12月23日、東映映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』が公開されました。太平洋戦争時の海軍軍人・山本五十六を主人公としつつ、若い新聞記者の視点から描いた映画です。私が観に行った映画館では、観客の殆どが戦前~戦中生まれの世代と思しき人々でした。まだまだ太平洋戦争を自身の体験としている人は大勢いることを実感致します。


ストーリーは既に知られている歴史上の出来事を描いたもので、観客をあっと驚かせるような創作は含まれていませんので、以下にストーリーを記します。

若い新聞記者・真藤(演・玉木宏)は、新聞に「大日本帝国戦史」と題して戊辰戦争以来の日本の戦争に関する連載記事を執筆していた。そして昭和14年。日本では日独伊三国同盟を締結すべきであるという主張が陸海軍や民衆やマスコミの間で高まっていた。庶民は不景気を吹き飛ばすためにアメリカと戦争すべきだと主張し、新聞の宗像主幹(演・香川照之)は社説で「バスに乗り遅れてはならない」と論じた。これに対し海軍三羽烏と呼ばれる海軍大臣・米内光政(演・柄本明)、海軍次官・山本五十六(演・役所広司)、海軍省軍務局長・井上成美(演・柳葉敏郎)は、米英を敵に回す三国同盟に反対であった。山本暗殺が計画される事件が発生すると、米内海相は山本を暗殺の危機から救うため聯合艦隊司令長官に転出させる。


【出典:国立国会図書館ウェブサイト】

15年、及川古志郎海相(俳優不詳)は「やむを得ず」と語り三国同盟に賛成。山本は及川を問い詰めるものの決定が覆ることはなかった。山本はもしアメリカと戦争した場合、開戦劈頭に米空母を撃沈してアメリカの戦意を沮喪せしめ、講和に持ち込む以外にないと考えて真珠湾攻撃を立案する。そして16年、日本は対米英蘭戦争を開戦することになった。南雲忠一(演・中原丈雄)率いる機動部隊は真珠湾を攻撃するが、そこに空母はいなかった。アメリカの工廠、石油タンクも手付かずであったが、南雲は「艦隊を無傷で帰すことも我々の任務である」と指摘し、艦隊は帰投する。17年、山本は米空母を叩くためミッドウェー島を攻めることにするが、空母4隻を失う大打撃を受けてしまう。18年にはガダルカナルを巡る戦いを経て、い号作戦を発動、航空攻撃を展開する。そして山本は前線視察に向かう途中、ブーゲンビル島で壮烈な戦死を遂げるのであった。映画は次の瞬間、20年8月15日の玉音放送の場面となり、米内海相、井上軍事参議官らは玉音放送を聴く。今まで戦争を煽り立てた宗像らは「アメリカ民主主義から学べ」と標榜し、民主化を大々的に煽るのであった。そうした中、真藤は、山本の戦死によって戦争を終わらせる人物がいなくなってしまったと振り返るのであった……。

映像面における特徴は、ミニチュアやCGを駆使して真珠湾攻撃やミッドウェー海戦が映像化されたことです。日本映画において真珠湾攻撃とミッドウェー海戦が新たに且つマトモに映像化されるのは昭和35年の映画『太平洋の嵐』以来51年ぶりです。ただ、本作における真珠湾攻撃とミッドウェー海戦の映像は遠景が多かったのが残念です。因みに空母赤城、加賀、蒼龍が炎上する描写のキャメラアングルは『太平洋の嵐』と同じです。

ここで、映画の重要登場人物である山本、米内、井上の主な経歴を見てみましょう。映画では昭和14年から18年及びチラッと20年が舞台となっています。

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さて、本稿では、東映映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の特徴を探るために、過去の太平洋戦争映画及びテレビドラマを振り返ってみたいと思います。戦争を描いた映画には、主に2種類があります。

●その1・・・将官クラスの軍人など、歴史上の人物を中心に、軍事や政治の上層部の動きを描いた作品です。後述するその2の映画よりも、相対的にフィクションの要素が少ないです。いわゆる戦記映画に当たります。

