スタジオジブリの映画「コクリコ坂から」では、主人公の松崎海は毎朝、海に向かって「安全な航行を祈る」という意味の国際信号旗を掲げます。タグボートで高校へ通う風間俊がその旗を海から見るシーンもありますが、船はこの信号旗でコミュニケーションをしています。一体どういうものなのでしょうか。

 国際信号旗は、海上で船同士が意思疎通をするために作られたもの。無線通信が発明される以前、声の届かない離れた場所にいる船が意思疎通を図るには、マストに旗を掲げて簡単なメッセージを伝える、というのが一番分かりやすい手段でした。

 旗(旗りゅう信号)によるコミュニケーション手段は、多くの船が規律正しく動く必要がある海戦で特に必要性が高まりました。17世紀、イギリスでは同じく海洋国であるオランダとの間でたびたび戦争が起き、戦いを重ねるうち、味方の船同士で共通の合図を使用するようになります。

 旗の合図は、その後に起きた戦争で試行錯誤が重ねられ、徐々に体系化されていきます。有名なものでは、イギリス海軍のフレデリック・マリアットが1817年に作り上げた「マリアット・コード」で、1~0の数字旗で4ケタのコード(地名などを示す短文)を作り、8種類の補助旗でコードの意味するところを示すものでした。

 それまで様々なものが使用されていた旗による信号が公式に統一されたのは、1857年のこと。イギリス商務庁が1855年に制定したもので、18種類のアルファベットを示す旗を組み合わせ、7万種類以上ものメッセージを可能にしました。

 20世紀に入ると、アルファベット26文字と1~0の数字、3種類の代表旗に1種の回答旗を含めた計40種の信号旗が使われるようになりました。これらは形と模様、そして5色の色分けで判別しやすいようデザインされており、1字では緊急信号、2~3字は一般的に使われる定型メッセージなどを示し、4~6字は船名のコールサインなど、少し複雑なメッセージを示します。

 映画「コクリコ坂から」で海が掲げる「安全な航行を祈る」というメッセージは、UとWの組み合わせ。これに「メッセージ受け取りました。そちらもどうぞご安全に」と返答する場合は、その上に回答旗を足してUとWの旗を掲げます。

 沿海区域外を航行する総トン数100トン以上の船舶は、必ずこの国際信号旗と国際信号書を最低1組は備えていなければなりません。そして信号旗のラックはすぐに使えるよう、旗を納める場所が決められています。

 海上自衛隊の艦艇広報などでは、マストに決まった6つの信号旗が掲げられていることがあります。これは上から「W」「E」「L」「C」「O」「M」「E」となっており、英語の「Welcome(みなさんを歓迎します)」というメッセージになっているのです。


 また、海に遊びに行った際に気を付けておきたい信号旗もあります。白と赤の市松模様になった「U」を示す旗です。これは「あなたに危険が迫っている」という意味を示すもので、海水浴場などでこの旗が掲げられた時は「津波が来るので避難して!」ということを知らせています。すみやかに海から離れ、高い場所に避難してください。

 ちなみに、日露戦争の日本海海戦で戦艦三笠のマストに掲げられ「皇国の存亡この一戦にあり」というメッセージで知られている「Z」の旗ですが、通常は「引き船(タグボート)を要請します」という意味。Zがアルファベット最後の文字であることから、この戦いで負ければ「もう後がない」という意味合いを込めて掲げられたのでした。

(咲村珠樹)