本稿では、年始恒例特集として2011年のアニメ映画を振り返り「優れた映画ベスト10」を、私コートクの独断と偏見で発表したいと思います。
なお、できるだけ多く劇場には足を運びましたが、2011年に公開された全てのアニメを網羅できているわけではありません。その点ご了承ください。それぞれご覧になった方によって順位や価値観は異なると思います。「こういう見方もあるのだな」程度の気楽な気持ちでご覧いただければ幸いです。


●第10位・・・『劇場版戦国BASARA -The Last Party-』
テレビアニメ『戦国BASARA』二部作の続篇。
本作は関ヶ原の戦いをモチーフにしたものですが、関ヶ原という地名以外はオリジナルのストーリーです。豊臣秀吉(声・置鮎龍太郎)の仇を打つべく伊達政宗に襲いかかる石田三成、武器を捨てて戦乱の世の中を終わらせようと呼びかける徳川家康ら多くの武将が関ヶ原の地に集結するというストーリーとなっています。巨大な鍋や、エンディングの足軽ダンスなど、ハチャメチャぶりも健在。特に印象深いのは、本多忠勝に乗って日本中を飛び回り、自身の理念を説きながら協力を求める徳川家康の姿です。結局、映画の中で戦乱の世の中は終わらなかったように思いますが、家康の理念は前田慶次(声・森田成一)や真田幸村らの心を打ち、協力を得ることに成功しました。自身が目指す理想や目標を熱心に説き、協力者を増やそうとする家康の姿は政治家のあるべき姿であり、現実世界における現代日本にもこのような政治家が必要だと思った次第でありました。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作/キャラクター原案・CAPCOM、脚本・むとうやすゆき、キャラクターデザイン/総作画監督・大久保徹、音楽・澤野弘之、監督・野村和也、アニメーション制作・Production I.G、配給・松竹

<出演者>
伊達政宗・中井和哉、真田幸村・保志総一朗、徳川家康・大川透、石田三成・関智一、大谷吉継・立木文彦、天海・速水奨、お市・能登麻美子、織田信長・若本規夫、他

●第9位・・・『劇場版マクロスF  恋離飛翼~サヨナラノツバサ』
テレビアニメ『マクロスF』のリメイク版。
本作は過去の日本製宇宙映画の遺伝子を受け継いだ作品です。宇宙空間を背景にして壮大な音楽が流れるシーンなどは、『惑星大戦争』(昭和52年、音楽・津島利章)、『宇宙からのメッセージ』(昭和53年、音楽・森岡賢一郎)、『さよならジュピター』(昭和59年、音楽・羽田健太郎)といった日本製宇宙映画の系譜に連なるものです。

ストーリーの方は幾つかの核がありますが、1つには、銀河の妖精の異名を持つ歌手・シェリル・ノームの激動の生い立ちが観客の魂を揺さぶるものとなっています。まず、オープニングのタイトルクレジットで遠藤綾が出演者の筆頭に掲げられている(エンディングでは2番目)ことに目を奪われます。そして難病を抱えるシェリルが「たとえ私が死んでも歌は死なない!」と言い放つシーンは無茶苦茶かっこいい(板垣退助の二番煎じではあるが)。

また、本作は人類とバジュラという宇宙生物の戦いを描いた物語でもあります。バジュラは脳味噌を殆ど持たないため、人類は、バジュラは心や気持ちといったものを持っていないと考えますが、登場人物の1人・ランカ・リーはバジュラも心を持っていると確信します。そしてクライマックスにおいて主人公・早乙女アルトがバジュラとの対話を試み、物語は大団円となります。得体の知れない宇宙生物と一旦は戦争するものの最終的には対話して大団円という構図は2010年の映画『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』とよく似ていますが、『宇宙戦艦ヤマト』第1作の主人公が敵の宇宙人を滅ぼした後で対話すべきだったと後悔したことを踏まえ、その理念を受け継いでいると考えれば、この点においてもやはり『劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ』は日本製宇宙映画の系譜に連なっていると言えます。