●その2・・・名もなき兵士や軍属、一般庶民などを中心にした作品です。その1の映画よりも、相対的にフィクションの要素が多いです。

その1のような映画が制作された背景について、坂本多加雄氏の著書『スクリーンの中の戦争』(平成17年、文藝春秋発行)は、映画『トラ・トラ・トラ・』(映画のタイトルクレジット上ではこのように表記されるが、一般的には『トラ・トラ・トラ!』と表記されることが多い)を題材に、次のように指摘しています。

「『トラ・トラ・トラ!』が公開されたのは一九七〇年。すなわち、一九四〇年代前半に実際に戦争に参加した兵士たちが、まだ壮年であった時代です。(略)ある時代の全体像というものは、その時代を生きた人間でも実際には把握しきれていないものです。(略)ですから、実際に従軍した兵士、あるいは肉親が戦場に赴いた家族たちにとっては、自分が(あるいは肉親が)参加した戦争の全体像がどのようなものなのかを見ておきたいという欲求は当然にある。」

ここで以下に、太平洋戦争を題材にし、将官クラスの軍人を主人公にした映画・テレビドラマを纏めてみました。左端に※があるのはテレビ番組です。

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こうして見ると、太平洋戦争の或る局面を描いた映画の主人公は、牛島滿だったり木村昌福だったり栗林忠道だったりしますが、太平洋戦争の数年に亘る動向を描いた映画の主人公は山本五十六か東條英機が主人公になる場合が多いようです。太平洋戦争時に聯合艦隊司令長官を務めた山本と内閣総理大臣を務めた東條は、いずれも太平洋戦争を代表する軍人であると言えます。
将官クラスの軍人を主人公にし、且つ戦争を俯瞰的に描いた映画は昭和50年代を最後に殆ど作られなくなります。映画会社も商売で映画を作っているので、儲からない映画は作らないという事情もあるでしょうが、軍人役を演じられる俳優が少なくなったという事情もありそうです。昭和20年(1945年)以前に成人した俳優が大量に出演した映画は、昭和56年の『連合艦隊』が最後ではないでしょうか。同映画の出演者は小林桂樹(1923年生まれ)、丹波哲郎(1922年生まれ)、鶴田浩二(1924年生まれ)、森繁久彌(1913年生まれ)、金子信雄(1923年生まれ)、三橋達也(1923年生まれ)、小澤榮太郎(1909年生まれ)、藤田進(1912年生まれ)、安部徹(1917年生まれ)、田崎潤(1913年生まれ)らで、本篇監督も松林宗惠(1920年生まれ)でした。『連合艦隊』の出演者以外にも、戦時中に航空隊のパイロットだった三船敏郎(1920年生まれ)、特攻隊員だった西村晃(1923年生まれ)、衛生伍長だった加東大介(1911年生まれ)ら戦争を経験した俳優は多くいましたが、今ではそうした俳優も数少なくなっています。

それでは、実際に上記の映画を振り返ってみたいのですが、その前に、戦後日本でしばしば語られた「陸軍悪玉・海軍善玉論」という俗説に言及しておきます。「陸軍悪玉・海軍善玉論」とは如何なるものか簡単に言うと、次のようなものです。

「海軍は、アメリカと日本の国力の差を理解していたので、アメリカと戦争しても勝ち目がないと考えていた。一方、陸軍は親独的で、ドイツと組んでアメリカと戦争する方向に向かって進んだ。」

結論から言うと、この説は必ずしも正しいとは言えません。海軍の中にも対米強硬派がいました。しかし私が高校3年生の時に通っていた予備校の日本史の講師も、上記の趣旨の説明をしていましたし、21世紀の現代でもかなり影響力を持った俗説のようです。ではなぜこのような説が広まったかと言うと、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)で起訴された被告に陸軍軍人は沢山いたのに対し海軍軍人は少ししかいない点など、幾つかの理由があるものと推測されます。この俗説は映画とも関連性があると見られますが、卵が先か鶏が先かと言うようなもので、「陸軍悪玉・海軍善玉論」があるから映画にそのような描写が含まれた面と、映画にそのような描写が含まれているから「陸軍悪玉・海軍善玉論」が世の中に広まった面の両方があるのではないでしょうか。

