今年もクリスマスが近づいてきました。2018年は平成最後の天皇誕生日(12月23日)が日曜日のため、クリスマスイブの24日も休みになることに。そしてその夜は、サンタクロースが子供たちにプレゼントを届けるわけですが、今年もNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)は恒例の「サンタ追跡」を実施します。アメリカ軍とカナダ軍が、普段の索敵・追跡能力をフルに発揮して、世界中を駆け巡るサンタを捕捉・追跡します。

 普段は北アメリカ地域に飛来する弾道ミサイルや国籍不明機、そして宇宙空間の人工衛星やスペースデブリ(廃用になった人工衛星や軌道上に残ったロケットなど)の動向を監視し、必要があれば警告を発したり迎撃措置をとったりするNORAD。しかし12月24日の夜ばかりは、その世界一ともいわれる索敵・追跡能力を「サンタクロース追跡」に振り向けます。

「NORADサンタ」公式ロゴ(画像:NORAD)


2018年NORADサンタ追跡告知画像(画像:NORAD)

 事の起こりは1955年。当時アメリカのコロラド州に本社があった百貨店、シアーズ・ローバックが、クリスマス商戦の一環で「サンタと話せる電話」を開設し、その番号を新聞広告に掲載しました。ところが記載された番号に間違いがあり、電話をかけるとサンタのところにではなく、とんでもない場所に繋がってしまったのです。

 それは……NORADの前身組織CONAD(中央防衛航空軍)の司令官専用直通回線(ホットライン)。アメリカが武力攻撃を受けた際、首都ワシントンから迎撃命令を受け取るための電話番号です。当時はアメリカとソ連の核戦争の恐怖がささやかれており、一般市民向けに「もし核攻撃を受けたら」という教育映画やテレビ番組が作られた時代でした。つまり、その電話が鳴るということは、いわば第三次世界大戦の始まりを意味したのです。

 当時の司令官だったハリー・W・シャウプ大佐は、できれば鳴ってほしくないホットラインが鳴り、緊張の面持ちで電話を取りました。「はい。もしもし」……ところが、相手の反応がありません。「もしもし……?」しばらくして、小さなかわいらしい声がシャウプ大佐の耳に届きました。「……ほんとにサンタさんなの?」。当時のことを振り返り、シャウプ大佐は次のように語っています。

 「おお、なんてこった!と思ったからね。忘れもしない。国防総省直通のレッドフォン(ホット)ラインが鳴り、(上司であるアメリカ防衛空軍司令)パートリッジ(Earle Everard”Pat” Partridge)大将からの電話だと思って『はい、こちらシャウプ大佐』と答えた。『……閣下。シャウプ大佐です。お判りですか?』……そうしたら『……ほんとにサンタさん?』という声が聞こえてくるじゃないか。私は周りの部下達を見回し、誰かがいたずらをしてるんじゃないかと思った。あまりにもおかしな光景だったからね。そして『……もう一回言ってくれないか?』と電話口に話しかけた。そうしたらまた『……ほんとにサンタさんなの?』と返ってきたんだ」

 人間、思いもよらない事態に直面すると、いつもの通りの行動をとろうとします。これを「正常化バイアス」というのですが、シャウプ大佐もそうだったのかもしれません。極めて沈着冷静に、こう答えました。「私はサンタじゃなくて、ここはアメリカの防空司令部なんだ。今、部下とともに北極からサンタさんのソリがどちらに飛んでいってるのか調べているんだよ」それ以降もかかってくる子供からの電話に、シャウプ大佐は同じように答えたといいます。

 電話番号を間違って掲載し、しかもよりによってCONAD司令官直通電話につながってしまうというミスを知った百貨店側は、生きた心地がしなかったかもしれません。しかしCONADではこの「間違い電話事件」を面白くとらえ、翌1956年から「サンタ追跡情報サービス」を始めました。そしてこの伝統は、CONADの任務を受け継いだNORADにも受け継がれて現在に至るというわけです。

 1960年代には「NORADサンタ」のクリスマスアルバムがリリースされるなど、その知名度は高く、現在は世界中の人が電話やインターネットで「サンタ追跡情報」を入手しています。

2016年のサンタ追跡の指揮をとった当時のNORAD作戦部長コーツ少将(画像:NORAD)


2012年のサンタ追跡情報センターの様子(画像:NORAD)


2012年のNORADサンタ追跡本部の様子(画像:NORAD)


NORADサンタ追跡情報センターで電話応対をするカナダ兵(画像:NORAD)


くまちゃんも電話オペレーターに(画像:NORAD)

 2008年にはNORAD司令部をサンタさんが表敬訪問。高度な「サンタ追跡システム」に驚いたという写真も残っています。

2008年NORAD司令部を訪れたサンタ(画像:NORAD)


サンタ追跡システムに驚くサンタ(画像:NORAD)

 また、カナダ空軍では毎年「サンタクロースをエスコートするパイロットと担当整備員」を決め、それを紹介しています。2018年東海岸を第3航空団第3支援飛行隊のトレンブレイ=ベロー大尉と第433戦術飛行隊のデュソー大尉、そして西海岸を第409戦術飛行隊の副隊長フォスター少佐とビュクマン大尉が任命され、CF-188ホーネットでサンタクロースを出迎え(フレンドリー・インターセプト)、担当空域内での護衛を行います。

カナダ空軍第3支援飛行隊のトレンブレイ=ベロー大尉(左)と第425戦術飛行隊整備兵のローズ伍長(画像:RCAF)


第433戦術飛行隊のデュソー大尉(画像:RCAF)


第409戦術飛行隊のフォスター少佐(画像:RCAF)


第409戦術飛行隊のビュクマン大尉(画像:RCAF)

 アメリカ軍も準備に余念がありません。ニューヨーク地区を担当する第224防空中隊は、通常の航空機よりも小さく、そして異常に速い速度で飛行するサンタのソリを追跡するために訓練を行なっています。

サンタ追跡訓練を受けるアメリカ空軍兵(画像:NORAD)

 サンタさんは普段乗っているソリだけでなくNORAD、つまりアメリカ軍とカナダ軍の装備にも非常に興味を持っています。カナダ空軍のノースベイ基地を表敬訪問した際は、C-130輸送機の大きさに「これならいっぱいプレゼントが運べるね」と感心したり、アメリカ空軍のF-16Dに試乗したりもしています。

カナダ空軍グースベイ基地を訪問したサンタ(画像:RCAF)


2015年マッキンタイア空軍基地でF-16に乗るサンタ(画像:USAF)

 サンタさんもお年を召してきましたから、視力の低下にも悩んでいるようで、2018年10月にコロラド州にあるアメリカ空軍のバックリー基地を訪問した際には、F-16のパイロットが使っている暗視ゴーグル(NVG)を試すなどしています。新しいものにも柔軟に対応できるんですね。

F-16のシミュレータに乗り込むサンタ(画像:NORAD)


暗視スコープを体験するサンタ(画像:NORAD)

 今年もアメリカ東部時間の12月24日午前2時1分から、NORAD Tracks Santa公式サイトと公式Twitter(@NoradSanta)でサンタの動きを逐次報告していきます。東京など主要な場所には「定点カメラ」が設置されており、サンタが通過後速やかにその様子をTwitterで見せてくれますよ。

Image:NORADRCAFUSAF

(咲村珠樹)