何年も結婚式業界にいると、冗談のような珍事件に出くわします。嘘だと思う人もいるかもしれませんが、今回紹介する話も正真正銘、本当にあった話です。

 今となっては笑える話ですが、その時の現場の緊張感といったらありません。今だから話せるハラハラドキドキの結婚式の裏側をご覧ください。

■ 挙式直前、外国人牧師と連絡がつかない!

 これは私が聖歌隊のアルバイトをしていた時の話。もうずっと昔のお話です。

 当時の私は音楽大学に通う大学生。その日は、同じゼミの仲の良い友人と2人で聖歌隊のバイトに向かいました。

 ご存知の方は少ないかもしれませんが、結婚式の際の聖歌隊や牧師は、結婚式場のスタッフではなく、専門の派遣会社から派遣されています。そして、演奏者と牧師はセットで同じ派遣会社に依頼されることがほとんどです。

 この結婚式も例外ではなく、私の所属する派遣会社からは、聖歌隊の私たち2人と外国人牧師が1人、派遣される予定でした。(結婚式業界では、式場や新郎新婦から牧師を外国人に指定される場合があります。)そしてもう1人、いつもは付いてこないのですが、遠方の現場ということもあってか、派遣会社の担当者(Aさん)が1名、付き添いで来ていました。
 
 早めに到着した私たち。Aさんは「ザ・関西人」と言った感じの40代の男性。お世辞にもイケメンとは言えませんでしたが、チェックのスーツに身を包み、コテコテの大阪弁で見た目もしゃべりも関西の芸人さながら。一通り準備を終えた私たちは、Aさんの軽快なトークを聞きながら待ち時間を過ごしていました。

■ 挙式1時間前

 いよいよ挙式の1時間前。到着するはずの牧師が来ません。事務所に確認しても、牧師からは何の連絡も入っておらず、携帯に何度かけても繋がりません。

 新郎新婦からの要望は「外国人牧師」。今から代わりの外国人牧師を探しても間に合いそうになく、Aさんも困り果てています。

 もし、時間になっても牧師が来なかったら、会社の信用問題以前に、挙式を行うことができません。お客様にとっても、式場にとっても、私たち派遣会社にとっても大問題です。学生の私でさえ、事の重大さが理解できます。

 挙式15分前。ゲストの入場が始まっても、牧師は一向に現れません。さらに、Aさんが式場のスタッフに相談している気配もありません。今のところ、牧師がいないことに気が付いているのは、私と一緒に聖歌隊をしている友達の2人のみ。私たちは顔を真っ青にしながら、ゲストの誘導をしていました。

■ 挙式スタート

 ついに、挙式の開始時間。私たちも、誘導を終えて聖歌隊の立ち位置に移動します。会場を見渡すと、なんと、牧師がいるではありませんか!

 私たちの心配をよそに、挙式は時間通りに始まり、滞りなく進みます。外国人牧師がギリギリ間に合ったのでしょうか?それとも代わりの人が手配できたのでしょうか?

 不思議に思い、牧師をよくみてみると……。

 なんだか見覚えのある顔……。

 そう!Aさんです!さっきまで私たちに業務を教えてくれていたAさん。

 牧師の服の裾からは、チェックのズボンが見えています。さっきまでの軽快な関西弁は、カタコトの日本語に変わっています。
 
 始めは驚きで顔を見合わせた私たちでしたが、次第に笑いが込み上げてきます。でも、私たち聖歌隊の立ち位置は新郎新婦の横。目の前にはたくさんの列席者の方々……。そんな中、聖歌隊が笑い出すわけにはいきません。太ももをこっそりつねりながら、必死で笑いを堪えていました。

■ 後日談

 後で聞いた話によると、来るはずだった外国人牧師は結局音信不通のまま。挙式の後に、Aさんから式場に事情を説明し謝罪したそうです。ちなみにAさんはイケメンではありませんが、堀深い顔立ちだったので、式場スタッフは外国人だと信じていました。

 私たちは、その件を機に別の派遣会社に移ったため、謝罪の結果がどうなったかまでは聞くことはできませんでした。さらにその後、ウエディングプランナーになり、たくさんの結婚式を担当しましたが、日本人が外国人のフリをして牧師をするなんて、後にも先にもその結婚式のみ。
 
 もう20年近く前の話ですが、当時学生の私とっては、衝撃的な珍事件でした。

【一柳ひとみ:筆者プロフィール】
都心にあるシティホテルで、サービススタッフ、宴会担当や婚礼担当(ウエディングプランナー)として、10年以上勤務。現在は3児の子をもつ母。保育士として働きつつ、臨時で結婚式の仕事やライター業も行っている。