では実際に、将官クラスの軍人を主人公にした映画を見てみましょう。以下は、太平洋戦争開戦前~終戦にかけての軍人・政治家の配役を纏めた表です。

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山本五十六を主人公にした映画は昭和28年の『太平洋の鷲』、昭和31年の『軍神山本元帥と連合艦隊』、昭和43年の『連合艦隊司令長官 山本五十六』の3本があります。これら3本はエピソードの取捨選択に多少の違いはあるもののストーリーはだいたい同じであり、3本とも山本は米内光政とセットで登場します(山本が主役の映画ではないものの昭和45年の『激動の昭和史 軍閥』でも山本と米内がセットで登場します)。3本の映画の序盤の要点は、海軍次官・山本五十六と海軍大臣・米内光政が、米英を敵に回すことに繋がる日独伊三国同盟に反対するエピソードです。しかし山本は過激派から命を狙われたため、やむなく米内は山本を聯合艦隊司令長官に転出させます。その後、米内は内閣総理大臣に就任し、引き続き三国同盟に反対し続けましたが、三国同盟締結を主張する陸軍が、米内内閣を打倒する動きに出ます。米内内閣倒閣の様子が『太平洋の鷲』『連合艦隊司令長官 山本五十六』で描かれています。米内内閣の陸軍大臣・畑俊六が辞表を提出し、陸軍が後任の陸相を推薦しなかったため、米内内閣は崩壊してしまうのです。というのも、1900年に第二次山縣有朋内閣が軍部大臣現役武官制という、陸海軍大臣は現役の軍人しか就任できない制度を設け、1913年に第一次山本權兵衞内閣がこれを廃止したものの、1936年に廣田弘毅内閣で復活していたからです。
第二次近衞文麿内閣の時、遂に三国同盟が成立。この時の海軍大臣・及川古志郎は各種映画で他人の意見に引き摺られる人物として描かれており、『連合艦隊司令長官 山本五十六』では「やむを得ず」、昭和56年の『連合艦隊』でも「やむを得ない」と発言して三国同盟に賛成しています。『連合艦隊司令長官 山本五十六』では三国同盟に賛成した及川海相を山本聯合艦隊司令長官が強く批判しており、また昭和56年の『連合艦隊』でも太平洋戦争末期の場面で、軍令部総長を務める及川に対し小沢治三郎・軍令部次長が「この戦争はあなたの『やむを得ない』によって始まりあなたの『やむを得ない』によって終わる」と厳しく叱責しています。
『軍神山本元帥と連合艦隊』『連合艦隊司令長官 山本五十六』では三国同盟締結の後、近衞首相が山本聯合艦隊司令長官に対米戦争の見通しを尋ねる場面があります。山本の返答は「是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れるが、2年3年となれば全く確信は持てません。」というものでした(てっきり平成23年の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』でもこの場面が描かれると予想していたのに、登場しなかったので驚いた)。日米の工業力の差が物量の差に表れ、長期戦になれば不利になることを熟知している山本は対米開戦反対を訴えた訳ですが、遂に日本は米英蘭と開戦してしまいます。
山本は緒戦でアメリカの戦意を喪失させて講和に持ち込むため機動部隊で真珠湾を攻撃しますが、主たる目標である空母はそこにはなく、ミッドウェー海戦では逆に日本側空母4隻を失う敗北となってしまいます。その後、ソロモン海周辺を戦場に戦闘が繰り広げられ、山本はブーゲンビル島で戦死するのでありました……。

