アメリカ軍は「国家の軍隊」であり、大統領が自由にできる所有物ではありません。しかし、アメリカ軍には自らを「大領領のもの」とする組織が、海兵隊内に1つだけ存在します。2021年1月20日のバイデン大統領就任式でも重要な役割を果たした、その組織とは一体何でしょうか。その歴史的経緯を含め、ご紹介します。

 アメリカ軍の最高司令官は大統領ですが、これは「国民の代表者」として「国家の軍隊」の指揮権を有している、というのが建前で、大統領の所有物ではありません。ここが「王立軍」となっているイギリスやオランダなどとの相違点で、大統領も軍人も服務の宣誓として、星条旗のもと「アメリカ合衆国」に忠誠を誓います。

服務の宣誓をするバイデン大統領(Image:JTF-NCR)
服務の宣誓をする海軍士官(Image:U.S.Navy)

 しかし、アメリカ軍の中でも唯一、自らを「大統領のもの(The President’s Own)」と称する組織が海兵隊に存在します。それは、アメリカ海兵隊音楽隊(Marine Band)。公式サイトでも、自らの任務は「大統領と海兵隊総司令官のために演奏すること」と紹介しており、大統領就任式でも音楽演奏を担当しています。

大統領就任式での演奏は海兵隊音楽隊が担当するのが伝統(Image:USMC)
レディ・ガガさんと国家を演奏する海兵隊音楽隊(Image:USMC)
ジェニファー・ロペスさんの伴奏をする海兵隊音楽隊(Image:USMC)

 アメリカ海兵隊音楽隊は1798年7月11日に創設。アメリカ軍だけでなくアメリカ全体でも、もっとも長い歴史を有するプロの楽団です。現在の隊長は、ジェイソン・K・フェティグ大佐(クラリネット奏者出身)。

海兵隊音楽隊のコンサート(Image:USMC)
海兵隊音楽隊長のフェティグ大佐(Image:USMC)

 海兵隊音楽隊が「大統領のもの(The President’s Own)」というニックネームを使うようになったきっかけは、1801年の第3代トーマス・ジェファーソン大統領就任式。ジェファーソン大統領は初めてワシントンD.C.で就任した大統領で、その際に海兵隊音楽隊に就任式での演奏をリクエストしました。

バイデン大統領就任式で指揮をするフェティグ大佐(Image:USMC)
バイデン大統領就任式で演奏するトランペット奏者(Image:USMC)

 ジェファーソン大統領は就任式終了後、歴代大統領で初めて就任パレードも実施。この時も海兵隊音楽隊は音楽演奏を実施し、一連の音楽演奏に感謝の意を示すため、ジェファーソン大統領はイギリス軍の部隊へ贈られる名誉称号「King’s Own(Queen’s Own)」にならい、音楽隊に「大統領のもの(The President’s Own)」のニックネームを贈ったのでした。

バイデン大統領就任式でのパレード(Image:JTF-NCR)

 これ以来、海兵隊音楽隊は「大統領の音楽隊」として、歴代大統領の就任式において、一貫して音楽演奏を担当しています。就任式で演奏される曲目も一部は固定化されており、副大統領の宣誓では「ハイル・コロンビア(Hail Columbia)」、大統領の宣誓では「ハイル・トゥ・ザ・チーフ(Hail to the Chief)」が演奏されます。

宣誓するハリス副大統領(Image:JTF-CTR)
就任式でのバイデン大統領(Image:JTF-NCR)

 就任式で「大統領の音楽隊」として、誇りを胸に演奏を担当する海兵隊音楽隊。歴代大統領との特別な関係を物語る、伝統の光景です。

<出典・引用>
アメリカ海兵隊音楽隊 公式サイト
Image:JTF-NCR/USMC/U.S.Navy

(咲村珠樹)