19世紀末から20世紀初頭のアール・ヌーヴォー期を代表する画家、アルフォンス・ミュシャ。その特徴は装飾性豊かな女性像に代表され、緻密に描きこまれた背景模様を含めた画面構成は、日本でも多くのファンを惹きつけています。

 そんなミュシャの作品を消しゴムはんこで再現している、消しゴムはんこ作家のキトリさん。細密な描線も完全再現した、とても美しいファンアートを作っています。

 チェコ出身のミュシャは、サラ・ベルナールの舞台公演ポスターをきっかけに人気を獲得し、各種のポスターやカレンダー、装飾パネルなど、数多くの作品を手掛けました。緻密に描きこまれた背景や衣装は高いデザイン性を有し、それを含めた画面構成の巧みさが作風の特色といえます。

 キトリさんは、消しゴムはんこを始めて7年。書店で消しゴムはんこの本を見たことをきっかけに始め、その魅力にハマっていったといいます。

 最初は簡単なモチーフから始め、彫りの技術が上達するにつれて徐々に繊細なモチーフに挑戦するようになっていったキトリさん。実は3年目くらいの頃、なかなか美しく掘ることができず、悩んでいた時期もあったのだそう。

 もちろん、美しく彫ることが目的ではなく、良い作品を作ることが優先されるべきこと。しかし綺麗に彫れるのであれば、それに越したことはありません。

 悩みの中、まず作品作りを楽しみたいと始めたのが二次創作。好きなディズニープリンセスやゲームのキャラクター、初音ミクなどのモチーフを消しゴムに彫っていくうち、技術もまた向上していったとのこと。技術にとらわれるより、作品作りを楽しむ原点回帰が功を奏したのかもしれませんね。

 もちろん、ミュシャの作品も好きなモチーフの1つ。その魅力を「優雅な美しさ、繊細な装飾の中に極めて規則正しいモチーフの連続があるところに魅力を感じます」とキトリさんは語ってくれました。

 ちなみに、ミュシャは1939年7月14日に死去しており、没後70年以上を経過していることから、作品は日本においてはパブリックドメインの状態にあります。キトリさんにミュシャの「月桂樹」をモチーフにした作品(縦20cm×横15cm)ができるまでを教えてもらいました。

キトリさんの消しゴムはんこ作品「ミュシャの『月桂樹』」(キトリさん提供)

 まず元絵を、トレーシングペーパーに鉛筆を使って模写。これが消しゴムはんこの原画となります。

トレーシングペーパーに鉛筆で線を写し描きする(キトリさん提供)

 トレーシングペーパーを消しゴムにこすり付け、鉛筆線を転写。これにより、消しゴムには絵の鏡像が写されることになります。

鉛筆線を消しゴムに転写(キトリさん提供)

 この後はひたすら消しゴムを彫る作業が続きます。円形の枠内にある女性の横顔は月桂樹の髪飾りをしており、その背景はステンドグラスを思わせる細かく分割された模様。円形の枠の周囲をさらに月桂樹モチーフの紋様が取り囲むという画面構成で、髪の毛のラインを含め、非常に細かい線ばかりです。

ひたすら消しゴムを彫る(キトリさん提供)

 彫りは集中力を要求されるので、1日2時間〜3時間の作業とのこと。彫り終わるまで、この「月桂樹」の場合では延べ7時間〜8時間ほどかかったといいます。

細かい線まで彫り進める(キトリさん提供)

 彫り終わった消しゴムは、いったん鉛筆の線を洗い流します。真っ白い消しゴムに細かく彫られた描線を見ていると、大理石の彫刻のようにも見えてきますね。消しゴムは多孔質でインクを吸い込む性質があるため、真っ白な印面を見ることができるのは完成直後だけなのだとか。

彫り終わって綺麗にした印面(キトリさん提供)

 消しゴムはんことしてはこれで完成。あとは好きな色のインクをつけて捺印し、楽しみます。

好きな色で捺印(キトリさん提供)

 ただ捺印するだけでなく、それに彩色すると、より一層魅力的に。お気に入りの作品の1つという「蔦」は、縦16cm×横12cmで、捺印した後に色鉛筆で彩色された状態のものも見せてもらいました。

キトリさんの消しゴムはんこ作品「ミュシャの『蔦』」(キトリさん提供)

 今後について、キトリさんは「ミュシャにもまたチャレンジしたいですし、これからの季節に合わせてハロウィンやクリスマス、また年賀状などに合わせたモチーフも彫りたいです」と語ってくれました。Twitterではミュシャに限らず、さまざまな消しゴムはんこ作品を見ることができますよ。

<記事化協力>
キトリさん(@trico_taetae)

(咲村珠樹)