余談ですが上映開始1時間10分くらいの場面も昭和53年の映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』のクライマックスシーンみたいでしたね……。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作・河森正治/スタジオぬえ、脚本・吉野弘幸/河森正治、キャラクターデザイン・江端里沙/高橋裕一、メカニックデザイン・石垣純哉/高倉武史、総作画監督・丸藤広貴/江端里沙/村田峻冶/高岡じゅんいち/篠原健二、音楽・菅野よう子、監督・河森正治、アニメーション制作・サテライト、配給・クロックワークス

<出演者>
早乙女アルト・中村悠一、シェリル・ノーム・遠藤綾、ランカ・リー・中島愛、ジェフリー・ワイルダー・大川透、ミハエル・ブラン・神谷浩史、ルカ・アンジェローニ・福山潤、オズマ・リー・小西克幸、グレイス・オコナー・井上喜久子、レオン・三島・杉田智和、他

●第8位・・・『映画けいおん!』
テレビアニメ『けいおん!!』のサイドストーリー。
映画版のストーリーは、軽音楽部員の高校3年生4人組が大学合格と卒業式の間に、2年生の中野梓と共にイギリス・ロンドンに卒業旅行に行くというものです(尤も、上映時間30分位を残して卒業旅行のエピソードは終わりましたが)。テレビでは放送されずDVDに収録された番外編「計画!」では軽音楽部員がパスポートを取得していましたが、それを受けたエピソードとなっています。卒業式が描かれたのは時系列上の最終回であるテレビアニメ『けいおん!!』第24話「卒業式!」ですので、映画で描かれたのはその少し前ということになります。但し、映画の後半30分は卒業直前の高校生活の1ページを生き生きと描いている(特に教室の机を並べて手作りのステージを設置し、卒業記念コンサートをやる場面が最も生き生きとしている)ことから、映画は、時系列上の最終回であるテレビアニメ『けいおん!!』第24話「卒業式!」と放送上の最終回である番外編「訪問!」に続く3度目の最終回と言うこともできます。

ロンドンの風景描写は非常に緻密で美しく、海外旅行に縁のない私にとっては恰も実際に旅行に旅立たせてくれているかのような完成度となっています。後半では日本の文化を現地人に紹介するイベントがロンドンで開催される場面が登場、軽音楽部が会場で演奏を披露することになります。この映画は、ロンドンの風景などのイギリス文化を日本人観客に紹介する性格を持ちながら、劇中ではイギリス人に日本文化を紹介する要素を持っているのです。恐らく『映画けいおん!』という作品そのものも海外に輸出され、日本文化の海外普及に貢献することでしょう。『映画けいおん!』は日本と海外の文化交流に貢献する点に特徴の1つがあったと言えるでしょう。

さて、『けいおん!』といえば、世間では「日常」系アニメとして括られています。即ち、波乱万丈の事件を描くのではなく、女子高生の何気ない日常を描いた作品であるという意味です。その点に留意して『映画けいおん!』を観ると、確かに波乱万丈の事件ではなく女子高生の日常を描いてはいるのですが、そこに描かれている日常は現実世界の高校生の日常とは、或る1点において全く異なります。それは、登場人物の台詞や行動が全てコントであるという点です。故にギャグアニメとして笑える楽しい作品になっているのは事実です。実際、映画館内では笑い声が木霊していました。この点は、『映画けいおん!』の最大の魅力です。例えば日英間で携帯電話メールをやり取りすると電子メールが1日遡るのか、と真面目に疑問に思う場面などは、1970年のアメリカ映画『トラ・トラ・トラ・』における渥美清と松山英太郎の掛け合いを彷彿とさせるコミカルな場面です。
しかし、本作最大の魅力は同時に最大の欠陥でもあるのです。『映画けいおん!』は一見、我々観客と同様の、特に波乱万丈の事件も起こらないような高校生活を描くことで、我々観客と同様の世界を共有しているかのように錯覚させますが、そこにはあるのは、台詞と行動の全てがコントで構成された世界であって、現実にはあり得ない非日常世界なのです。故に『映画けいおん!』は、楽しいギャグアニメであると同時に、観客に対して(全員ではないでしょうが)「観客にはこんな楽しい高校生活はなかった」という残酷な通告を突きつける効果をもたらしたのです。『映画けいおん!』の魅力は、同時に観客を暗い気分にさせるという表裏一体のものでもあったのです。

