2018年9月27日(アメリカ東部時間)、アメリカ空軍はT-38Cタロンの後継機となる次期ジェット練習機(T-X)について、ボーイングとサーブが共同開発した「T-X」に決定したと発表しました。

 現時点でアメリカ空軍は351機のT-Xと、46台のシミュレータ、そして関連する地上支援装備を導入する計画で、まずこのうち5機のT-Xと7台のシミュレータを8億1300万ドルで発注しました。アメリカ空軍は今後最大で475機の練習機と、120台のシミュレータを調達することとしています。

 ノースロップ(現:ノースロップ・グラマン)が開発した超音速ジェット練習機、T-38タロンは優秀な性能で知られ、戦闘機型のF-5を合わせて多くの国で採用されています。また、航空自衛隊でも戦闘機パイロット養成課程のアメリカ空軍留学コースで搭乗する機会があり、JAXA宇宙飛行士の油井亀美也さんも自衛隊のパイロット学生時代、T-38での訓練を受けています。NASAでは宇宙飛行士の飛行訓練やスペースシャトルなどの追跡監視(チェイス)機として32機が運用されており、汎用性にも優れた飛行機です。

T-38C(Image:USAF)

T-38C(Image:USAF)


NASAのT-38A(Image:NASA)

NASAのT-38A(Image:NASA)

 小型軽量で練習機らしい素直な操縦特性だけでなく、腕の良いパイロットが操縦すると非常に軽快に動くため、練習機とは思えない実力を発揮することも。アメリカ空軍のフライトデモンストレーションチーム「サンダーバーズ」で、F-4EファントムIIに代わって1974年から1982年1月まで使用されたほか、空軍と海軍の仮想敵(アグレッサー/アドバーザリー)飛行隊でも使用され、空中戦訓練でF-22に撃墜判定を出したこともあります。

レフトエシュロン編隊で旋回するT-38C(Image:USAF)

レフトエシュロン編隊で旋回するT-38C(Image:USAF)

 しかしながら、初飛行が約60年前の1959年3月、アメリカ空軍での運用開始が1961年と半世紀以上前の機体であり、製造も1972年で終了しています。アメリカ空軍ではいまだに500機近いT-38が運用され、コクピット計器や電子装備などを近代化したT-38Cに更新しているとはいえ、老朽化が進んでいます。このところT-38の墜落事故が相次いでおり、9月11日にテキサス州シェパード空軍基地で、2018年に入って4件目の墜落事故が起きました(パイロット2名は脱出して無事)。機体の経年劣化で不具合も出てきているようです。

フィンガーチップ編隊のT-38C(Image:USAF)

フィンガーチップ編隊のT-38C(Image:USAF)

 これとは別に、現在、そして将来の主力戦闘機となるF-22やF-35は、高度にコンピュータ化された飛行機であり、操縦の仕組みもコクピット機器の操作方法も1950年代に開発されたT-38とは全く異なります。「飛ぶ」という点では同じでも、すでに「戦闘機の訓練」という点では要求を満たせず、アメリカ空軍によれば高等訓練課程で行うべき18の課程のうち、12の課程がT-38では行えず、実戦部隊で改めて訓練を必要としているといいます。

T-38CとF-22(Image:USAF)

T-38CとF-22(Image:USAF)

 このためアメリカ空軍では、F-22やF-35といった第5世代戦闘機の訓練に適応した次世代の練習機を採用し、現在の老朽化したT-38を置き換える「T-X」計画を2003年から進めてきました。2015年3月20日に要求項目を公開、2016年12月30日に正式な提案要求書を各メーカーに提示しています。当初の計画では351機を総予算1970億ドルで調達するというビッグプロジェクトでした。

 これに応じたのは、ボーイングとサーブの合同チーム、イタリアのレオナルド(レイセオンらが参画)、ロッキード・マーティン、シエラ・ネヴァダとトルコのTAIの合同チーム、スタヴァッティなどの航空機メーカーでした。

 T-38のメーカーであるノースロップ・グラマンは、2016年8月にスケールド・コンポジットと共同開発した「モデル400 スウィフト」(登録記号:N400NT)というジェット機のテストがカリフォルニア州のモハーヴェ空港で目撃されており、当初参加するかに思えました。しかし2017年2月1日、T-Xプログラムへの応募は行わないと表明しています。