昭和28年の『太平洋の鷲』、昭和31年の『軍神山本元帥と連合艦隊』、昭和43年の『連合艦隊司令長官 山本五十六』の3本のストーリーを纏めると以上になります。

基本的に各種映画では山本と米内が好意的に描かれており(但し実際には、米内に対して第二次上海事変の責任を問う声があるし、山本に対しては無謀な戦線拡大を行った責任を問う声があります)、山本と米内以外で映画で好意的に描かれている海軍軍人に山口多聞と小沢治三郎がいます。山本・小沢・山口の共通点は航空機に詳しい点であり、各種映画は、航空機に詳しい山本・小沢・山口と、航空機に関しては門外漢であるにも拘わらず第一航空艦隊司令長官に就任してしまった南雲忠一を対比させ、日本海軍の人事制度の欠陥を批判する作りとなっています。尚、平成23年のテレビアニメ『神様のメモ帳』第3話「僕が二人にできること」で登場人物の大学生・向井均(声・宮田幸季)が小沢を尊敬しているのが興味深いところです。

さて、上記の映画は山本五十六の視点から日独伊三国同盟締結に至る過程は描かれているものの、太平洋戦争開戦に至る過程が描かれているとは言い難い。もっと俯瞰的に開戦過程を描いた映画として、昭和45年の『激動の昭和史 軍閥』があります。ポスターのキャッチコピーは「巨大な組織が育てた一人の独裁者…その野望と狂気が日本を戦争にかり立てた!」、VHSのキャッチコピーは「あの大戦を起こしたのは一体何だったのか!?」この映画では、基本的に以下の4つの組織を軸にして物語が展開します。

☆陸軍省・・・陸軍大臣・東條英機(演・小林桂樹)、軍務局長・武藤章(演・垂水悟郎)、軍務課長・佐藤賢了(演・中谷一郎)

☆参謀本部・・・参謀総長・杉山元(演・石山健二郎)、参謀次長・塚田攻(演・玉川伊佐男)、作戦部長・田中新一(演・藤岡重慶)

☆海軍省・・・海軍大臣・及川古志郎(演・北龍二)、同・嶋田繁太郎(演・細川俊夫)、軍務局長・岡敬純(演・土屋嘉男)

☆軍令部・・・軍令部総長・永野修身(演・藤田進)、軍令部次長・伊藤整一(演・田島義文)、第1部長・福留繁(演・緒方燐作)、第1課長・富岡定俊(演・平田昭彦)

これらの登場人物の中で、対米強硬派としてエキセントリックな姿を披露していたのが、小林桂樹演じる東條英機でありました。この映画において東條は近衞内閣の陸相時代から、首相就任後に至るまで一貫して主戦論者となっています(実際に東條がいかなる人物だったかはまた別問題)。映画のラストの1箇所手前では、首相を退いた後の東條が昭和20年の時点で昭和天皇に徹底抗戦を訴え、原子爆弾投下の記録映像がラストシーンとなっています。
どうも昭和の日本映画は、戦争の責任を陸軍軍人に押し付けていた節があります。これに対して、全く異なる角度から太平洋戦争開戦過程を描いたのが平成20年のテレビドラマ『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機』です。配役を『激動の昭和史 軍閥』と比較されたい。

☆陸軍省・・・陸軍大臣・東條英機(演・ビートたけし)、軍務局長・武藤章(演・高橋克実)、軍務課長・佐藤賢了(演・木村祐一)、軍務課員・石井秋穂(演・阿部寛)

☆参謀本部・・・参謀総長・杉山元(演・平野忠彦)、参謀次長・塚田攻(演・目黒祐樹)、作戦部長・田中新一(演・大島宇三郎)

☆海軍省・・・海軍大臣・嶋田繁太郎(演・伊武雅刀)、前海軍大臣・及川古志郎(黒沢年雄)、軍務局長・岡敬純(演・山本龍二)

☆軍令部・・・軍令部総長・永野修身(演・六平直政)