▼概要
製作委員会・TBSテレビ/ポニーキャニオン/ムービック/京都アニメーション
原作・かきふらい(芳文社『まんがタイムきらら』連載)、脚本・吉田玲子、キャラクターデザイン/総作画監督・堀口悠紀子、音楽・百石元、監督・山田尚子、アニメーション制作・京都アニメーション、配給・松竹

<出演者>
平沢唯・豊崎愛生、中野梓・竹達彩奈、田井中律・佐藤聡美、琴吹紬・寿美菜子、秋山澪・日笠陽子、山中さわ子・真田アサミ、川上さん・中村千絵、他

●第7位・・・『コクリコ坂から』
この映画は昭和38年を舞台にしたものです。2011年に放送された『テレビまんが昭和物語』の舞台は昭和39年ですから、その前年ですね。『昭和物語』が東京都大田区を舞台にしているのに対して、『コクリコ坂から』の舞台は横浜。但し物語途中で東京に行く場面があり、東京では東京オリンピックのポスターがあちこちに貼られています。この辺りの描写は『昭和物語』と共通していますね。ゴジラのスチール写真でもお馴染みの森永の球体看板も画面に映っています。

さて本作のストーリーの中心は、高校の部室が入った建物を取り壊そうとする校長側に対し、取り壊しに反対する生徒側の熱意を描いたものです。高校の部室棟の取り壊しが東京オリンピックと直截関係ある訳ではなさそうですが、東京オリンピックを迎えるにあたって東京の古い建物は次々と取り壊され、街並みは一変したと聞きます。昭和40年公開の記録映画『東京オリンピック』は、既存の建物を鉄球で破壊し、競技場を建設する工事の場面から始まります。この映画の文脈としては、古い物をぶっ壊して新しい時代を作る、といった肯定的ニュアンスを含んでいます。故に競技場は、神々しいまでに見事な代物として描かれているのです。そこにあるのは、いかにも高度経済成長期といった趣きの、行け行けドンドン突っ走れ的な勢いです。古い物を壊して新しい物を導入することが、価値を持っていたのです。しかし、このような価値観は、裏返せば、古き良き情緒を省みずに破壊するものだとも言えます。東京オリンピックによって、しみじみとした風情を持った町並みが吹っ飛ばされたとも言えるのです。例えば東京の日本橋は、壊された訳ではないけれども、東京オリンピックを迎えるにあたって頭上を首都高速道路が覆い、景観を損ねたことから現在でも賛否両論があります。2009年のテレビアニメ『大正野球娘。』のオープニングでは大正時代の日本橋が描かれていますが、現在の景色とは異なっています。

上記のような状況に対して『コクリコ坂から』に登場した高校生は、「古い物を壊して新しい物を造れ」という価値観に反対し、部室棟を掃除したり、学校法人理事長に直談判するなどして、解体撤回を勝ち取ります。つまり『コクリコ坂から』は、古いものをぶっ壊せという当時の価値観に真っ向から立ち向かう高校生を描いているのです。そして高校生を通じて、東京オリンピックの光と影を、ひいては高度経済成長の功罪を描いていると言えるでしょう。

