【宙にあこがれて】第19回 世界初就航・ボーイング787(3)こんにちは、咲村珠樹です。季節ネタを挟んだ為に1回お休みになってしまいましたが、新型旅客機ボーイング787(B787)をご紹介するコラムの完結編をお送りします。

前回までは開発の経緯と就航イベント、そして機体構造などの技術的な部分をご紹介してきましたが、今回は我々乗客や、運航するパイロット、客室乗務員などが利用する内部設備についてのお話です。こちらでも、今までの旅客機にない新しい取り組みがなされています。


まずはコクピット部分。パイロットの負担を軽減するよう、装備が改良されました。パイロットといえば、空港で見かける姿は大きな鞄……というイメージがあります。この中にはパイロットライセンスの他、各種法規が記載された運航マニュアル、そして機体の取り扱いマニュアルといった書類が詰まっています。これらがないと、規定上飛行機を飛ばすことができません。あの中にギッシリ書類が詰まっているんですから、鞄はかなりの重さです。

そこで、B787ではマニュアルを電子化し、コクピットのシステムに内蔵することで、必要に応じて計器盤のマルチディスプレイに呼び出せるようにしました。これにより、必要書類を少なくすることができ、パイロットの鞄も少々軽くなりました。また、電子化されたことで検索機能が強化され、ページをめくるより素早く必要な項目を参照することができます。緊急時などには有効ですね。また、従来機体に装備されていたコンピュータ(B777では100種類の機器に対し80台のコンピュータで制御)も機能向上により減少(全体で30台)しました。そして判らないながらも重要な部分ですが、今までコンピュータのメーカーごとにまちまちだった制御ソフトがB787では統一仕様(Arinc-653)によって設計され、保守や改修が省力化されています。今までバラバラだったというのも意外ですが、機器ごとの専用設計でしかできなかったのが、汎用の仕様で統一できるようになったというのは、その分ハードウェア側の性能向上、ソフト開発の技術向上があったということでもありますね。

また、ボーイングの旅客機では初めて、ヘッドアップディスプレイ(HUD)が標準装備されました。これは前方のスクリーンに機体の姿勢や高度・速度など、飛行に関する特に重要な情報を投影し、計器盤に目を落とすことなく、前方の風景を見ながら必要な情報を確認できるという装置。特に武器のコントロールをしながら複雑な飛行を強いられる、戦闘機などでは結構昔から採用されていたもので、周りの状況を確認しつつ飛行に集中する、という点では非常に便利なものです。旅客機への採用が遅れたのは、限られたコクピットスペースで、パイロットが正面を見た際の視線がほぼ一定している戦闘機に対し、コクピットの正面窓が大きく、その分投影面積やパイロットの視線移動が大きい上、2名で乗務する為に、操縦を担当しないもう一方のパイロットが計器を見て数値を読み上げたりしていた……という事情でそれほど必要性を感じていなかった、という理由があったようです。B737の最新型、-700・-800・-900シリーズでオプション設定されるようになったのですが、採用した航空会社の評判がよく、今回標準装備に昇格したという訳です。

コクピットの外からも、窓の奥に楕円に近い形をした、小さなHUDの投影用スクリーンを確認することができます。導入当初は珍しかったせいか、客室乗務員(CA)の方も整備中にコクピットを見学したりしていました。

ボーイングの旅客機では初めてヘッドアップディスプレイ(HUD)が標準装備

コクピット付近と客室最後部の天井裏にあるクルーレスト(長時間飛行する国際線で、パイロットとCAの交替要員が休む空間で、ベッドになっている)も、今までの同サイズ機であるB767より居住性が上がったようです。まだ長距離国際線に投入されていない(1月21日に羽田~フランクフルト線で運航開始。1月14日の羽田~北京線で国際線デビュー)ので、実際の使い心地がパイロットやCAから聞けるのは少々先になりますが、期待は高いようですね。

機内食や飲み物を用意するギャレーも、今までは導入した航空会社によって微妙な仕様の違いがあり、特に他の航空会社で使った中古機材をリースして運用する航空会社では、同じ機材なのに機体ごとにギャレーが違う……という使い勝手の悪さがありました。今回B787ではギャレーの仕様を共通化し、製造メーカーを日本のJAMCOに統一したことで、製造コストを軽減し、また中古機材を運用することになった際も機体ごとの違いがない為、使用するCAの負担も減ることになります。

さて、続いては我々乗客が使う部分、まずは評判になっている「快適性の向上」について。乗っている人の肌にやさしい、疲れない……という評価が特徴的ですが、これは予圧とエアコンの違いによるものです。

