生き物のフォルムは、進化を重ねて獲得した独特なもの。特に昆虫は、人間の発想を超えた奇想天外な形態や無駄のないラインなど、造形の妙を感じさせる種類がたくさんいます。

 まさに創造主である神の存在を感じさせるような昆虫などの姿を、独自の解釈を加えて磁器で表現する作家・堀貴春さん。作品に込めた思いなどをうかがいました。

 小学生の頃から、作家になると心に決めていたという堀さん。美術高校に進学後、将来自分が扱う素材を探っているうち陶芸の土に出会い、同時にモチーフを小さい頃から今もずっと好きな昆虫と見定め、作品づくりに取り組んできたといいます。

展覧会場の様子(堀貴春さん提供)

 地球上には約100万種類もの昆虫がいるといわれていますが、堀さんがモチーフに選ぶのは、原則として自分で飼育しているものに限っています。画像を見て参考にすることもなく、生きている姿を詳細に観察していくそうで、その理由を次のように語ってくれました。

 「制作工程が長い為、それだけモチーフに対する想いが強くないと、途中で断念する事になるので、必ず本物を見て、生態を知った上でその中から好きなモチーフを制作します」

 モチーフを隅々まで知り、好きになること。これにより、長期間にわたる作品づくりにおいても、モチベーションを失わず、細かな部分まで手を抜かずに表現することを可能にしているのですね。

展覧会場の様子(堀貴春さん提供)

 細部まで観察し形にしていく堀さんですが、実物そっくりに作るのではなく、作品は必ずフォルムにアレンジを加え「どこかにいそうだけど、どこにもいない」ものに仕上げます。これはけして凌駕できない、神の作りし「本物」を「尊重する」がゆえのことなのだとか。

 「本物には今まで積み重ねてきた進化という『背景』があるからこそ形や色が美しいのであり、いくら外見を忠実に模刻、スキャンしてもそれと同じレベルに並ぶこともなければ、上回ることもない。だからこそ同じ土俵では無く、その進化で形成された造形的な美しさや構造的な面白さを私なりに強調させる事で新たな昆虫、何億年後の進化の形を想像して本物が持つ『背景』を超える形を作る挑戦をしています」

 フォルムを見せる、という考え方は、あえて着彩せず、白、もしくは黒の釉薬のみで仕上げられる点にも反映されています。色や模様といった情報を排除することで、シンプルに造形美を見せているのです。

ダイコクコガネをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

 色がついている本物の昆虫では気づかなかった、ディティールの妙といった部分も、作品は明らかにしてくれます。進化の過程で身につけた形、そしてイマジネーションによって強調された部分、2つの要素が融合して生まれるフォルムは魅力的です。

展覧会場の様子(堀貴春さん提供)

 造形の際に使う道具についてうかがうと、土を盛ることより削ることの方が多いので、タングステン製の超硬カンナを使っているとのこと。磁器の場合、粘土のほかに石(石英や長石)を含んでいるので、様々な形状の超硬カンナを駆使して形を削り出しているそうです。

 原型を削り終えると、これをもとに型を作ります。粘土をろくろや手びねりで加工したものをそのまま焼成する陶器と違い、磁器は原型を一旦型取りし、それに流動性の高い土を流し込んで乾燥させ、形を落ち着かせてから焼成に入ります。

 作品は複雑な形状なので、型取りも大変。大型の作品の場合、いくつかのパーツに分けて型取りし、焼成後に組み立てる構造にすることもあるんだとか。

 陶土を型に入れて形を作り、乾燥させて焼成する場面でも気は抜けません。複雑な形状ゆえ、もし不均等に水分が抜けてしまうとその部分から変形し、最悪の場合は壊れてしまうのです。

 堀さんは造形後の乾燥で、ビニールをかぶせる位置を調整しながら平均的に水分が抜けるよう調節。焼成時には変形を抑えるため、同じ土でベッドを作り、同じ土の柱をいくつも入れて支えて、全体が同じ収縮率で縮むよう計算しているのだとか。

 造形から焼成まで、非常に細やかで注意深い作業を重ねて作られる堀さんの昆虫たち。ご自身で好みのモチーフをうかがうと、様々なカマキリたちを挙げてくれました。

 「海外のカマキリはその地域によって独特な形状の進化を遂げているので、進化をテーマとする私にはとても魅力的な存在です。もちろん海外カマキリも自宅で数百匹飼育しています」

カマキリをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

 また、ダイコクコガネも「使い勝手を無視した造形的に面白い部分と、機能的に洗練された部分との組み合わせが魅力的」と語ります。

ダイコクコガネをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

ダイコクコガネをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

 クモやクワガタは、5年前に作ったものの出来栄えに納得がいかず、2022年に作り直したという意味でも印象深い作品、と堀さんは紹介してくれました。

 「5年前のクモは、クモの良さをかき消してしまっていました。2022年に作ったクモはその辺をクリアでき、クモらしい独特な雰囲気を脚で醸し出し、私の曲線エッジのバランスをとった造形はお尻(腹部)のみにとどめることで、うまく両方の良さを出せた気がします」

クモをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

クモをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

 「クワガタは5年前に一度作りましたが、その頃は造形や進化の過程をそこまで考えて作れていなかったので、2022年にその辺りをしっかりクリアしたものを作りました。今回のクワガタは『音』がテーマになっており、超音波による空間認識能力をもった未知のクワガタをイメージし、体の造形もそれに合わせた作りになっています」

クワガタをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

クワガタをモチーフにした作品(堀貴春さん提供)

 どの作品もシンプルな色合いであるがゆえ、フォルムの面白さに目が行きやすく、かつ実物とイマジネーションが違和感なく融合されているので、静謐な中にも生命の躍動を感じます。まるで遠い未来か、別の惑星からやってきた、未知の生物の標本を見ているようなリアルさです。

 2022年は秋にかけて展覧会が続き、大忙しの堀さん。落ち着いてから新たに取り組みたいテーマについては、モチーフの要素を絞り込んだ「引き算」の作品を作りたい、と話してくれました。

 「今まで足し算をする作り方をしていて、このまま続けても、物が細密になるばかりで『わー凄い』というだけの作品になってしまうので、引き算を使いこなす為パーツ1つで作品として見せられるものを今年、来年とメインで制作、個展をします」

 「引き算を使いこなせるようになれば今の作品もまた違うステップに行ける気がするので、まずは引き算だけの作品を作り、学び、最終的に引き算と足し算を組み合わせた雰囲気の作品を3年後に作る予定です」

 現在構想しているのはクワガタの鞘翅(硬くなった前翅)がモチーフだそうで、未来的な人工物に見えつつも、そこに生命感が宿るような作品にしたいとのこと。モチーフをあえて絞り込むことで、どのような発想が具現化していくか、非常に楽しみですね。

クワガタの鞘翅をイメージした作品(堀貴春さん提供)

 堀さんの次回展覧会は、9月28日~10月4日に名古屋三越7階美術サロンにて夫婦展を開催。12月9日~12月11日には金沢市のハイアット セントリック金沢で開催される「KOGEI Art Fair Kanazawa 2022」に出展予定。

 最新の情報はTwitterやInstagram(takaharu0130)で告知されるほか、公式サイトにはこれまでの色々な作品も展示されています。

<記事化協力>
堀貴春さん(@_taka_0130)

(咲村珠樹)