このドラマでは、首相に就任した東條英機(演・ビートたけし)は、近衞内閣の陸相時代の主戦論者ぶりとは打って変わって、陸軍省軍務課員・石井秋穂(演・阿部寛)と共に対米戦回避のために尽力します。東條は参謀総長・杉山元について「杉山総長は便所の扉だ」と指摘。押しても引いても開く、即ち他人の意見に惑わされる人物という意味です。東條は杉山を非戦論に導くことを模索しますが、東條首相の足を引っ張って対米強硬路線を採ったのが、杉山率いる参謀本部でありました。更に海軍大臣・嶋田繁太郎も、予算と物資を手に入れるために対米開戦に同意してしまいます。この海軍の態度は、国益より省益を重んじるという、官僚的セクショナリズムの表れと言えます。海軍が対米開戦を積極的に推し進める様子をここまで明確に描いた作品も珍しい。一方、マスコミが対米開戦を煽って輿論を誘導したことにも触れていました。陸軍軍人ばかり悪者扱いした昭和の映画と比べて、『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機』はバランスのとれた作品だったと言えます。
ところで、山本五十六は太平洋戦争中盤で戦死したので太平洋戦争後半を描いた映画には登場しませんが、米内光政は、各種映画(例えば『激動の昭和史 軍閥』や昭和49年の『あゝ決戦航空隊』)における太平洋戦争後半の場面にも登場します。そして、山本死後を描いた映画において、最も米内に出番が与えられる場面こそ、昭和20年夏のポツダム宣言受諾の場面であります。そして、ポツダム宣言受諾をテーマにした映画として挙げられるのが、昭和29年の『日本敗れず』と昭和42年の『日本のいちばん長い日』であります。
時の内閣総理大臣は鈴木貫太郎。現在ではNHK大河ドラマ『坂の上の雲』に登場した海軍軍人としても知られています。私が12月5日にアップロードした記事「NHK大河ドラマ『坂の上の雲』ゆかりの土地を訪ねる」の中で、千葉県野田市関宿町にある鈴木邸を紹介したことを覚えておいでの読者がいらっしゃれば有難いことです。
詳細な説明をすることは本稿の目的ではないので簡単に記しますが、最高戦争指導会議メンバーのうち、ポツダム宣言の速やかな受諾を目指したのが鈴木首相、東郷茂徳外相、米内海相であり、強硬な意見を唱えたのが阿南惟幾陸相、梅津美治郎参謀総長、豊田副武軍令部総長でした。最高戦争指導会議メンバー以外でポツダム宣言受諾に反対したのが『あゝ決戦航空隊』の主人公・大西瀧治郎であり、『あゝ決戦航空隊』『日本のいちばん長い日』では大西が特攻作戦を用いることで戦争を継続するべきだと主張する場面が登場、『日本敗れず』でも特攻という単語は使っていないものの特攻を念頭に置いたニュアンスで戦争継続を主張しています。

『日本敗れず』『日本のいちばん長い日』のストーリーの中心は阿南陸相と米内海相の激論ですが、阿南は鈴木首相と連携してポツダム宣伝受諾を実現したという説もあります。その理由は以下の通り。

その1、鈴木が侍従長だった時、阿南は侍従武官だった点。

その2、もし阿南が本当にポツダム宣言受諾に反対だったのなら、陸相を辞任すれば軍部大臣現役武官制を理由に鈴木内閣を葬り去ることができたにも拘わらず、辞任せずに終戦の詔勅に署名している点。この辺りは『日本敗れず』でも『日本のいちばん長い日』でも描かれています。

その3、ポツダム宣言受諾に反対する陸軍将校に対し、「わが屍を越えてゆけ」と訓示した点。これは即ち、どうしてもポツダム宣言受諾に反対するなら自分を殺してから反対せよという意味です。この場面は『日本敗れず』でも『日本のいちばん長い日』でも描かれています。

その4、ポツダム宣言受諾が決定した後、鈴木に挨拶しに訪れている点。この場面も『日本敗れず』『日本のいちばん長い日』で描かれています。

但し、阿南は8月15日未明に自決してしまったため、真相は不明です。

という訳で、日独伊三国同盟締結から太平洋戦争終戦まで、映画・テレビドラマで振り返ってみました。これを踏まえて、平成23年の映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の特徴を指摘しておきます。