尚、ラストシーンはややご都合主義的でしたが、戦時中~昭和21年頃に生まれた子供達の間では、珍しくないことだったのかもしれません。

▼概要
製作委員会・スタジオジブリ/日本テレビ放送網/電通/博報堂DYメディアパートナーズ/ディズニー/三菱商事/東宝
原作・高橋千鶴/佐山哲郎(角川書店刊)、企画・宮崎駿、脚本・宮崎駿/丹羽圭子、キャラクターデザイン・近藤勝也、音楽・武部聡志、監督・宮崎吾朗、アニメーション制作・スタジオジブリ、配給・東宝

<出演者>
松崎海・長澤まさみ、風間俊・岡田准一、北斗美樹・石田ゆり子、広小路幸子・柊瑠美、松崎良子・風吹ジュン、小野寺善雄・内藤剛志、水沼史郎・風間俊介、風間明雄・大森南朋、徳丸理事長・香川照之、他

●第6位・・・『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』
テレビアニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の番外篇。
本作の脚本は映画『アマルフィ 女神の報酬』の原作者として知られる真保裕一。『アマルフィ』は国際的なサスペンスドラマですが、本作においても、物語の舞台となる国境の町を目指して列車で旅する場面など異国情緒と旅情に溢れた作品となっています。

本作最大の特徴は、民族の怨嗟を描いている点なのですが、実は『鋼の錬金術師』はずっと民族差別やナショナリズムを描き続けている作品でもあります。

例えば本作の宣伝のためにTBSテレビで放送された2005年の映画『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』の冒頭では、「本作には特定の民族に対して差別的とも取れる表現がありますが、差別の肯定、助長を意図するものではありません。」という注意書きが表示されました。『鋼の錬金術師』は架空の世界を描いた物語ですが、『シャンバラを征く者』は1923年のワイマール共和国、ミュンヘン一揆の前後を描いた物語になっており、当時の歴史的背景をかなり真面目に描いた作品となっています。そしてヒロインとして登場するのがロマ(劇中のドイツ人の台詞ではジプシーと言っている)の女性であり、ロマが差別される描写が何度も登場します。例えば、第一次世界大戦で顔の一部を失った男性(『NHKスペシャル 映像の世紀』で実際の映像が出てきますね)がロマを迫害する場面などです。『シャンバラを征く者』ではロマの苦難が描かれている訳です。

2009年~2010年のテレビアニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』では、軍事独裁国家アメストリスが、併呑した地域に住むイシュヴァール人という民族に対して行った民族浄化と、生き残ったイシュヴァール人、スカー(声・三宅健太)やマイルズ(声・中井和哉)が各々の信念に従って進む道が描かれています。

続く2011年の『嘆きの丘の聖なる星』の舞台となる町・テーブルシティは、かつてミロスという独立国でした。しかし400年前に西の大国クレタによって併呑。搾取、迫害、強制労働が300年も続きます。10数年前にはクレタの民は東の大国アメストリスと手を組んで独立を目論みますが、結果は、ミロスがアメストリスとクレタの領土紛争の舞台となっただけであり、現在、ミロスはクレタとアメストリスに分割支配され相変わらず迫害され続けてしまうのでした。そのため、ミロスでは独立活動家が暗躍しています。長年に亘って迫害を受け続けた民族の怨嗟は凄まじく、独立活動家は独立のためならどんなことでも辞さないという鬼気迫る覚悟を持っています。一方で体制側からはテロリスト扱いされているのでした。

日本人は普段あまり意識しませんが、現代でも海外では民族への抑圧、迫害そして独立を望む民族の怨嗟が渦巻いています。スーダンではアラブ系イスラム教徒とアフリカ系キリスト教徒の内戦を経て南スーダンが独立し、ロシアにおけるチェチェン、中国における東トルキスタン、チベット、南モンゴル等では民族の怨嗟が渦巻いています。『鋼の錬金術師』シリーズは、平和な日々を送る日本人に対し、海外で繰り広げられている民族の苦難や紛争について考えさせる作品となっているのです。