空気の薄い高度33000フィート(約1万メートル)付近を飛行するジェット機は、客室内を予圧して、酸素マスクなしで乗客が呼吸できるようになっています。一般に「地上の気圧に近い」と説明されることが多いのですが、実際の機内は高度およそ8000フィート(約2400メートル)相当の気圧。正確には「外よりは地上に近い」という感じでした。

なぜもっと機内の気圧を上げられないのか……とお思いでしょうが、これには機体内外の「気圧差」が関係しています。予圧している分、上空で機体は「ふくらんで」いるのです。

窓側の席に座った際、壁側の肘掛けと壁との間隔を見ているとよく判るのですが、地上にいる時と上空を飛行している時とでは、上空にいる時の方が間隔が広がっているのが判ります。それだけ外との気圧差で、機体がふくらんでいるのです。これが結構機体にとって負担となります。

機体がふくらんだり元に戻ったりということを繰り返せば、機体の金属が伸び縮みをしている訳ですから、その分金属疲労が蓄積します。金属疲労が蓄積し、限界点を超えれば機体が空中分解してしまいます。世界で初めて予圧された客室を持つジェット旅客機としてデビューしたデ・ハビランド社のコメットは、最初の機体だったこともあって、予圧による機体の伸び縮み、金属疲労の蓄積について設計時に予見できず、何度か空中分解事故を起こしてしまいました。現在のジェット旅客機は、このコメットの教訓をもとに設計されています。

しかしこの設定気圧。約2400メートル相当ということは、北アルプスの朝日岳(標高2417.97メートル)くらい。国際線では、そんな山の上でキャンプするのと似た環境になっている訳です。今までの実験などによって、高度7000フィート(約2100メートル)に相当する気圧を境に、多くの人が不快感を感じるということが判っています。しかし、従来のアルミ合金製の機体構造では、そこまで気圧を高めてしまうと内外の気圧差が大きくなり、機体構造の寿命が短くなってしまう為に、この設定気圧を変更することができませんでした。

B787の機体構造に採用された炭素複合材は、アルミ合金よりも遥かに高い強度と耐疲労性を備えた素材です。これにより、今までよりも機内の気圧を高めることができました。……といっても、地上と同等にしてしまうとやはり気圧差が大きすぎるので、多くの人が不快感を覚える高度7000フィートを下回る6000フィート(約1800メートル)相当に予圧高度を設定しました。1800メートルだと、だいたい長野県の美ヶ原高原と同じくらいの標高ですから、山の上とはいえ生活できるレベルです。アメリカのボーイング・エバレット工場から日本に機体を運んできたフェリーフライトの際も、乗ってきた人は「あまり疲れなかった」という感想を残していますので、長時間の飛行で疲れきってしまう、というケースは(個人差はありますが)少なくなることが期待されます。

また、空調面でも改善されました。飛行機の中は密閉空間ですから、たえず換気が必要です。旅客機の設計基準では、1名あたり毎分約250リットルの空気量が換気に必要とされています。エアコンはものすごい送風能力を持っていることが判りますね。

さて、ジェット旅客機のエアコンというのは、ちょっと変わった構造を持っています。通常の家庭用のエアコンでは、室外機(コンプレッサー)と室内機(熱交換器・送風機)、そして冷媒(フロンガス)で成り立っていますが、ジェット機は違います。「エアサイクル方式」という手法なのですが、室外機に当たるコンプレッサーはジェットエンジン、冷媒は外気を利用しています。

もともとジェットエンジンは、空気を強力なコンプレッサーで圧縮し、高温高圧になったところに燃料を加えて燃焼させることにより、大きな推力を得るものです。そこで、燃焼させる前の高温高圧になった圧縮空気をちょっと拝借(これを抽気……ブリードエアといいます)し、これを高度33000フィート(1万メートル)の外気(摂氏マイナス50~70度の極低温)でちょうどいい温度に調節して機内に送り込む……という方式。冷媒のいらない便利な方法です。実際にはこの空気をさらに圧縮したりして用いています。

