【うちの本棚】第百二回 鬼面帝国/山上たつひこ「うちの本棚」、今回は山上たつひこのSF作品『鬼面帝国』を取り上げます。一般的なイメージではなくSF風に味付けした地獄の世界で目覚めた主人公が、生き返られるかもしれないというわずかな望みをかけて地獄からの脱出を試みます。

『2人の救世主』で少年誌デビューした山上たつひこが『やってきた悪夢たち』に続いて「少年マガジン」に発表したのが本作だ。


ストーリーは、崖から落ちて昏睡状態になったふたりの青年が地獄から脱出して生き返るまでを描いている。もっともその地獄の世界は一般的なイメージではなくSF的な味付けをされた現実世界とは別次元の異世界という設定になっている。

最初の単行本である東考社版は発行年月日不明なのだが70年以前の刊行と思われる。ボクがこの作品を初めて読んだのは秋田サンデーコミックス版であった。当時はすでに「『がきデカ』の山上たつひこ」というイメージが出来上がっていたので本作のような作品もあるのだなという印象を持ち、『がきデカ』以前のSF作品をもっと読んでみたいとも思ったのだが、その当時はそういった作品がまとめられた単行本が新刊書店には並んではいなかった(せいぜいサンミリオンコミックスかソノラマ漫画文庫の『光る風』くらいだったと思う)。

ここで描かれる「地獄」は先述した通りSF風味の異世界なわけだが、死んだ人間はすべて、まずこの地獄に送られてくる。自分では意識していなくとも何らかの罪を人は犯しているものだというキリスト教でいう原罪思想のような設定になっているのだが、その罪も果して罪なのかというところも描いている。地獄は鬼の種族が支配していて人間たちは奴隷のような扱いを受けており、鬼への奉仕など一定の評価が得られたものだけが極楽へと送られる。そこはすべてが平等な世界だというのだが、そのことへの疑問も主人公の言葉として山上は読者に投げかける。

作品が発表された69年といえば、まだ学生運動も盛んで「少年マガジン」も劇画系作家を積極的に起用し、高校生や大学生にまで読者層を広げて行った時期でもある。思想的なテーマや哲学的なセリフまわしの作品も多く描かれた時期とも言える。山上たつひこも本作の後『光る風』を70年に連載することになる。もっとも本作は『光る風』のように重苦しるしさを感じずに読めるところがいい。

山上たつひこというとどうしても『がきデカ』『喜劇新思想体系』などギャグ作品が取り上げられがちだが、本作のようなSF作品ももっと評価されてもいいのではないかと思う。

初出/講談社・少年マガジン(1969年6月29日号~7月6日号)
書誌/東考社・ホームランコミックス(併録/遺稿、良寛さま)
秋田書店・サンデーコミックス(1976年4月30日初版、併録/ウラシマ、ミステリ千一夜、そこに奴が…)
講談社・KCスペシャル(1987年10月6日初版、併録/2人の救世主、やってきた悪夢たち、石の顔、焼却炉の男、手紙、遺稿、地上(うえ)、故郷は緑なりき、白蟻)

(文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/