まるでゲームの世界に迷い込んだような、ピクセルアート(ドット絵)化した公衆電話やスニーカー。これらは“デジタル陶芸家”増田敏也さんの陶芸作品、つまり「焼き物」なんです。

 丸いものが多いと思われがちな手作りの陶芸と、デジタルなピクセルモチーフ。一見相反するような要素を融合させる作品世界について、増田さんに話をうかがいました。

 増田さんは大阪芸術大学で金属工芸を学び、卒業後副手として大学に残っている頃に“デジタル”をモチーフにした作品作りに取り組むようになりました。当初は金属工芸作品として作っていくも、徐々に「このモチーフを金属で作る理由」などがあまり感じられなくなり、迷いが出てきたといいます。

 ちょうどその頃、大学を離れて高校の非常勤講師になるという環境の変化も経験。これを機にモチーフの表現方法を見つめ直したといいます。

 「何で作品ができていたらより面白くなるのか?などを考えていく上で、デジタルと一番正反対なイメージのある陶芸でできていたらどうだろうか?と思い、陶芸で制作するようになりました」

 また、金属工芸の頃から「デジタル的なビジュアル」を念頭に置き、ワイヤーフレームをイメージした作品を制作していたそうですが、その根元には「ドット絵やピクセル状のビジュアルがイメージにありました」とのこと。

 陶芸に転向後も、ワイヤーフレームをイメージした作品を作っていた増田さんですが、作品制作を通じて陶芸の技術や知識を深め、現在のようなピクセルアート的表現に移行。

 「2003年~2007年くらいまでがワイヤーフレーム、2007年以降が今のスタイルといった感じです」

マイクとタンバリン(増田敏也さん提供)

 身の回りにあるものを低解像度のピクセルアート化し、陶芸作品とする増田さんの“デジタル陶芸”。ピクセル化するにあたっては5mm角を基準にし、モチーフのディティールに応じて解像度を調整しているとのこと。

 「求めているラインにならない場合は半分の2.5mmにしたり、逆にそれ以上のサイズにしたりとごちゃ混ぜになっていることもあります。それによって、初期のドット絵のような限られた条件の中で、なんとか〇〇のように頑張っている『デジタルなのに人間臭い』感覚につながるのかなという感じです」

 もちろん、今となっては3Dスキャンやモデリング、3Dプリンタを駆使してフルデジタル化した表現も可能。しかし「人間が手で作っているという事実が大事であって、それが美術表現である要素につながるとも考えています」と増田さんは語ります。

インスタントカメラ(増田敏也さん提供)

 通常、陶芸では“手びねり”や“ろくろ”で陶土を成形しますが、これらの手法では丸いものは作れても、ピクセルアートのようなエッジのたった四角い造形は苦手。このため、増田さんの作品ではナイフとヘラを駆使し、陶土を切り出したり形を整えたりしているそうです。

 しかも、通常とは違う成形法のため、道具の多くは自作。

「刃の大きさや形、薄さなど、自分がやりやすいと思う道具を作ることで作業のしやすさなどに影響するため、常に道具作りと制作は並行して行っています」

 思い通りの形ができても気は抜けません。乾燥から焼成にかけ、陶土から水分が失われますが、この時気をつけていないと水分の抜け方が一定せず、含水率が不均等になって歪むことがあるのです。

 「急速に乾燥させると変形しやすいので、乾燥にはすごく注意して進めています。基本焼成することで角が融けるようなことはないので、成形中にエッジが出るよう削り出せれば、物理的衝撃を与えない限りかけたり丸くなることはありません。なので作業中は注意しながら取り扱っています」

また、焼き物は様々な条件の組み合わせで、生き物のように焼成結果が変わります。

 「焼成時に起きるハプニングはつきものなので、すべてのハプニングを克服しているわけではありません。毎回心臓が痛くなるくらい、最後の最後まで結果が分からない状態で制作しています」

 このような過程を経て生まれるデジタル陶芸作品は、確かに質量を持った存在であるものの、どこかゲームのディスプレイ越しに見ているかのような不思議な感覚。様々な角度で見ていくと、だんだん自分自身もピクセルアート化し、ゲームの世界に飲み込まれるような気もしてきます。

ラジカセとカセットテープ(増田敏也さん提供)

 これまでの作品で重要な位置を占める作品は、という問いに「色々あるので決めかねますが……」といったん悩んだ増田さん。ですが「最近の中では公衆電話の作品や、スニーカーの作品は気に入っているものではあります」と答えてくれました。

スニーカー(増田敏也さん提供)

 また、2021年秋からは新しいシリーズ作品作りに取り組んでおり、その作品も「今後の自分の制作するシリーズとして、1つのきっかけになっていると思います」とのこと。

 これまでは、すべてが角張ったピクセルで構成された立体作品でしたが、新しいものではピクセル化したワインボトルの一部が融解し、ドロリと金属的な流動性を見せています。陶芸以前に金属工芸作品を制作していた増田さんのルーツが融合したような、また別の形でのボーダーレスな世界を感じさせる作品といえるでしょう。

新しいシリーズの作品(増田敏也さん提供)

 今後について、やりたいことが多く、さらに色々と出品する予定や頼まれている案件もあって、なかなか実行に移せていない状況だ、という増田さん。「とにかくより面白いものが作れるよう努力することでしょうか」と、進化を続ける姿勢も示しています。

 増田さんは2022年7月に開催される「ART OSAKA 2022」のGalleries Section(7月8日~7月10日:大阪市中央公会堂3階)に作品を出品するほか、台湾で開催される「TAIWAN Ceramics Biennale(台湾国際陶芸雙年展)」にも出品予定。ぜひ実際の作品を見て、その不思議な存在感を体験してみてください。

<記事化協力>
増田敏也さん(@toshiyamasuda)

(咲村珠樹)