電車やバスに不可欠な、行き先などの方向幕。最近はLEDディスプレイ化されることが増えてきましたが、まだ現役で使われているほか、ファン向けのグッズとして鉄道会社が企画して販売することもあります。

 方向幕を作る過程では、機械ではなく手作業でフィルムを巻く場面があちこちにあるんだそう。入社した新人がまず覚えること、という「幕を巻く」様子がメーカーの公式Twitterで披露されました。

 幕をクルクルと巻く動画をTwitterに投稿したのは、株式会社コロナ宣広社の公式Twitterアカウント。シルクスクリーン印刷で、各種の鉄道車両用方向幕を作っています。

 コロナ宣広社における鉄道車両用方向幕の歴史をうかがうと、1960年代後半ごろ行き先方向幕の印刷が本格的に始まった当時は、機織りの布地だったんだそう。それが行き先表示の増加にともなって表示段数が増え、ロールの直径が大きくなったことから、現在の薄いPETフィルムによる方向幕へと変化したのだといいます。

 PETフィルムに印刷する方向幕づくりでは、様々なところで手作業の工程があるのだとか。その代表的なものが「幕を巻く」という作業。

 「まず大きなフィルムの原反から、方向幕作成に必要な材料を取るために『巻く』は必要になります。作業者が巻きながら長さを確認し、必要な長さに1本ずつカットします」

 シルクスクリーン印刷は、細かい穴の空いたシルクスクリーン版を印刷したいものの上に置き、上からインクを刷り込むように印刷する手法。このためロールのまま連続的に印刷することが難しく、1コマずつ印刷面を広げて巻き取るような形で印刷しています。もちろん、印刷機にセットする際も「巻く」作業が必要。

 「印刷された方向幕は乾燥ラインを経た上で、補助者が次に印刷する部分を出すために巻いていきます。ちなみに一番『巻く』作業が多くなるのは、この補助者の作業です。印刷工程によっては幕を大きく上下させて巻きますし、複数多種の方向幕がラインから流れてくることもあるからです」

 最後の検査工程でも、人の手によって1コマずつ幕を巻きながら、きちんと印刷されているかをチェック。状況によって臨機応変さが求められるので、機械で巻いて作業することは難しいのだそうです。

 最初から最後まで、人の手による「巻く」作業を重ねて作られている方向幕。新人さんが真っ先に覚えるというのも分かりますね。巻く際のコツについてもうかがってみました。

 「従業員によって巻き方にも個性があるため、一概にはいえませんが、無駄な力をかけすぎず作業台の上を転がすように巻くときれいに巻けるように思います。あとは巻いているうちに端面がズレてくるので、指で揃えながら巻くことです」

 素早く巻いていても、商品を傷つけるようなことがあってはいけません。「フィルムや印刷面が傷つかないよう、弊社では爪を伸ばすことが厳禁です」と、メーカーならではのルールも教えてもらいました。

 ちなみに新人さんと先輩では、巻くのにどれくらいの差があるのでしょうか。これには「私が新人の時には、自分が1本、方向幕を下から上まで巻き終える間に、先輩社員は3、4本くらい巻き終えていたように思います」と、担当者さんは答えてくれました。

新人と先輩では3〜4倍の差があるという(株式会社コロナ宣広社提供)

 巻き方を覚えていく過程では「フィルムに折り傷をつけない、印刷部にダメージを与えないことが重要」とのこと。まずは早く巻くことよりも、製品を傷めないように巻くことを覚えていくそうです。

 「巻くこと自体は比較的すぐにできるようになると思いますが、ラインに入り正確性を保ちながら、工程に沿ったスピードで巻けるようになるまで、私の場合1週間くらいかかった覚えがあります。また繁忙期で印刷量が増えたラインだと、速さとともに臨機応変さが求められるので、技術を習得するのに1か月くらいかかるのではないかと思います」

 人の手で「巻く」ことを繰り返し、できあがる方向幕。現在では鉄道会社のグッズとして販売されることもあり、ファンにも馴染み深いものになっています。

 「方向幕は今も現役で工業製品としてお使いいただき、皆様のお役に立たせていただいているのと同時に、鉄道の歴史文化としての側面も持っているかと思います。また作成は現在でも手作業がとても多く、機械化された工程にもベースには手作業があります。そういった画一的でないアナログな面も方向幕の魅力かと思うので、そこに宿る温かみのようなものも楽しんでいただけたら幸いです」

 ちなみに、今回Twitterで披露された「幕を巻く」動画ですが、新品の幕だから素早く巻けるのだそう。私たちがグッズとして入手した方向幕を巻く際は、一度巻かれて使用されたものであるため、経年変化で固く破れやすくなっている可能性が高いので注意してほしい、とも話してくれました。

 「一度取りついた方向幕に関しては破損の原因となりますので、負担をかけないよう、ゆっくり慎重に巻いて頂いた方がよいかと思います」

 方向幕が巻き取られ、様々な行き先や列車名、列車種別が出てくるのを楽しむ人も多いかと思います。身近な方向幕ですが、作られる過程にはいくつもの手作業が隠れていると知ると、また見る目が変わってくるかもしれません。

<記事化協力>
株式会社コロナ宣広社(@WrIZcYOcZwLz8q2

(咲村珠樹)