▼概要
製作委員会・アニプレックス/スクウェア・エニックス/毎日放送/ボンズ/松竹/TBSテレビ/電通
原作・荒川弘(スクウェア・エニックス刊)、脚本・真保裕一、キャラクターデザイン/総作画監督・小西賢一、音楽・岩代太郎、監督・村田和也、アニメーション制作・ボンズ、配給・松竹/ アニプレックス

<出演者>
エドワード・エルリック・朴璐美、アルフォンス・エルリック・釘宮理恵、ジュリア・クライトン・坂本真綾、メルビン・ボイジャー・森川智之、ハーシェル中佐・木内秀信、ミランダ・玉川砂記子、他

●第5位・・・『とある飛空士への追憶』
本作のストーリーは以下の通り。舞台は架空の世界で、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上という2つの国が戦争していた。舞台の1つとなるサン・マルティリアという都市は、元々天ツ上の領土であったが、55年前にレヴァーム皇国が占領した土地である。サン・マルティリアを治める公爵家の令嬢・ファナ・デル・モラルはレヴァーム皇国の皇子・カルロ・レヴァームと1年程前に婚約し、この度、レヴァーム皇国本国に移り住むことになった。ファナを迎えるため、レヴァーム皇国は第八特務艦隊という艦隊を派遣するが、天ツ上の攻撃を受け壊滅。レヴァーム皇国は、ファナを迎え、且つ軍の名誉を守るために極秘作戦を敢行する。それは、偵察機・サンタ・クルスにファナを乗せ、単機で生き残った軍艦までお連れし、その後はファナを乗せた軍艦が凱旋するというものであった。偵察機のパイロットは、軍の名誉のために表舞台に出ることがあってはならない。この任務に選ばれたのが、主人公・狩乃シャルルである。シャルルは両国人の混血であるため「ドブネズミ」と呼ばれるなどの差別を受け、現在は傭兵をしている人物である。今、2人の決死の冒険が始まるのであった……!
戦争中にお姫様と共に冒険するというプロットは昭和33年の時代劇映画『隠し砦の三悪人』と同様です。
サンタ・クルスが出発する際、レヴァーム軍は囮の飛行隊を出撃させて敵の目を逸らしたが、作戦は天ツ上に知られていました。劇中では、情報管理の杜撰さを表す場面が2箇所登場します。1つは、傭兵達が作戦決行前、パブで酒を呑みながら作戦についてベラベラ喋る場面。太平洋戦争中のミッドウェー海戦前の状況を彷彿とさせます。もう1つは、特にこちらが決定的だったのですが、カルロ皇子がファナを気遣う無電を発信し、その中で作戦を記してしまったことです。かくしてサンタ・クルスは敵の艦隊(本作に登場する軍艦は空中を飛んでいます)と艦上戦闘機によって、多勢に無勢の状態で集中的に攻撃を受ける羽目に陥ってしまいます。まさに太平洋戦争中の山本五十六のような状態です。しかし戦闘機よりも性能の劣る偵察機でありながら巧みに攻撃を回避するサンタ・クルスは敵の飛行隊長も感心するところとなり、母艦の無電が届かない範囲までサンタ・クルスを追撃した飛行隊は、母艦から帰投命令を受け取るに至ります。尚も追撃を主張する部下を制止し、飛行隊長は帰投を指示するのでした。この場面は、歌舞伎『勧進帳』に登場する富樫左衛門を彷彿とさせ、痺れます。この感覚は、日本人のDNAに刻まれたものなのでしょう。
更に後半では、敵の戦闘機が武人の礼儀に則って一騎打ちを挑んできます。劇中の台詞で天ツ上の武人のことを「サムライ」と言っており、まさに“大空のサムライ”であります。この一騎打ちではファナが機銃掃射で敵機の片翼を破壊し、またも難を逃れます。シャルルと敵機のパイロットは敬礼を交わし、別れを告げるのでした。この辺りの正々堂々とした振る舞いもスカッとします。無事にファナを軍艦まで送り届けたシャルルはファナと別れることになりますが、ラストにおいて艦上でシャルルを見送るファナと、空中でアクロバット飛行を披露するシャルルの別れのシーンは、爽やかなものとなりました。
以上ざっと映画を振り返ってみましたが、本作の最も優れた点は何と言っても迫力溢れる空中戦の描写でしょう。第八特務艦隊が壊滅した戦闘や囮部隊の活躍が映像で描かれなかったのは残念ですが、主人公がその場にいないのでやむを得まい。本作における戦闘シーンは、昭和38年の実写映画『太平洋の翼』、同年のアニメ映画『わんぱく王子の大蛇退治』、2008年のテレビアニメ『ストライクウィッチーズ』等と続く日本の優れた空中戦映像の歴史に新たな1頁を加えるものでありました。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作・犬村小六(小学館・ガガガ文庫刊)、脚本・奥寺佐渡子、キャラクターデザイン・松原秀典、メカニックデザイン・山田勝哉、総作画監督・田崎聡、音楽・浜口史郎、監督・宍戸淳、アニメーション制作・マッドハウス、配給・東京テアトル