 ボーイングとサーブは新規開発した、その名も「T-X」を提案。2016年9月に実機を公開し、2016年12月20日に初飛行。2017年3月2日には2機目が完成し、同年4月24日に初飛行しています。

初公開時のボーイング/サーブT-X1号機(Image:Boeing)

初公開時のボーイング/サーブT-X1号機(Image:Boeing)


ボーイング/サーブT-Xの初飛行(Image:Boeing)

ボーイング/サーブT-Xの初飛行(Image:Boeing)

 レオナルドはイタリア空軍などで採用実績のあるM-346マスターを母体にしたT-100を提案。ヨーロッパで複数の国が採用している点をアピールポイントにしていました。

T-100(Image:Leonardo)

T-100(Image:Leonardo)

 ロッキード・マーティンは、韓国のKAIと共同開発(ほとんどの主導権はロッキード・マーティン)したT-50Aゴールデンイーグルをベースにした機体を提案。こちらも韓国空軍にすでに採用されており、韓国空軍のフライトデモンストレーションチーム「ブラックイーグルス」での実績や、F-22、F-35と同じメーカーである強みもアピールしていました。

エアショウで公開されたT-50A(Image:USAF)

エアショウで公開されたT-50A(Image:USAF)


韓国空軍ブラックイーグルスのT-50(Image:USAF)

韓国空軍ブラックイーグルスのT-50(Image:USAF)

 シエラ・ネヴァダとトルコのTAIは、トルコ空軍のT-38置き換え用に構想中の「HUJET」をベースにしたものを提案。実機は完成ぜず、モックアップ(実物大模型)がトルコのエアショウなどで展示されるにとどまりました。スタヴァッティもジャベリン、SM-47と意欲的なスタイルの機体を提案しましたが、ベンチャー企業のため実績に乏しく、要求される300機以上の生産体制を構築できるかに不安を抱えていました。

ジャベリン(Image:Stavatti)

ジャベリン(Image:Stavatti)


SM-47の構想図(Image:Stavatti)

SM-47の構想図(Image:Stavatti)

 そして慎重な審査が行われた結果、ボーイング/サーブT-Xを次期ジェット練習機と決定したというわけです。アメリカ空軍の要求に合致するよう、全く新規の機体を作り上げた点や、これまでの製造・納入の実績なども大きかったのではないかと思われます。

 ボーイング/サーブT-Xは、F/A-18などに使用されているGE製F404ターボファンエンジン単発のジェット機。操縦桿は右側コンソールに取り付けられた「サイドスティック」式で、コクピットの計器類は分割表示可能なタッチパネル式の大型複合ディスプレイとなっており、F-35と同じような操作が可能です。

ボーイング/サーブT-X(Image:Boeing)

ボーイング/サーブT-X(Image:Boeing)

 また、アメリカ空軍の要求に応えて高い整備性も実現しています。操縦席のキャノピーは、射出座席の交換を容易にするため横開き式になっており、約1時間で交換可能。同様にエンジンも4名で短時間での交換を可能としています。高翼配置の主翼は、胴体部分のメンテナンス扉や、飛行前の目視点検が容易にできるよう、点検箇所が目線の高さにくるように配慮されています。

飛行前点検が容易にできるよう配慮された主翼配置(Image:Boeing)

飛行前点検が容易にできるよう配慮された主翼配置(Image:Boeing)

 燃料補給口を含め、メンテナンス用の扉は全て機体の左側に集中しており、扉は全て下に向かって開くように統一。確認が容易にできるように配慮されています。垂直尾翼と水平尾翼、そしてそれを動かす装置(アクチュエータ)は単純で一般的なものが使用されており、生産に際して多くの下請け工場が参加できるような形にもなっています。

 パイロットの訓練だけでなく、稼働率が上がるよう整備や生産設備についても考慮されて設計されているボーイング/サーブのT-X。実機とシミュレータの第1期生産分は、2023年にテキサス州サンアントニオ=ランドルフ統合基地に到着する予定です。このほかミシシッピ州のコロンバス空軍基地、テキサス州のラフリン空軍基地にシェパード空軍基地、そしてオクラホマ州のヴァンス空軍基地に配備され、初期運用能力取得は2024年、完全な運用能力獲得は2034年を予定しています。

Image:BoeingLockheed MartinLEONARDOSTAVATTIUSAF

(咲村珠樹)