2018年1月から始まったテレビアニメ『宇宙よりも遠い場所』。南極を目指す女子高生たちの物語ですが、その第1話に象徴的な存在として登場した砕氷艦「しらせ」。ニュースなどでもポピュラーな存在ですが、一体どういうフネなのでしょうか。

■「砕氷艦」?「南極観測船」?

 劇中では「砕氷艦」として紹介されたしらせ。でもニュースなどでは「南極観測船しらせ」と紹介されています。一体どちらが正しいのでしょうか。結論から言うと「どちらも正しい」ということになります。しらせは防衛予算ではなく、文部科学省の予算で建造されたフネで、海上自衛隊に運用を委託する形になっています。文部科学省からすると南極観測のために建造した船なので「南極観測船」であり、運用する海上自衛隊からすると機能・目的とともに他の自衛艦と同じ取り扱いをするために「砕氷艦」という呼称を用いているという訳です。

■実は人名じゃない?「しらせ」

 「しらせ」の名称は、日本で初めての南極探検隊を率いた陸軍中尉、白瀬矗(しらせ・のぶ)の名前にちなんだもの、と一般には考えられていますが、実は違うのです。海上自衛隊では旧海軍からの伝統として、艦艇の名前に人名を用いないことになっており、砕氷艦については「名所旧跡のうち、主に山の名」という内部規定があります。海上自衛隊が運用した初の砕氷艦(初代南極観測船「宗谷」は、旧海軍の特務艦だった経歴はあるものの、南極観測船としては海上保安庁の所属)である「ふじ(AGB-5001)」(現在は名古屋港ガーデン埠頭に保存)は、この規定に従い、日本最高峰の富士山にちなんで命名されました。

 1982年に就役した初代しらせ(AGB-5002)の時は、建造当時に当時の文部省南極地域観測統合推進本部が一般公募し、6万2275通の応募の中から白瀬中尉にちなんだ名前として「しらせ」を採用。ここで海上自衛隊の命名規定と矛盾が生じたのです。しかしせっかく公募して決まった名前ですから、使わない訳にはいかない……海上自衛隊は一計を案じました。「南極には、白瀬中尉にちなんで命名された『白瀬氷河』がある!」そこで砕氷艦の名称に関する内部規定を「名所旧跡のうち、主に山と『氷河』の名」と改訂し、表向き「白瀬氷河」にちなんだもの、ということで「しらせ」と命名したのです。2009年に就役した現在の2代目しらせは、20年以上にわたって親しまれた「しらせ」の名称を受け継いで欲しいという要望が強かったため、同じ名前を受け継ぐことになりました。

 初代しらせは、現在民間気象情報会社の株式会社ウェザーニューズに移管され、千葉県の船橋港で「SHIRASE」として保存されています。

船橋港で保存される初代しらせ(SHIRASE)

船橋港で保存される初代しらせ(SHIRASE)


船橋港で対面したSHIRASE(5002)としらせ(AGB-5003)

船橋港で対面したSHIRASE(5002)としらせ(AGB-5003)

■ずんぐりした船体の秘密

 しらせの全長は138m・全幅は28mと、海上自衛隊の護衛艦(同規模の排水量のひゅうが型は全長197m・全幅33m)と較べると、ずんぐりとした形をしています。これは砕氷艦ならではの事情によるもの。砕氷艦は鋭い艦首で海氷を切り裂くように進むのではなく、喫水線上にせり出した艦首が海氷にのしかかり、艦全体の重みで上から押し割るような形で氷を砕き、進みます。のしかかった際に安定するよう、ずんぐりと丸い艦首、幅広い船体になっているのです。また、艦首の喫水線付近には、海氷の表面を溶かし、少しでも割りやすくするための散水ノズルが並んでいます。

護衛艦と並ぶと幅広さが目立つ

護衛艦と並ぶと幅広さが目立つ

■どんな人たちが動かしているの?

