月や火星への有人探査を目指し、NASAが開発している次世代宇宙船オリオン。その打ち上げ時の事故に備えた緊急脱出装置の第2回試験が、2019年7月2日(アメリカ東部時間)に実施され、無事宇宙船をロケットから安全に切り離すことに成功しました。

 起きて欲しくないことですが、万が一の時は確実に作動してくれないと困るのが脱出装置。特に有人宇宙船の打ち上げ時に事故が発生すると、ロケットにものすごい量の燃料が残っているため、非常に危険です。

 そんな打ち上げ時の事故に備え、人間の乗った宇宙船を速やかにロケットから切り離す脱出装置があります。ロケットの先端に取り付けられたLAS(Launch Abort System)と呼ばれるこの装置は、上昇するロケットから宇宙船部分を分離し、ロケットモーターの力で安全なところまで引き離すというもの。

 ロケットから切り離され、安全なところまで到達したところで、宇宙船は脱出装置と分離し、パラシュートを展開します。仕組みは、ちょうど飛行機の射出座席による脱出と似ています。単純ですが、緊急時に使用するものはシンプルな方が故障するリスクが少なく、安全なのです。

 このLASの試験は段階を踏んで行われます。まずは、宇宙船をロケットから引き離すロケットモーターが確実に作動するか。そして所定の推力を発揮して、ちゃんと宇宙船を安全圏まで飛ばせるかが確認されます。

 ロケットモーター自体の性能が確認されたら、今度は実際にロケットに取り付け、打ち上げてテストが実施されます。打ち上げ時にかかるG(重力加速度)や超音速、振動の中でも作動するかは、やはり実際にロケットで打ち上げてみないと確認できません。

 今回の打ち上げ中作動試験(Ascent Abort)は2回目。フロリダ州のケネディ宇宙センターに隣接する、ケープカナベラル空軍基地で実施されました。宇宙にまで飛ばす必要はなく、速度も超音速に達すればいいだけなので、ロケットの規模はささやかなもの。アメリカ空軍のICBM「ピースキーパー(LGM-118)」を少々手直ししたものが使用されました。

 そしてアメリカ東部時間の午前7時。ロケットは打ち上げられました。試験はおよそ3分間。ロケットは上昇し、最大の空力圧力がかかった高度約6マイル(9600m)でLASを作動させました。

 LASは設計通り宇宙船部分を上昇するロケットから切り離し、安全な場所まで引き離していきます。そして役目が終わった時点で宇宙船を分離。宇宙船は無事大西洋に着水しました。

 宇宙船には12種類のデータ記録装置が搭載されており、LASの作動から宇宙船の分離、着水までの各種データを収集しました。今後このデータを分析し、LASの性能についての考察が行われる予定です。

 オリオン宇宙船のプログラムマネージャ、マーク・キラシッチ氏は「宇宙への打ち上げというのは、月へ行く際にもっとも難しく、危険な部分です。この試験はオリオンにとって最も大変な状態を模擬するもので、決して起こってはいけない緊急事態に備えるために行われました。今日、私たちチームはそんな状況でも脱出装置が作動することを証明し、これで初めてオリオンで人類を月に送り込む『アルテミス』ミッションへ大きく前進することができます」と、実験の成功に喜びのコメントを発表しています。

 オリオン宇宙船は今後、巨大な打ち上げロケットSLS(Space Launch System)の試験飛行を兼ねた無人の「アルテミスー1」ミッションを実施し、およそ3週間かけて宇宙船が月まで往復できるかを試験することになっています。


 この試験結果が良好であれば、初めて宇宙飛行士4名が乗り、21日間かけて月へ往復する「アルテミス-2」ミッションが行われます。これはアポロ13号の事故でも利用した自由帰還軌道を使い、月の周回軌道に入らず地球へと戻るもの。

 NASAによると、アポロ以来となる有人月着陸ミッションは2024年を予定しているとのこと。少しずつ、しかし確実に人類が月を再訪する時が近づきつつあります。

<出典・引用>
NASA プレスリリース
Image:NASA

(咲村珠樹)