「うちの本棚」、今回は長く単行本化されなかった横山光輝のスパイアクション『コマンドJ』を取り上げます。スピード感のある現代スパイ物、同時期の『伊賀の影丸』と比較してみるのもいいでしょう。

横山光輝の作品は、氏の没後、講談社から未単行本化作品が相次いで刊行されたが、本作もそんな作品のひとつ。


秘密特捜隊という、日本のスパイ組織「コマンド」のメンバーのひとりJを主人公にしたスパイアクションで、スピード感のある佳作。しかしながら連載終了以後2005年7月の文庫版収録まで未単行本化だった。その理由のひとつには、全3話からなる本作において、第2話第2回目で突然、主人公が少年から青年に設定変更されていることが考えられる。文庫版第1巻の解説では、連載当時の社会状況として、それまでの少年漫画によく見られた少年主人公が拳銃を撃ちまくったり、ましてやタバコを吸うなどのシーンに対して批判が強くなったことに触れているが、さらに言えばその当時やり玉に挙がった貸本劇画では発禁本なども出てくるほど厳しい状況だったようだ。確かに本作でも明らかに少年として描かれている主人公Jが撃ち合いをするほか喫煙するシーンも描かれていたし、平気でバーに出入りもしている。「漫画だから」といってしまえばそれまでだが、社会状況の変化に応じた変更ということばかりではなく、作品のリアリティという点からも青年への設定変更は正解だったように感じる。ただ、これが未単行本化だったというのは多少疑問がのこるところで、たとえば第2話第1回だけでも主人公を描き変えて2話3話のみで単行本化することもできたのではないかと思うのだ。それをしなかったのはやはり作品自体に横山光輝自身、なにか単行本としてまとめておきたくないものがあったのかもしれない。もっとも、同時期に同じ「少年マガジン」に連載されていた桑田次郎の『黄色い手袋X』も単行本化されない期間が長かったので、連載作品=単行本化という出版の流れに漏れた時期の作品というだけのことかもしれないが。

それにしても驚かされるのが、本作でも女性キャラクターが一切登場しないこと。スパイものといえば女スパイのひとりくらい登場してもよさそうなものだが、敵味方双方にひとりとして女性が登場しない。もちろん作品中で違和感を感じるということは無いのだが、読み終わってみて「あれ、女が全然でてこなかった」と唖然としてしまうのだ。他の横山作品では女性キャラクターが登場しないまでも、女のようなルックスのキャラクターが登場したりしていたのだが、本作ではそれもない。ある意味リアリティにこだわった作品だったということもできるかもしれない。

リアリティという点に関しては、当時のスパイブームを作った映画『007』シリーズやテレビ『ナポレオン・ソロ』などよりも描かれる秘密兵器が現実に則しているという指摘もある。もちろん装着式のロケットを背負って飛んだりするところなどは漫画チックな表現ではあるが、全体として実際にあるものや少し飛躍したものという印象ではある。

また同時期の横山作品『伊賀の影丸』と比較して、J以外のコマンドメンバーの個性を抑えていると第1巻の解説では考察しているが、『伊賀の影丸』との差別化という意味では作品的な意味に合わせて、同時期に描かれていたことから作者自身が自分の中で区別する意味もあったのではないだろうか。忍者とスパイという表現的には似てしまう要素の強い2作品であるだけに、そのあたりは意識して差別化していたのではないかと推測する。その意味でも本作が単行本としてまとめられ改めて読むことができるようになったことで、読者も比較して楽しめるだろう。

初出/講談社「少年マガジン」(昭和40年・34号~昭和41年29号)
書誌/講談社・講談社漫画文庫(全3巻)

(文:猫目ユウ)