<出演者>
狩乃シャルル・神木隆之介、ファナ・デル・モラル・竹富聖花、狩乃チセ・新妻聖子、千々石・富澤たけし、カルロ・レヴァーム・小野大輔、他

●第4位・・・『手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-』
本作は仏教の開祖・ゴータマ・シッダールタが出家して修行を始めるまでの生い立ちと、奴隷でありながら将軍の養子となったチャプラ(ローマ帝国を描いた映画『ベン・ハー』みたいですな)の生涯を対比させて描いたものです。

3部作の1作目である本作では、凄惨な戦乱や、理不尽な身分差別から生じる悲劇などを通じて生老病死の苦しみを描いています。ストーリー構成上の都合でしょうが、苦しみの要素を描くことに重点を置いていると言えるでしょう。手塚治虫としても、お釈迦様の思想が生まれた背景を描くため、当時のインドの社会を描くことを重視したそうです。2500年前のインドの話とは言っても、やはり苦しみに満ちている現代日本と通じる部分もあるのではないでしょうか。インドにあったカースト制度は現代日本にはありませんが、しかし現代日本にも正社員と契約社員・派遣社員などの身分格差が存在し、しかも正社員としての就職を希望する人がなかなか正社員になれないなど、恰もカースト制度のような身分格差社会が成立していると言えます。2作目、3作目で、苦しむ人々に対してどのような救済を用意してくれるのでしょうか。そしてそれは現代日本にどのような示唆を与えるものでしょうか。今後から目が離せません。

上記以外の要素では、人間と自然の関係を描いた描写が多いのも、いかにも手塚治虫という感じですね。人間と動物(自然)の共存や、自然の前にはなす術もない人間の姿に手塚のメッセージを感じます。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作・手塚治虫、脚本・吉田玲子、キャラクターデザイン/総作画監督・真庭秀明、音楽・大島ミチル、監督・森下孝三、アニメーション制作・東映アニメーション、配給・東映/ワーナー・ブラザース映画

<出演者>
シッダールタ・吉岡秀隆/折笠愛、チャプラ・堺雅人/竹内順子、スッドーダナ王・観世清和、ブダイ将軍・玄田哲章、タッタ・大谷育江、チャプラの母・吉永小百合、他

●第3位・・・『蛍火の杜へ』
テレビアニメ『夏目友人帳』シリーズと同じスタッフによる作品。
ストーリーは、夏休みに祖父の家に遊びに来ていた少女・竹川蛍が、森の中で人間ではない謎の男・ギンと出会うというものです。『夏目友人帳』に出てきた妖怪は顔を布で覆う者が多くいましたが、本作でもギンはお面を被っていた他、妖怪による祭りのシーンでは妖怪達が顔を布で覆っていたりお面を被っていたりしました。ギンは初対面の蛍に対し、人間に触れると消えてしまうと告げます。この時点でフラグがビンビン立ちまくっているのは皆さんお察しの通り。蛍の祖父も森の中に妖怪がいるという話を聞いたことがあったそうで、子供の頃、妖怪の祭りに紛れ込んでしまったこともあったそうです。

