かつて学校には、学校側からの急を要する情報を伝えるため、クラスごとに「連絡網」なるものが作られていました。携帯電話のなかった当時、クラスメイトとはいえ「よその家」に電話をかける緊張感はなかなかのもの。ましてや次が好きな人の家だったら……という漫画がTwitterに投稿され、懐かしむ声が多く寄せられています。

 現在では個人情報保護の観点や、情報を受け取るタイムラグがないといった点から、一斉送信メールやLINE通知といった手法にほとんど置き換わった「連絡網」。携帯電話のなかった当時、緊急時の連絡手段は家にある加入電話(家電)が一般的だったため、学校からのお知らせを伝えるツールとして役立っていました。

 ある一定以上の年齢層では懐かしさを感じる、この「連絡網」を題材に、淡い恋心を描いた漫画「phone tree」をTwitterに投稿したのは、趣味で漫画をSNSに投稿している会社員のkeraさん。これは10年前、創作ジャンル専門の同人誌即売会「COMITIA」で頒布した同人誌に収録されている作品とのことです。

 台風接近で外は大荒れとなっている朝、主人公・北本美由紀の家にクラスの連絡網で休校の知らせが届きます。この情報を次の下條康次くんの家に電話連絡しなければいけないのですが、美由紀は母親に「自分が電話をかけたい」と申し出ます。

台風の朝「連絡網」で休校の知らせが届く(keraさん提供)

 実は、下條くんに憧れ(淡い恋心)を抱いている美由紀。教室では友達の目などを意識してしまい、まともにおしゃべりしたことはないけれど、電話なら1対1で話せる……と考えたのでした。

次の「下條くん」は憧れの人(keraさん提供)

 美由紀は電話機のダイヤル(!)を回し始めますが、ふと「下條くんのお母さんが電話に出る可能性もある」ことに思い至ります。憧れの人の母親に対し、ちゃんとした言葉遣いをしなければ!とシミュレーションを重ね、いざダイヤル……というところで、またも思いとどまる美由紀。

本人でなく母親が出たら……!(keraさん提供)

 今度は兄弟(妹)が……とか、耳の遠いお祖母さんが出たら……とか、心配になった美由紀は色々とシミュレーションする妄想が暴走し始めます。最後には「ペットの犬が出たら!」という、あり得ない想像まで。

他の家族が出ることも心配し始める(keraさん提供)

 なかなか電話しない娘に業を煮やした母親が「早くかけなさい!」と叱ったその時。不意に電話のベルが鳴ります。相手は、連絡網の通知が回ってきているのでは、と考えた下條くんその人でした。

妄想が暴走したところに電話が(keraさん提供)

 心の準備が不十分なまま、下條くんと話をすることになった美由紀でしたが、彼の「風で家ごと飛ばされちまったかと思った」という心配の仕方に、思わず吹き出してしまいます。どうやらこれで、緊張がほぐれた様子です。

心配した下條くんからの電話(keraさん提供)

 ……と、これは大人になった美由紀が、自分の娘に昔の様子を語って聞かせた様子だったことが最後のページで明らかにされます。今ではメールの一斉送信などに置き換わったため、我が子が「よその家」に電話をかける緊張感を知らずに育つのか……ひとりごちる美由紀。

そんな思い出話を娘にする主人公(keraさん提供)

 最後のコマに描かれた表札で、美由紀は下條くんと結ばれたことが分かります。ひょっとしたら、あの台風の日の連絡網が、2人を近づけるきっかけになったのかもしれませんね。

 この作品には、リプライに「家電にかけるあのドキドキ感……めちゃくちゃ懐かしいです」といった感想や、時代の移り変わりを感じるといった反応が寄せられました。それと同時に「今高2ですが、小学校のうちは連絡網ありました」というリプライもあり、まだ低学年のうちは連絡網が構築されている場合もあるようです。

 keraさんは小中学生でも携帯を持つことが当たり前になり、子ども同士で直接連絡を取りあう時代になったことを受け「『相手の家族に電話を取り次いでもらう』というハードルを越えて連絡を取り合っていた時代を懐かしんでもらおうという思いで描きました」と、作品に込めた思いを語ってくれました。

 また、同時に「単純に、中学生が恋心を暴発させておかしなことになっている様子を楽しんでもらえれば」とも語ってくれたkeraさん。ご自身の経験をうかがうと、次のように思い出を話してくれました。

 「単なる出席番号順なので、次が普段あまり接点のない同級生だったりして、しかもその親御さんと話すとなると、余計に緊張しましたね。まぁ実際は親が電話をかけるケースが多いですし、基本的には同性で経路が組まれるので、恋愛的なアレは特になかったです、残念ながら(笑)」

 自分の意思で連絡するのとは違い、クラスの連絡網の場合は電話することを課されているので、心理的なハードルは上がりがち。ましてや携帯ではなく家の電話しかない時代ですから、誰が出るか分からず、普段接点のない大人と会話する場合もあるため、緊張感はそれなりにともないました。

 作品にも描かれた一斉送信メール。これについては「速さも正確性も圧倒的に優れるので、連絡網のようなものが復活することは無いと思いますが、小中学生のうちに大人と直接コミュニケーションを取る機会がなんらかの形で残ってくれればいいなぁと思っています」とkeraさんは話します。

 このところは「個」同士のつながりが増え、家族がそれぞれの交友関係を把握しきれない、という世の中でもあります。連絡網はそのような意思とは無関係に構築される分、違う世代やあまり接点のないクラスメイトと触れ合うきっかけ作りになっていたのかもしれませんね。

<記事化協力>
keraさん(@kera_us)

(咲村珠樹)