まず1つ目は、昭和28年の『太平洋の鷲』、昭和31年の『軍神山本元帥と連合艦隊』、昭和43年の『連合艦隊司令長官 山本五十六』という3本の映画と同じストーリーであるという点です。即ち、山本五十六が米内光政と共に日独伊三国同盟に反対する姿を描きつつ(しかし山本が現場の指揮官であったことから対米開戦決定過程は描かない)、その後は真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ソロモン海域での戦いを描いているということです。話の流れとして山本と米内に好意的な描き方になります。平成23年の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の場合、原作者・半藤一利の出身校が山本の出身校である新潟県立長岡高校(旧制長岡中学)であること、製作委員会に新潟日報社、新潟総合テレビ、テレビ新潟、新潟放送、新潟テレビ21が出資していることから、山本に好意的な作りになっているのは自然な流れでしょう(但し半藤は著書『山本五十六』(平成19年、平凡社発行)で山本の行動の一部を批判しているが)。

2つ目は昭和35年の『太平洋の嵐』等、過去の各種映画と同じく山口多聞が好意的に描かれている点。

3つ目はマスコミが中心人物として位置付けられている点。太平洋戦争時の軍人を中心にした映画・テレビドラマで、マスコミも中心の1つとして描かれた作品といえば、昭和45年の映画『激動の昭和史 軍閥』と平成20年のテレビドラマ『あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機』があります。これら2本も、平成23年の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』も、マスコミが戦争を煽ったと描いている点が共通しています。同時に『激動の昭和史 軍閥』『聯合艦隊司令長官 山本五十六』では戦争報道の在り方に疑問を持つ新聞記者も描かれています。

最後に、山本が少ない護衛で前線視察に出る場面について指摘しておきます。平成23年の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』で山本は「五十六の顔を見て喜んでもらえる。ありがたいことだ」、昭和31年の『軍神山本元帥と連合艦隊』で山本は「みんな疲れてるから休ませろ」、昭和43年の『連合艦隊司令長官 山本五十六』で山本は「こっそり行って驚かせる。山本が来たよって」、昭和56年の『連合艦隊』で山本は「自分だけ護衛を付けるのは申し訳ない」と語っていました・・・。
こうして見ると平成23年の『聯合艦隊司令長官 山本五十六』は過去の映画の焼き直しの要素が殆どであって、目新しい要素といえば、軍事から離れた山本の人間的場面、家庭的場面のみです。しかし映画のパンフレットで主演の役所広司はとてもいいことを言っているので引用します。
「太平洋戦争を描いた映画というのはこれまでにもたくさん撮られています。そこには、この太平洋戦争があった時代を誰もが忘れることなく、戦争について考えるために、繰り返し作っていかなければいけないという大きな意味があるように思います。この2011年に映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』が作られた意味もそこにあると感じています。」
たとえ過去の映画の焼き直しであっても、映画が制作されることに意味があるのです。

以上で山本五十六の話は終わりです。
私はこれまで、歴史上の出来事を描いた映像作品を紹介する記事をアップロードしてまいりました。
2010年8月16日には紫電改と空母赤城を取り上げた「【新作アニメ捜査網】終戦記念日特別企画 ストライクウィッチーズ2
2010年9月29日には1980年代を中心に関東大震災からバブル景気までを取り上げた「【新作アニメ捜査網】『うみねこのなく頃に』が見た近代日本
2011年4月14日には戦艦大和を取り上げた「【新作アニメ捜査網】特別企画 戦艦大和の沈没
2011年11月7日には戦国時代から天保時代までを取り上げた「【新作アニメ捜査網】『天保異聞妖奇士』から『魔乳秘剣帖』まで 時代劇アニメ大全
2011年11月14日には1860年代から1930年代までを取り上げた「【新作アニメ捜査網】劇場版『鋼の錬金術師』から『異国迷路のクロワーゼ』まで 近現代史アニメ大全
をアップロードしました。この度、日独伊三国同盟締結から太平洋戦争終戦までを取り上げたことで、曲がりなりにも戦国時代からバブル景気までを描いた映像作品を取り上げることができたことは、私にとって欣快とするものであります。今までお付き合いくださり、ありがとうございました。

※本稿は映像作品の中で描かれた歴史上の事件を解説するもので、史実を論評するものではないことをご理解戴ければ幸いです。
※聯合艦隊司令長官 山本五十六 ・ 写真出典:国立国会図書館ウェブサイト

(文:コートク)