旅行でした。

しかしそれから数年。山梨を訪れる機会はありませんでした。時刻表や地図で笹子峠や塩山という地名を見ると笹子餅を思い出しますが、結局機会に恵まれないまま過ぎていきます。時刻表の欄外の「駅弁」の欄に、「笹子餅」があるのを確認したりもしていました。いつかまた、あの餅を食べたい、と。

そうして10年以上がたったでしょうか。
北陸旅行の帰りに糸魚川から大糸線~篠ノ井線~中央東線というルートで帰ることにしました、この時大糸線から乗った急行「アルプス」の車内販売で、笹子餅との再会を果たしました。列車が大変混雑していたため、八王子を過ぎてからの車内販売でしたが、笹子餅は残っていてくれました。帰宅までひとまず我慢し、家でゆっくりと味わいました。「たてしな」号での笹子餅を思い出しながら。

その後数年して、山梨での仕事がぽつ、ぽつと入るようになりましたが、帰りが深夜になることが多く、車内販売自体が無い列車に当たることもすくなからずありました。ワタシは探しました。甲府駅とかで売っていないのか、と。
改築された新甲府駅の駅ビルのおみやげコーナーに、笹子餅が少量入る、ということがわかりました。なんで少量なんでんすか?と尋ねると、日持ちがしないので少ししかおけない、との返事が帰って来ました。
そう、笹子餅は、いまでも、毎朝杵でついた餅を提供しているのです。ですから、日持ちがしない。生の和菓子なのです。現代の駅で売る土産物としては、珍しい部類に入るのではないでしょうか。

そんな思い出のある笹子餅。ツイッターでフォローさせていただいた記念に、思い立って笹子駅近くの本店へと足を運んで参りました。

ホームから ホームの駅表

笹子駅は普通列車しか止まらない無人駅です。30数年前と同じ115系に乗って高尾から一時間ほどで笹子駅へ到着します。

笹子駅はかつてはスイッチバック式の駅だったのですが、現在は本線上にホームがあり、スイッチバックの跡地は保線基地になっています。ホーム甲府寄りにいくとスイッチバックの遺構が見られます。

スイッチバックの遺構

駅舎は線路下にあります。線路は甲州街道をまたいでいるので、そのすぐ横に駅舎があります。スイッチバック時代は別の場所に駅舎があったそうです。

笹子駅駅舎

駅を出て「みどりや」さんを目指します。
甲州街道に降りて、大月方面へ少し行ったところに、笹子餅を作られている会社「みどりや」さんがあります。ついについに、感動のお店との対面です。
甲州街道を挟んで、手前が工場、向こうがお店ですが、工場側でも購入することができます。

笹子餅を作られている会社「みどりや」さん 工場

車内売は10個入りだけですが、ここでは5個入りも買うことができます。また車内での販売のない酒まんじゅうもあります。
自分用と知人へのおみやげ用に笹子餅を購入しました。

笹子餅

お店の方というか工場の方がいそがしそうになさっていたので、ちょっとだけ前述の思い出話と、山梨へ来たら必ず買って帰るというお話をして、帰路につきました。
帰りも普通列車。幸いすいてたので、早速3つほど味わいました。何度食べても、やはり美味しい。

開封

変わってしまったのは、電車の色が横須賀色でなく、お茶がペットボトルになってしまったことでしょうか。

なお、みどりやさんのホームページには、定休日がありません。列車が走っていれば、営業しているそうです。

――笹子餅が買えるところ:(みどりやさんツイッターより)

▽JR中央線沿い笹子餅ご購入できる所
○甲府駅ビル2Fお土産コーナー
○特急あずさかいじ車内販売※注※全車でではありません
○大月駅4.5番線にあるキヨスク
○大月駅前はまのや店
○笹子駅近く本店

▽高速道路
○中央道釈迦堂SA下り
○初狩上りと下りSA
○谷村下りSA

▽みどりや ホームページ

山梨を通ることがあれば、手作りのおいしい餅をぜひ味わっていただきたいです。

おまけ。
笹子駅の運賃表。

笹子駅の運賃表

新大久保で降りるのと新宿で降りるのとで、440円も差があります。普通電車の旅でしたら一工夫しましょう(実は新宿まで行く場合は、高尾から京王線に乗ったほうがさらに安いのですが……)

(文:エドガー)