2019年2月22日、ちょっぴり風変わりな自動販売機が東京メトロの溜池山王駅に設置されました。「THE VENDING TRAIN」と名付けられた、サントリーコーヒー「BOSS」を販売するその自動販売機。その一部に使われているのは、ほんの数年前まで東京メトロ銀座線を走っていた電車なのです。

 1984年1月1日、戦前から走るものもあった営団地下鉄銀座線(当時)の旧型車両を置き換えるために登場した01系電車。半蔵門線用の8000系電車までの実績に加えて新しい技術を導入した、銀色に光るアルミ合金製の車両は、それまでの黄(黄橙)色1色の車両とは違う軽快な印象を利用者にもたらしました。1993年に旧型車両の置き換えを完了し、開業当時から使用されてきた打子式ATSから車上信号式のCS-ATC方式に信号方式が変更されてからは、所要時間の短縮も実現しています。

 現在の1000系電車に道を譲り、惜しまれつつ最後の第30編成が営業運転を終了したのは2017年3月。一部の車両は東京メトロ中野車両基地で保存されていますが、ほとんどは引退後、解体されています。その一部の部品を使い、特別仕様の自動販売機として生まれ変わったのが「THE VENDING TRAIN」なのです。東京メトロでは、過去に東西線で使用していた5000系電車(アルミ製の5453号車)を廃車後にリサイクルし、新しい車両(東西線05系第24編成の一部材料)に再生するという取り組みもしていますが、車両の一部が自動販売機に使われるのは初めて。

 まず目に入る「溜池山王」と表示された方向幕ユニットは、01系の先頭部に使われていた実物。銀座線の溜池山王駅には、浅草方面側に折り返し用の留置線が作られており、この行先表示も用意されていました。実際に使う機会はほとんどないものの、2018年5月に実施された東京メトロ銀座線の渋谷駅移設に伴う線路移設工事で部分運休した際、浅草~溜池山王の折り返し運転が実施されています。

 また、商品取り出し口の上に設置された車両銘板は、1991年2月に愛知県豊川市の日本車輌で落成した第26編成の6号車(浅草方先頭車)に使われていたもの。空き缶を入れるゴミ箱についている東京メトロの「ハートM」マークも実際の車両から転用されており、手触りはそのままです。

 この「THE VENDING TRAIN」は見た目だけでなく、東京メトロで活躍する現役の車掌さんの声でしゃべるという特別な機能も付いています。近づくと「今日も『THE VENDING TRAIN』をご利用いただきましてありがとうございます。お金のかけこみ投入は、おやめください」というアナウンス。商品取り出し口を開けると「おつりの取り忘れにご注意ください。足元にご注意ください。出口は下側です」と案内ボイスが流れます。さらに商品を取り出すタイミングによっては「『THE VENDING TRAIN』をご利用のお客様にお願いいたします。一人でも多くのお客様がお買い求めになれるよう、譲り合ってご利用ください」とアナウンスされることも。ボイスは銀座線、千代田線、半蔵門線の乗務管区に所属する現役の車掌さん4人の声で、全5フレーズ用意されています。

 また、この「THE VENDING TRAIN」をテーマにしたグラフィックも作られています。01系が自動販売機への「再就職」を語る内容は、働くモノの矜持を感じさせます。





 この「THE VENDING TRAIN」設置に合わせて、東京メトロの特設サイト「働くって、いいもんだ」には、この自動販売機ができるまでと、ボイスを録音した現役車掌の様子を描いたスペシャル動画が公開されています。「01系でいろんなことを知った」と自分の車掌としての原点だと語る人や、新たに自動販売機に生まれ変わって「今まではちょっとベテランだったけど、心を入れ替えて『初心に戻れ』と言ってやりたいかなと思います」と冗談めかして語る人など、それぞれの思い入れがこもった動画になっています。スタジオでボイスを録音する際は、いつもの乗務員室でハンドマイクを使ったアナウンスと勝手が違い、緊張でうまくいかない場面も。


 収録を終え、ボイスを担当した車掌さんからは「営業運転を終えた01系の第二の人生に声を入れられたのはよかったです。01系は意外とタフで扱いやすかったです」や、「入社当時お世話になった01系、あなたの転職に携われたことに感謝!」といったコメントが寄せられています。33年にわたって東京の地下を走り続けた01系が生まれ変わった「THE VENDING TRAIN」。東京メトロ銀座線溜池山王駅の改札を出て左側(赤坂方面)へ進んだ先、11番・12番出口の間に設置されています。

情報提供:東京地下鉄株式会社

(咲村珠樹)