エアコンを使うと湿度が下がる……というのは、家庭用のエアコンでも夏場の除湿運転や、冬場の室内乾燥でお判りだと思いますが、ジェット機のエアコンの場合、さらに強力に除湿されてしまいます。もともと圧縮する前の上空にある空気自体、あまり水分を含んでいないのに加えて、エンジンのコンプレッサーで高温高圧になることで、家庭用エアコンのヒートポンプ方式より遥かに多くの水分が分離されてしまいます。それをさらにコンプレッサーで圧縮したりする訳ですから、空気はカラカラ。機内の湿度はおよそ5%程に低下しているのです。そりゃのども乾きますし、化粧水をしても肌が荒れますよね。一応、コクピット用ではあるものの、メーカーでは加湿器をオプションとして用意しているのですが、採用した航空会社はあまりありません。……なぜ、これほどまでに空気を乾燥させているのでしょう。

これは、湿気が機体構造の腐食を誘発するからなのです。

金属製の構造を持つ飛行機にとって、構造材が腐食することは致命的です。機体強度が落ち、空中分解の危険が高まります。なので、ギリギリまで空気中の水分を分離し、腐食する要因を排除していたのですが、腐食に強い炭素複合材を用いたB787では、そこまで湿気に敏感になる必要がなくなりました。

1995年に運用が開始されたB777の床構造材には炭素複合材が採用されていますが、今までに腐食が発見されたことがありません。15年以上使っていれば、金属製の部品には腐食が見られるケースがあるのですが、それが皆無であるということは、炭素複合材が非常に腐食に強いことが実証された訳で、B787の空調設計ではこれを受けて、客室内湿度を高めることが可能になりました。

従来のエンジンから圧縮空気を持ってくる「抽気(ブリードエア)」では、あまりに高温高圧過ぎてカラカラになっているのに加え、エンジンの出力に使う力を借りている為にその分エンジン出力が低下し、燃費も悪化します。高効率・低燃費を目的に開発されたB787では、エアコンの方式を転換し、エンジンからの抽気を取りやめて、よりエンジンの負担が小さくなる、エンジンの回転力を利用する発電機(ガスタービン火力発電と同じ要領です)の発電容量を大きくして、電動で独立したコンプレッサーを動かし、外部の空気を直接圧縮する「ノンブリード方式」を採用しました。さらに一部の空気を機内に再循環させることでコンプレッサーの負担を減らし、エネルギー削減も行っています。その循環過程で、乗客から出た水分で湿度の高まった空気を天井裏(湿度の高い空気は軽くなる為、室内上部に集まります)にある分離器で湿度の高い空気を抽出し、加湿することで機内湿度を15%程度まで高めることに成功しました。実際の機内に湿度計を持ち込んだ乗客によれば、湿度は30%台を計測したそうですから、乗客が入って、しかも飲み物サービスやトイレで水を使ったりすることによって、カタログデータよりさらに湿度が高まるようですね。従来より肌がつっぱりにくくなり、これが「肌にやさしい」とされる理由です。

炭素複合材の採用によって機体強度が増したことで、開口部の面積……つまり窓も拡大されました。従来のB767に較べて、縦方向に30%大きくなり、通路側の人でも外の景色が見やすくなりました。また、従来のサンシェードに代わって、液晶を利用した電気的なサンシェードが採用されています。

従来のB767に較べて縦方向に30%大きくなった窓

窓の下にあるスイッチで、透明な状態から5段階で窓を黒くすることができます。上から下ろすタイプのスクリーンで光を遮っていた時と較べ、窓全体で光の透過度を変化させることができるので、日差しがまぶしいので光は遮りたいが、外の景色は見たい、というような時にも使いやすくなりました。一番透過度が低い状態でも1%程度は光を透過するので、窓側の人がサンシェードを最大にしても、通路側の人がうっすらながらも外を見ることができます。また、電気的な制御にしたことで、必要に応じて客室乗務員(CA)側で全体のサンシェードがコントロールできるようになり、離着陸時など、サンシェードの状態をひとつひとつ確認して回る必要がなくなりました。

さて、B777に続いてB787でも、運用する航空会社が開発に参加する「ワーキング・トゥギャザー」が採用され、日本からもローンチカスタマーである全日空と、日本航空が開発に参画しました。前回のコラムで、コクピット窓のワイパーが廃止されずに残ったのは全日空の意見だと書きましたが、この他にも全日空と日本航空はトイレに洗浄便座(TOTOのウォシュレット)の採用を提案し、採用されています(全てのトイレではありませんが)。非常口を示す表示も今まで「EXIT」という英文と航空会社の母国語による「非常口」という表記だけだったのですが、飛行機は世界中で使われ、英語やその航空会社の言語を理解しない乗客も多くいることを指摘し、ピクトグラムによる表記(よく見かける、緑色の出口に向かう人を表した絵記号)で非常口を表記するよう提案し、採用されました。これは英語を母国語にしているアメリカ人では気付かない部分でしょうね。

