NASAとドイツ航空宇宙センター(DLR)の研究チームは、2020年10月26日付の「ネイチャー・アストロノミー」電子版に、月の太陽光が当たる面で水分子の存在を確認したという論文を発表しました。この発見の糸口となったのは、元パンアメリカン航空のボーイング747を改造した「空飛ぶ天文台」です。

 これまで、月の極にあるずっと影となった部分には、氷の状態で水が存在するということは、多くの研究者によって考えられてきました。今回のNASAとDLRの観測結果は、月には思っていたよりも多くの水分子が存在する可能性を示唆するものです。

 この発見のもとになったのは、SOFIAという望遠鏡。「成層圏赤外線天文台(Stratospheric Observatory for Infrared Astronomy)」の頭文字をとって命名されているSOFIAは、ボーイング747SP(登録記号:N747NA)の胴体に直径2.5mの赤外線反射望遠鏡を載せ、成層圏を飛行しながら観測を行うという「空飛ぶ天文台」です。

 ベースとなったボーイング747SPは、1977年にパンアメリカン航空の「クリッパー・リンドバーグ」として長距離国際線に就航した機材。パンアメリカン航空の経営が悪化した1986年にユナイテッド航空へ移籍し、1997年にNASAへとやってきました。

 その後、ドイツとの共同研究プロジェクト「SOFIA」の母機に選ばれ、胴体を改造して内部にドイツ製の赤外線反射望遠鏡(鏡面直径2.5m)を搭載しました。以来NASAエイムズ研究センターに所属し、雲の影響がない成層圏を飛行しながら赤外線天文学の観測を行っています。


 今回の観測対象となったのは、月の南半球で太陽の光が当たっている「ひなた」部分にある、クラビウス(Clavius)・クレーター。地球から見ることのできるクレーターの中でも、最大級のものに数えられるものです。

 これまでの観測でも、月の表面に水素があることは分かっていましたが、酸素と結合したものの発見には至っていませんでした。今回SOFIAの赤外線(波長6マイクロメートル)観測データを分析したところ、水分子が100~412ppmの割合で分布していることが分かりました。

 100~412ppmという割合は、土壌サンプル1立方mあたり約355ml(12オンス)程度の水が含まれるという感じ。一見砂漠のように見える月の表面ですが、分子レベルでは思っているより多くの水が含まれているようです。

 NASA科学ミッション局で、天体物理学部門のディレクタを務めるポール・ハーツ氏は「この発見は、これまでの月に関する知見を覆し、深宇宙探査に関する新たな疑問を提起しました」とコメントしています。

 DLR(ドイツ航空宇宙センター)でSOFIAプログラムを統括するアレッサンドラ・ロイ博士は「1960年代に月の石が持ち帰られて以来、私たちは月に水の存在を探し続けてきました。2008年、インドの月探査機チャンドラヤーン1号に搭載されたNASAのセンサーにより、極地域に氷の状態で水が存在することが分かり、今回SOFIAの観測で太陽光の当たる面にも水分子の存在が示唆されたのです」と、この成果について語っています。

 月には「断熱材」となる大気が存在しないので、太陽に照らされた部分の表面温度は摂氏120度にも達するといいます。この状態では、水が液体として存在することは、ほぼ不可能。

 ロイ博士は「考えられる可能性は2つあります。岩石の中に水がガラスビーズのように含まれている、という場合と、太陽風によって運ばれた水素が月面に存在する酸化水素(HO)と結合して水(H2O)となる場合です」との推論を披露しています。

 アメリカとドイツの研究チームは、さらに観測データを分析し、どのような形で水分子が存在するのか、存在できる理由は何かを研究するとしています。今回存在が確認された水分子を「水」として取り出すことができれば、将来の有人長期滞在に役立つかもしれません。

<出典・引用>
NASA ニュースリリース
DLR(ドイツ航空宇宙センター) ニュースリリース
Nature Asronomy掲載論文「Micro cold traps on the Moon
Image:NASA

(咲村珠樹)