 しらせ(AGB-5003)は、海上自衛隊横須賀地方隊で運用しており、母港は神奈川県の海上自衛隊横須賀基地です。タイミングが良ければ、JR横須賀線の車窓からその姿を見ることができます。乗員はおよそ175名。艦長は代々1等海佐(旧海軍でいうところの大佐)が務めており、一般的な護衛艦の艦長が2等海佐ですから、排水量の大きさもあいまって、かなり重要な扱いとなっていることが判ります。このため、艦橋にある艦長席のカバーは、1等海佐を表す赤1色です(2等海佐は赤・青の2色)。毎年11月初めに東京・晴海埠頭を出発して南極に向かい、11月末にオーストラリア南西の港町フリーマントルに入港。ここで飛行機で移動してきた南極地域観測隊が乗り込み、12月下旬に昭和基地のある東オングル島沖合の定着氷に接岸(昭和基地内の貯油タンクへ燃料をパイプライン輸送するためのホースが届く、東オングル島沖合約1km以内の定着氷に到着すること。海氷が厚い時はそこまで到達できず、接岸できないこともある)します。昭和基地で1か月余りを過ごしたのち、2月中旬に日本に向けて出発。3月下旬にオーストラリアのシドニーに入港して南極地域観測隊員を降ろし、補給をして再び出発。4月上旬に東京・晴海埠頭に入港するのが南極航海の大まかなスケジュールです。

航行中のしらせ艦橋

航行中のしらせ艦橋


艦長席に座るしらせ艦長

艦長席に座るしらせ艦長

 日本に帰ってきたあとはドックで修理をし、その間乗組員たちは束の間の休暇を取ります。修理が終わる夏になると、今度は訓練のため、日本を一周する航海を行い、その過程で各地に寄港し、広報活動を行います。訓練航海が終わると乗組員はまた少し休暇があり、その後は秋の南極航海に備えることになります。航海の合間にまとまった休みはあるものの、一度航海に出るとその間は交代制で24時間ずっと仕事場に……という、結構過酷な任務です。

しらせの海図台

しらせの海図台

 推進システムは三井造船製のディーゼルエンジンで発電し、日立製作所製のインバータを通じて左右のモーターを駆動する2軸統合電気推進。現在各国で使われている砕氷艦も電気推進システムを用いています。この利点は、厚い海氷に対して一旦数百m後退し、勢いをつけて体当たりしながら氷に乗り上げ、氷を砕いていくラミング(チャージング)航法をする際、スムーズに前進・後退を切り替えられる点にあります。ここで気になるのが機関科のディーゼル員と電機員の担当部署はどこからどこまで、というところですが、原則として発電機まではディーゼル員、そこから先の電気推進システムについては電機員が担当しているそうです。しかしトラブルがあった際は、双方が協力して対処することが通常だということですよ。また、護衛艦では速力を表すのに3ノット刻みの「第○戦速」という表現を使いますが、しらせは戦闘艦ではないので「第○強速」という表現を使っています。

しらせの操舵席

しらせの操舵席


しらせの操舵コンソール

しらせの操舵コンソール


しらせの出力モニタと変速標準表

しらせの出力モニタと変速標準表

 しらせ単体でも、艦首にあるマルチビーム音響測深装置で海底地形を調べたり、流向流速観測装置で海流の様子、そして水温や塩分(電気伝導度)、プランクトンを採取してその種類や数を調べるなど、海洋や気象観測ができる設備があります。水深などのデータは航海にも活用されており、艦橋の情報モニタで確認することができます。

気象レーダー画面を監視するしらせ気象員

気象レーダー画面を監視するしらせ気象員


しらせの航海情報モニタ

しらせの航海情報モニタ

■南極地域観測隊はしらせに乗って日本を出発しない

 ニュースで「しらせ」の出発の様子が報じられ、東京・晴海埠頭での式典で南極地域観測隊の隊長が挨拶していますが、実は南極地域観測隊の面々は、晴海では乗り込まず、岸壁でしらせの出航を見送っています。2017年度に出発した第59次南極地域観測隊(土井浩一郎隊長)の場合、2017年11月12日、晴海埠頭でしらせの出航を見送った後、11月27日に成田空港を出発してオーストラリアへ向かいました。そして11月28日(現地時間)、オーストラリア南西にある港町フリーマントルで、前日に入港していたしらせに乗り込み、昭和基地へと向かったのです。復路はオーストラリアのシドニーから飛行機に乗り、成田空港に帰着する予定です。しらせに乗って日本と南極を往復するのは、海上自衛隊の乗組員だけで、南極地域観測隊は日本~オーストラリアを空路で移動し、しらせに乗るのは長い航海のごく一部、オーストラリア~南極の区間のみとなっています。しかし短いといっても、この区間は一番海が荒れるところであり、南氷洋に到達すると今度は何度も繰り返されるラミング(チャージング)航法での衝撃が加わり、人によってはひどい船酔いになるなど、かなり大変な状態になるそうです。