そして、2人の夏だけの交流が始まるのでした。ギンが自身の生い立ちを語ったところによると、元々は人間でしたが、赤ん坊の時に森に捨てられ、山の神の呪術によって生き長らえたという。とは言うものの赤ん坊の時に既に死んだようなものであり、今は幽霊のようなものであるという。毎年夏休みに祖父の家へ行く度に森へ入りギンと逢瀬を重ねた蛍も、年月を経て中学生となり高校生となりました。妖怪の祭りに怖がるような年でもないと判断したギンは、蛍を妖怪の祭りに連れて行きます。妖怪達は人間に変身し、人間の真似をして露店を出すなどの祭りを催していました。その祭りには人間もたまに紛れ込むことがあるという。どうして妖怪が人間に化けて人間の真似して祭りをやっていたかはよく分かりませんが(作劇上必要だったというのは無しで)、興味深いところです。人間の文化に憧れていたんでしょうか、或いは紛れ込む人間との束の間の交流に期待していたのでしょうか。祭りからの帰り道、ギンは、躓いた男の子の手を掴んで助けますが、その男の子は何と紛れ込んだ人間でした。消え始めるギン。ギンが完全に消える直前、ほんの数秒ですが、蛍はギンと抱き合います。今まで触れることができなかった2人は、この時初めて触れ合うことができたのです。しかしそれは、2人にとって永遠の別れとなる瞬間でした。ギンが消えた後、辺りには蛍が飛び回り、妖怪達が「ギンは初めて人と触れ合うことができた」と嗚咽します。触れたくても触れられないジレンマ、そして抱き合えた時が別れの時だという喜びと悲しみが同居する瞬間に、人間ではない者と人間による悲恋が凝縮されています。そういえば2008年のテレビアニメ『夏目友人帳』第8話「儚い光」で、蛍の妖怪(声・桑島法子)が人間の男性(声・浜田賢二)と会うために普通の蛍になり、それ故に普通の蛍と同様の寿命になってしまうというエピソードがありましたが、『夏目友人帳』『蛍火の杜へ』の作り手は、妖怪と人間の、心では繋がっているにも拘わらず相容れない関係というものを描くのが巧いですね。惜しむらくは、公開日が9月だったことです。8月に公開すればもっと感動も深まったのではないでしょうか。夏休みの終わりを描いた劇場版『ハヤテのごとく!』が8月27日公開だったのとは対照的です。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作・緑川ゆき(白泉社刊)、脚本・大森貴弘、キャラクターデザイン・髙田晃、音楽・吉森信、監督・大森貴弘、アニメーション制作・ブレインズ・ベース、配給・アニプレックス

<出演者>
竹川蛍・佐倉綾音、ギン・内山昂輝、蛍の祖父・辻親八、他

●第2位・・・『劇場版ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTH』
テレビアニメ『ハヤテのごとく!』二部作の続篇。
ストーリーは、夏休みの終わりを過ごすために田舎に来た登場人物達が遭遇した不思議な出来事を描いたものです。「2ちゃんや二次裏を回る空虚な毎日」「軍人将棋を持ってきました」等の台詞、蟻を観察する場面や観覧車に乗る場面のリアクション、何喰わぬ顔して動物の乗り物に乗って現れるシチュエーション等、台詞や行動がいちいち笑えます。幽霊が現れる展開は夏に公開された少年向けアニメ映画として相応しく、ホラー且つロマンチックな物語となりました。

余談ですが、物語の舞台となった田舎は民放が2局しか映らない県であり、バブルの頃に作られたが潰れた遊園地が登場しました。多分、劇中の遊園地のモデルは宮崎シーガイアじゃないでしょうかね。シーガイアは遊園地ではありませんが、バブルの頃に作り始めて後に一度潰れた経緯があります。そして宮崎県には民放テレビ局が2局しかありません。

