鉄は最もポピュラーな金属として様々な用途に使われていますが、錆びてしまうのが玉にきず。このため、通常は錆びないような工夫をするのですが、逆に錆を使って芸術作品を作る作家さんがいます。

 自らを「鉄錆師」と名乗るYASUKA.Mさん。一切着彩せず、鉄の地肌と錆、酸化皮膜が織りなす幻想的な作品世界について、話をうかがいました。

 大学では木彫を専攻していたというYASUKA.Mさん。当初、鉄に抱いていた印象は「無機質で冷たい」というものだったそう。溶接や溶断といった作業も怖くて苦手だったとのこと。その印象が変化したのは、とある作品を制作する過程でした。

 「どうしても木と鉄を融合させた作品を創らなければいけないような気がして、この2つの素材の関連性を調べました。その際に日本古来の『たたら製鉄』では、山から取れる砂鉄と伐採した木々から鉄を生み出していたことを知り、鉄とはまるで山を圧縮したような存在だと思ったのです」

 同時に「錆びて朽ちる姿は自然界での鉄本来の姿である」と知ったYASUKA.Mさん。このことから、鉄は有機的で暖かい素材なのだと認識を改め、鉄の個性を最大限に発揮できる作品を生み出そうと決意して、現在の技法を編み出したのだそうです。

 最初に生まれたのが、針葉樹の森に浮かぶ月を描いた「朧月」。手探りで作業を進めたそうですが「自分が手など加えなくても素材がどんどん美しい表現を生み出していく姿に始終感動していました」と、鉄が自らあるべき姿へ変化していったことは、その後の指針にもなったようです。

YASUKA.Mさんの「朧月」(YASUKA.Mさん提供)

 自然界に還る鉄、自然界にいた頃の姿の記憶など、循環する命をテーマに創作を始めたこともあり、自然界の木や空を描くのが好き、と語るYASUKA.Mさん。「霧の森」は、曇り空や霧の風景が鉄の色に重なって見える……という印象から生まれた作品だそうですが、長谷川等伯の「松林図屏風」を思わせる世界が広がります。

YASUKA.Mさんの「霧の森」(YASUKA.Mさん提供)

 栞のように小さいものから大きなものまで、作品の大きさは様々。最も小さなものは10mmの丸い鉄板に虫をぽつりと描いたもの、最大では鉄板10枚を組み、森の中から満月を見上げた作品で、1550×2500mmにもなるといいます。

 「どの大きさもそれぞれに創る楽しさが違うので選べないのですが、小さな作品は様々な表現方法を探すのにとても相性が良くて、後々大きな作品を創るための習作の役割も果たしてくれるので、創っていてとても楽しいです」

 いつも応援してくれる方々に喜んでもらえるよう、展覧会には小さな作品を多めに用意し、販売しているそうです。

 制作にあたっては、素材の持っている特質をいかし、その美しさを最大限に引き出せるよう「サポート役」に徹するよう心がけているんだとか。「淡夜」は、描いているうちに鉄が予想外の変化をし、その声に耳を傾けるままに生まれた作品だと話してくれました。2021年6月に奈良で開催された個展「我が身に宿る神」のメインビジュアルとなった作品でもあります。

YASUKA.Mさんの「淡夜」(YASUKA.Mさん提供)

 YASUKA.Mさんは錆だけでなく、酸化皮膜も駆使して作品を制作しています。色鮮やかなチョウを描いた「眩」は、ご本人にとって「酸化皮膜を使った最初の代表作」と位置付けられる作品。

 錆を使って表現された作品だけに、錆の進行など変化が気になりますが、その点については「鉄の酸化していく性質を完全に止めることはできませんが、日本刀のようにしっかりとしたメンテナンスを行えば完成当時の姿を維持することができます」とのこと。作品によっては酸化防止処理を施していたり、鉄錆の栞についてはビニールで保護していると語ってくれました。

 展覧会で作品を見た方からは、身近な“錆”がこんな風になるのか!と驚き、感動されることが多いといいます。「身近にあるものの別の視点を見ることができて嬉しい、なぜだかとても懐かしく感じる……と強く作品に共鳴してくださる姿に出会い、このままずっと作家として作品を創っていきたいと思いますし、創り続けなければならないと強く感じます」

 最近は技術力の向上や作品に込める想いの変化から、描きたいモチーフが増えてきたんだとか。その中で“人と鉄”をコンセプトとし、童話の「青い鳥」をモチーフにして生まれたのが「わたしをみつけて」。己のすべてを受け止め愛情を持って向き合うことで、美しい錆を身にまとうことができる……ということを赤錆と碧錆で描いた作品です。

YASUKA.Mさんの「わたしをみつけて」(YASUKA.Mさん提供)

 今後について、この制作技法を日本発祥の独特な技法として後世に残すことができたら、とYASUKA.Mさんは語ってくれました。「また、鉄関係のお仕事やその他の伝統芸術などにこの技法を用いることにより、新たな表現方法を生み出す力になれたら嬉しいです」様々なジャンルとのコラボも興味深いですね。

 作品はTwitterのほか、Instagram(yasuka.m)でも見ることができます。YASUKA.Mさんの公式サイトでは、これまでの展覧会やこれからの活動についての告知も掲載されています。

<記事化協力>
YASUKA.Mさん(@YASUKA_Martwork)

(咲村珠樹)