また、日本航空はバリアフリーの観点から、乗客が接する機内設備について提案を行いました。たとえば、トイレのドアを開けるレバーや、室内の握り棒などの太さや高さ、そしてその形状までも細かく検討して提案しています。そして判りやすい例としては、座席上にある荷物収納スペース(オーバーヘッドビン。オーバーヘッドストウェージとも)。こちらを開閉する取っ手はシーソー式になっており、上下どちら側を操作しても、さらに押しても引いても開けられるような工夫がされています。

荷物収納スペースの取っ手は上下どちらを操作しても、押しても引いても開けられる

容量も拡大されました。これは特にアメリカの国内線の場合、荷物を預けることによるリスク(紛失・破損・盗難)と追加料金(特にLCC……格安航空会社では有料が当たり前です)を避ける為、乗客はほとんど荷物を機内持ち込みにします。そうなると機内持ち込みサイズ上限の荷物ばかりになり、従来のオーバーヘッドビンでは容量が足りず(そうなる以前の設計思想で作られているのでやむを得ませんが)、後から乗り込んだ乗客は荷物を入れるスペースがない……という状態になっていました。B787では胴体を太めに設計したのと併せて、オーバーヘッドビンを装備する天井裏の空間を広げ、座席数分のキャスターバッグを収納するだけのスペースを確保することができたのです。

天井裏の空間を広げ座席数分のキャスターバッグを収納するだけのスペースを確保

現在、全日空の国内線で運航しているB787は暫定版で、国際線仕様のシートが装備されています。まだ機数が少ないので、短距離国際線と国内線の機材を共通化してやりくりをしやすくしよう……ということと、まだ国内線仕様の機材を正式発注していないということが理由のようですが、国内線を利用する乗客からすれば、国際線仕様の座席が楽しめるという楽しみもありますね。

現在、全日空の国内線で運航しているB787は暫定版で国際線仕様のシートが装備

プレミアムクラスのシートは、国際線ビジネスクラスの「ANA BUSINESS CRADLE(ANAビジネスクレードル)という最新鋭のものです。最大限リクライニングさせると、ほぼフラットになったり、電動式で細かな座り心地の調整もできます。タッチパネル式のシートモニターやiPod用のDockコネクター、PC用の電源やUSB端子も装備された豪華仕様。

一般席も国際線エコノミークラス仕様で、全席にシートモニターが付き、ユニバーサル電源とUSB端子を装備しています。また、リクライニングは従来のものと異なり、背もたれの後ろが座席を包み込むようなフレームで固定されており、背もたれを倒すと同時に座面が前方にスライドして脚は前の座席下に滑り込む……という仕様です。背もたれが後ろに倒れないので、リクライニングさせる時に後ろの人に配慮したり、急に倒したことでトラブルになったり、ということがあまり考えられなくなりました。もちろん個人差はあるので、それでも不快に思う人がいるかもしれませんが……。

全日空では、現在の羽田~岡山・広島線に投入する便を増やしたのに続いて、1月23日から新たにB787を羽田~伊丹・山口宇部線に投入し、3月からは羽田~松山線にも投入予定です。国際線は1月14日の羽田~北京線を皮切りに、1月21日からは初の長距離国際線である羽田~フランクフルト線で運航が開始されます。

日本航空でも第1号機を2月には受領し、3月末には羽田~北京・成田~デリー・モスクワ線でデビュー。そして4月22日からは、新規路線である成田~ボストン線で運航が開始されます。この日本航空の第1号機は、ゼネラル・エレクトリック社のGEnXエンジンを装備した最初の機体でもあります。また、全日空の第1・2号機同様、特別塗装として、スタジオジブリの宮崎駿監督と、子供たちが描いた「夢の乗り物」をデザインした機体塗装(デカール)が2009年時点では公表されていたのですが、現在そのデザインが、日本航空のB787特設ページでは見られません。これは日本に来て、就航してからのお楽しみということでしょうか(デカールの貼付作業の為、日本で施工されることが考えられる)……。

B787が将来の空の旅をより快適に変えてくれる?

いまだに製造遅延が生じていたり、なかなかスケジュール通りにことが運ばないB787ではありますが、これからの空を変えていく存在であることは間違いありません。空港で目にする機会、そして搭乗する機会もどんどん増えていきますので、ぜひ皆さんもB787を体験してみてくださいね。

ボーイングによるB787紹介サイト(英語のみ)
https://www.newairplane.com/787/

(文・写真:咲村珠樹)