▼概要
製作委員会・明記されず
原作・畑健二郎(小学館『週刊少年サンデー』連載)、脚本・小林靖子、・キャラクターデザイン・小森秀人、音楽・前口渉、監督・小森秀人、アニメーション制作・マングローブ、配給・キングレコード/ティ・ジョイ

<出演者>
綾崎ハヤテ・白石涼子、三千院ナギ・釘宮理恵、鈴音・遠藤綾、マリア・田中理恵、西沢歩・高橋美佳子、桂ヒナギク・伊藤静、瀬川泉・矢作紗友里、花菱美希・中尾衣里、朝風理沙・浅野真澄、春風千桜・藤村歩、剣野カユラ・日笠陽子、他

●第1位・・・『劇場版そらのおとしもの 時計じかけの哀女神(エンジェロイド)』
テレビアニメ『そらのおとしもの』二部作のサイドストーリー。劇場で販売されたパンフレットは1200円也。

映画の構成は、大きく前半と後半に分けることができます。途中でアイキャッチが挿入されるのですが、アイキャッチが挿入される映画というのも珍しい。前半の物語は、イカロスが物語の舞台となる福岡県空美町にやって来る以前の段階から始まります。そして劇場版のヒロイン(テレビ版では2作目の第5話のみ登場)・風音日和の視点から、テレビアニメ1作目と2作目のエピソードが語られます。SDキャラクターが随所に登場するなどのギャグアニメっぷりは健在で、爆笑の連続でした。また、主人公・桜井智樹に恋心を抱く日和さんの純粋な心はほのぼのとしていて微笑ましい。前半はテレビシリーズの映像を使い回したりしているのですが、新キャラクターの視点から語られているので新たな気持ちで堪能でき、予算と労力を節約しながら観客に新しい感動を与えることに成功していると言えます。

物語が急展開するのが後半です。何と日和さんは地上世界の人間ではなく、天上界の住人でありました。そして或る日、地上世界の人々の記憶からも写真からも消え失せてしまいます。しかし1人だけ日和さんを忘れなかった地上人がいました。桜井智樹です。その後、悪い奴によって改造人間にされ、更に空美町を消滅させるほどの爆弾みたいなものを装着させられた日和さんは正気を失い空美町を消滅させる寸前まで行ってしまいますが、眼前に現れた智樹のおかげで正気を取り戻し、好きな人を死なせたくないとの思いから、自分1人だけを消滅させ智樹と空美町を助けるのでした。智樹は、日和のことを忘れないと呟き、エンディング主題歌が流れるのでありました……。
かつて『ONE PIECE(ワンピース)』でDr.ヒルルクは次にように言いました。
「人はいつ死ぬと思う?
心臓をピストルで打ち抜かれた時。違う!
不治の病に冒された時。違う!!
猛毒キノコスープを飲んだ時。違う!!!
人に……忘れられた時さ!!!!」

確かに日和さんは地上の人々の記憶からは消えてしまった。しかし日和さんが恋をした智樹君は日和さんのことを覚えている。このことは唯一の救いであり、感動的な後味を残しました。

▼概要
製作委員会・角川書店/クロックワークス/NTTドコモ/グロービジョン、アニメ・インターナショナルカンパニー
原作・水無月すう(角川書店『月刊少年エース』連載)、脚本・柿原優子、キャラクターデザイン・渡邊義弘、総作画監督・猪股雅美/新井伸浩/渡邊義弘、音楽・岩崎元是、監督・柳沢テツヤ、総監督・斎藤久、アニメーション制作・AIC ASTA、配給・角川書店

<出演者>
桜井智樹・保志総一朗、風音日和・日笠陽子、イカロス・早見沙織、守形英四郎・鈴木達央、五月田根美香子・高垣彩陽、見月そはら・美名、ニンフ・野水伊織、他

(文・写真:コートク)