2019年はノルマンディ上陸作戦から75年(4分の3世紀)となる節目の年。2044年の100周年を考えると、今回が当時作戦に参加した元将兵が存命のうちに迎える最後の機会となるためか、イギリスやアメリカ、カナダなど作戦に参加した国々では記念のイベントが多く開催されています。その中で2019年6月4日~5日(現地時間)、イギリスの王立戦争博物館ダックスフォード館では、ノルマンディ上陸作戦で実施された空挺作戦で主役を務めたダグラスC-47(ダコタ)輸送機が大集合するエアショウ「ダックス・オーバー・ダックスフォード(Daks Over Duksford)」が開催(「ダックス」はダコタを短縮した愛称の複数形)。

 俗にいう「ノルマンディ上陸作戦」は、フランス上陸からパリ解放までを目指す「オーバーロード作戦」という大きな作戦の一部。上陸作戦そのものは「ネプチューン作戦」といいますが、これ以外にも準備段階から様々な作戦が行われ、上陸作戦のサポートを行っています。そのうちのひとつが、空挺部隊によるドイツ軍守備隊の撹乱作戦です。スピルバーグ監督の映画「プライベート・ライアン」は、この空挺部隊の一員として参加し、作戦中行方不明になったライアン二等兵を探し出す、という物語です。

 この空挺作戦は、上陸決行前夜から未明にかけてドイツ軍守備隊の背後に降下し、上陸作戦に呼応して後方から攻撃することで、いわば上陸部隊と挟撃するような状況を作り出してドイツ軍を撹乱、上陸部隊への攻撃力を削ぐことが目的でした。これに参加したのはアメリカ陸軍の第82・第101空挺師団、イギリス陸軍の第6空挺師団、そして第1カナダパラシュート大隊を基幹とする部隊です。

 アメリカ軍の空挺作戦は大きく5つに分かれ、パラシュート降下による「ミッション・アルバニー(A)」と「ミッション・ボストン(B)」、グライダーによる突入作戦「ミッション・シカゴ(C)」と「ミッション・デトロイト(D)」、そして上陸後の夜間に決行されたグライダー突入「ミッション・エルミラ(E)」を実施。イギリスとカナダの空挺作戦は、デッドスティック、マラードなどの作戦で構成される「トンガ作戦」と呼称されました。

 映画「プライベート・ライアン」の冒頭で、鉛色の空の下で実施された上陸作戦が描かれますが、それに先立って実施された夜間の空挺作戦の際も雲が低く垂れ込めており、空挺部隊を乗せた輸送機が降下目標(LZ)を目視するためには低く飛ばざるを得ませんでした。このため、猛烈な対空砲火にさらされた状態で空挺降下を行わざるを得なくなり、輸送機ごと撃墜されたり、降下中にパラシュートを撃ち抜かれたり、また兵士自身が直接撃ち抜かれたりと、大きな被害を受けました。アメリカ軍はパラシュート降下兵1万3100名、グライダー突入兵3900名、航空機乗員5700名の計2万2700名が作戦に参加し、1003名が戦死、2657名が負傷、そして4490名の行方不明者を出しています(この半数が第101空挺師団が実施したミッション・アルバニーによるもの)。イギリスとカナダの方では、8500名が作戦に参加し、800名が戦死もしくは負傷して戦闘に参加できませんでした。

 日本では、ロバート・キャパによるオマハ・ビーチでの激闘を捉えた写真に代表される上陸場面がよく知られていますが、イギリスなどではこの空挺作戦の犠牲も忘れてはならないこととされています。ノルマンディ上陸作戦75周年にあたり、空挺部隊の献身を思い起こすためにイギリス王立戦争博物館は、空挺部隊を運んだダグラスDC-3の軍用輸送機型、C-47スカイトレイン(イギリスでの呼称は「ダコタ」)を集めてのエアショウを企画したというわけです。

 エアショウの開催に協力したのは、イギリスに本拠を置く世界最大級の規模でDC-3ファミリーを動態保存している、ダックス・オーバー・ノルマンディ社。原型機である旅客機型のDC-3のほか、軍用輸送機型のC-47スカイトレイン(貨物・人員混載型)、C-53スカイトルーパー(人員輸送型)、ソ連でのライセンス生産型であるリスノフLi-2(世界で唯一飛行可能な機体)と、飛行可能な34機を保有しています。


 会場となった王立戦争博物館ダックスフォード館は、かつてイギリス空軍のダックスフォード基地だった場所。ノルマンディ上陸作戦時には、アメリカ陸軍航空隊第8空軍の司令部として第78戦闘航空集団が本拠を置き、上空からP-51やP-47による航空優勢(制空権)確保の任にあたりました。今も飛行場施設はダックスフォード飛行場として現役で、レッドブル・エアレースで3度ワールドチャンピオンに輝いたポール・ボノムさんらが飛行活動の拠点としています。

 第二次大戦当時のオリーブドラブに、敵味方識別のための「インベージョン・ストライプ」を巻いた機体が飛行場の芝生に並ぶと、当時の様子が想像できます。今回参加した機体のうち、機首に大きく「ID」とグレーで部隊識別符号が書かれたC-47(登録記号:N74589)「プラシッド・ラシー」(左エンジンは担当整備員の妻の名「アイドリング・エイダ」右エンジンは機上通信員の妻の名「イーガー・エレン」の愛称も持つ)は、アメリカ陸軍航空隊時代にナンバー42-24064としてリチャード・H・ラム大尉を機長として、ノルマンディ上陸作戦で空挺部隊を運んだ生き残りです。


 エアショウではDC-3、C-47による編隊飛行のほか、イギリス陸軍第16空挺旅団による空挺降下展示も実施。このほか戦争博物館の館内では、第二次大戦当時の空挺部隊に関する展示が行われました。また、実際にノルマンディ上陸作戦に参加した元兵士から証言を聞く「WE WERE THERE」という5~6歳以上を対象とした教育プログラムも実施。賛美ではなく、戦争体験を風化させない取り組みも行なっています。


 6月6日には、上陸部隊の船団が出撃したポーツマスで、ノルマンディ上陸作戦75周年の記念式典が開催される予定です。

<出典・引用>
イギリス王立戦争博物館 プレスリリース
DAKS OVER NORMANDY公式サイト

Image:Crown Copyright 2019/IWM

(咲村珠樹)