悪天候の海を航行するしらせ

悪天候の海を航行するしらせ

■「南極の氷」の謎

 各地で行われるしらせの艦艇広報や、自衛隊や国立極地研究所が実施する広報活動で「南極の氷」が展示され、触ったことのある方もいるかもしれません。南極の氷というと貴重な気がしますが、なぜあれだけ各地にあるのでしょうか。

南極の氷を触る見学者

南極の氷を触る見学者

 実は南極の氷は「重し」なのです。南極観測に必要な機器や、昭和基地などで使う食料品や燃料油などを満載して行く往路に比べ、復路は積載する貨物量が少なく、しらせは重量が軽くなってしまいます。つまりこれは、自重で海氷を押し割って進むしらせにとって、砕氷能力が大きく低下することを意味します。そのままでは、往路では突破できた氷海も復路では突破できず、立ち往生してしまう危険も。このため、往路と同じくらいの重さを確保するため、南極の氷を代わりに積み込んでいるのです。氷は南極に降り積もった雪が凝固したものなので毎年できており、しらせに積み込む程度の量では全体に影響を与えません。これは各国の南極観測船も同様に行なっており、南極の氷はいわば「やむを得ない積荷」で、ある意味南極航海の副産物ともいえる存在なのです。

■しらせの中には神社がある

 海上自衛隊の艦艇には、艦名とゆかりの深い神社から勧請した「艦内神社」が存在します。しらせもその例に漏れず、艦内神社があります。祀られているのは、富士山本宮浅間大社。これは海上自衛隊初の砕氷艦「ふじ」の艦内神社を受け継いだもの。毎年艦長らが静岡県富士宮市にある富士山本宮浅間大社に参拝し、新しいお札を艦内神社と艦橋に祀っています。さらに乗組員有志は、富士山頂にある奥宮にも参拝しているとか。

しらせ艦内神社

しらせ艦内神社


艦橋にある富士山本宮浅間大社のお札

艦橋にある富士山本宮浅間大社のお札

■南極地域観測隊はどんなところで過ごしているの?

 しらせは民間人である南極地域観測隊の人々も利用するため、他の海上自衛隊の艦艇と較べると廊下や階段などが余裕のある作りとなっており、また各甲板を結ぶ人荷用のエレベータも設置されています。海上自衛官である乗組員の居住区画と、民間人である南極地域観測隊の居住区画は分かれており、内部は微妙に違います。南極地域観測隊員用の居室は2人部屋となっており、ソファと2段ベッド、机などがあります。観測隊長の公室は客人を応接することがあるため、白いカバーのかかった応接セットなどがある広めの居室。また、食事やミーティングが行われる広間として、南極地域観測隊公室も用意されています。このテーブルのフチは、海が荒れて揺れてもペンなどが転げ落ちないよう、ストッパーが上にせり出す構造になっています。

しらせの艦内廊下

しらせの艦内廊下


しらせの艦内エレベータ

しらせの艦内エレベータ


しらせの艦内散髪室「バーバーしらせ」

しらせの艦内散髪室「バーバーしらせ」


しらせ南極観測隊寝室

しらせ南極観測隊寝室


しらせ南極観測隊長公室

しらせ南極観測隊長公室


しらせ南極観測隊公室

しらせ南極観測隊公室


テーブルのフチについた脱落防止板

テーブルのフチについた脱落防止板

 2017年12月23日(現地時間)、第59次南極観測隊を乗せたしらせは、無事に東オングル島の昭和基地沖500mの定着氷に接岸を果たしました。今シーズンは比較的海氷が薄く、往路におけるラミングは27回で済んだといいます。予定通りに昭和基地への物資輸送が終了すれば、2018年2月下旬(現地時間)に越冬を終えた第58次越冬隊と第59次南極地域観測隊(夏隊)を乗せて、東オングル島を出発する予定です。

※初出時、AGBとすべきところ一部AGSと記載しておりました。訂正しお詫びいたします。

(咲村珠樹)