皆さん、ご機嫌いかがですか。コートクです。今回は、現在公開中の映画『イヴの時間』をご紹介したいと思います。
この映画の舞台は未来。そこでは、人間型ロボット(アンドロイド)がお手伝いさんとして普及しています。劇中世界では、アンドロイドに対して人間と同じように親愛の情を示す、アンドロイド精神依存症という状態に陥った者(通称・ドリ系)がいる一方で、アンドロイドをぞんざいに扱う者や、ドリ系に嫌悪感を示す者もいました。中でも倫理委員会という団体は、アンドロイドに対して差別的とも言えるほど厳しい姿勢を表す団体です。

本作は、そのような世界を舞台にして、人間模様とアンドロイド模様を描いた作品となっています。

物語は特に、作品の題名にもなっている喫茶店“イヴの時間”を中心にして進みます。
劇中世界では、ロボット法という法律に基づき、アンドロイドは頭上に輪っかを掲げなければならないことになっていました。それがないと、外見だけでは人間とアンドロイドの区別がつかないからです。しかし喫茶店“イヴの時間”は、人間とアンドロイドを区別しないという、法的にまずいポリシーを掲げており、店内ではアンドロイドの客が輪っかを掲げないことにしています。これにより、アンドロイドを道具として白い目で見る風潮がある外部の世界と、恰も人間とアンドロイドが対等な関係として共存しているかのような店内という2つの場所の特徴が際立つことになります。

余談ですが、手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』(1952年)には、ロボット達が人権を主張して運動する場面がありました。喫茶店“イヴの時間”の方針も、ロボットに人権を認めるものと言えるかもしれません。

本作に登場するアンドロイドは、外見のみならず感情の機微までも人間とそっくりです。
石ノ森章太郎の萬画『ロボット刑事』(1973年)に登場したロボット・KやOVA『luv wave』(2000年)に登場したロボット・アリス(声・木村圭子)は人間の感情の機微を理解できないことがあったけれども、本作に登場するアンドロイドは人間の感情の機微を理解しているようです。

劇中のアンドロイドは有名なロボット三原則に基づいて行動しますが、この原則には「ロボットは嘘をついてはならない」とか「ロボットは隠し事をしてはならない」といった項目がないため、劇中のアンドロイドは主人に心配をかけさせまいとした時に隠し事をして嘘をついたりします。
2009年のテレビアニメ『そらのおとしもの』第11話で、主人公の少年・桜井智樹(声・保志総一朗)がロボットであるイカロス(声・早見沙織)に「人間なら隠し事の1つや2つあるだろ」と励ましていたことを鑑みれば、『イヴの時間』に登場するアンドロイドはかなり人間に近い存在だと言っていいでしょう。

話しは脱線しますが、私は少年時代から、人間とロボットの関係に大いに関心がありました。
學習院大学時代、早稻田大学芸術学校で教授を務めている画家の方と、たまたま早稻田大学のレストラン・楠亭で食事をご一緒させて戴く機会があったのですが、その際、幸せにもこの方にロボットに対する自分の思いを聞いていただいたのです。
後にこの方が挿絵をお描きになった『ワボットのほん』というロボットに関する本を戴くことになるのですが、幼少の頃からのそうした想いを誰かに聞いてもらえる。
そうした機会を得られた事が今こうして原稿を執筆しながら何故かふと思い出されてしまいました。

さて、話しは戻りますが、この『イヴの時間』。私の観点から見ると、登場するアンドロイド精神依存症はよく理解できるし、お手伝いさんであるアンドロイドを道具扱いして冷たく接する連中は酷い奴らに見えます。実は私は、将来、人間とロボットとの間に友情、或いは愛情が芽生えることも夢ではないと考えています。
こんなことを言うと、「この文章を書いた奴は現実世界の女性と接点がないから夢みたいなことをほざいているんだ」と言われそうですが。アニメ映画『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』(1980年)には人間の男性がロボットの女性に愛の告白をする場面が、テレビアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(1982年)第33話には人間の男性とロボットの女性が駆け落ちする場面が、前述の『ロボット刑事』にはKが人間の女性に好意を抱く場面が、前述の『luv wave』には人間の男性である諜報部員・薫(声・檜山修之)とアリスが愛し合う場面が描かれました。またもっと露骨な作品では、OVA『ぶっとび!!CPU』(1997年)や漫画『ユリア100式』(2005年)もあります。

ただ現実問題、人間とロボットの恋愛関係の実現には、もっと人間に近いロボットの誕生を待たねばなりませんね。

ちなみに、昨年3月、茨城県つくば市にある産業技術総合研究所が、人間の女性を模したアンドロイドを開発したという話題がありました。
ホンダのアシモや、ソニーのアイボ等もある通り、現実のロボット開発技術は目覚ましい進化をみせています。ロボットの外見に関しては今後、より一層人間に近いものが開発されることでしょう。

しかし問題は心です。心を持ったロボットが現れなければ、人間とロボットの恋愛は成り立ちません。実際にロボットが心を持つことが可能なのか?科学技術の素人である私には想像もつきません。とは言うものの日本人のメンタリティには、『鉄腕アトム』や『ドラえもん』といった漫画・アニメ・特撮作品が普及することによって、「人間とロボットが友達のように親しく振る舞う」という世界観が染み込んでいる。そういった世界観が当たり前のものとなっている日本人のことだから、心を持ったロボットを開発しようとする人、或いは本当に開発してしまう人がいてもおかしくはないと思います。

数年前、讀賣新聞上で日本を代表するSF小説家が人間とロボットの恋愛について否定的な意見を主張していましたが、私の考えでは、心を持ったロボットが誕生する時こそ、人間とロボットの恋愛が実現する時だと思います。

最後にもう1つだけ、指摘しておきたい点があります。
前述のOVA『luv wave』のラストでは、諜報部員・薫が、世界征服を狙うコンピュータウィルスに侵されたアリスを射殺し、自身もまたアリスと共に死を選びます。コンピュータネットワーク上に流された情報は完全に回収することが不可能であり、永遠にネットワーク上に存在し続けると言いますが、『luv wave』においてもアリスの死後、薫と過ごしたアリスの記憶がネットワーク上を流れ、永遠に存在し続けることとなりました。

しかしこの作品の秀逸な点は、アリスの記憶が、コンピュータネットワークの特性によってネットワーク上に存在し続けるのではない、とした点です。
ラストのナレーションは次のように語ります。「人の想いは永遠なのだから。」この作品は、それまでコンピュータやロボットなど“機械的なもの”を題材にしながらも、ラストにおいてはナレーターがアリスを1人の人間として尊重し、“人の想い”というコンピュータ上の情報とは対極に位置するロマンチックな要素を持ち出し、幕を閉じたのでありました。
更に前述のテレビアニメ『そらのおとしもの』でも智樹がイカロスを1人の人間として尊重していました。翻って『イヴの時間』はどうであったか。
『イヴの時間』では、アンドロイドを物扱いして思いやりのかけらもないような振る舞いをする輩がいたし、アンドロイドは人間と同じように振る舞うことを許されなかった。『イヴの時間』に登場するアンドロイドは、感情豊かに喋ることが可能であるにも拘わらず、無機的に喋り、感情を表に出しません。
しかし喫茶店“イヴの時間”の店内では感情を表わし、人間と同じように喋るのでした。『イヴの時間』に登場するアンドロイドが、人間と同じように感情豊かに振る舞わないのは、技術的理由ではなく、ロボットを道具と見なす人間の眼差しや法律といった社会的理由があるからなのです。そしてアンドロイド達は、喫茶店“イヴの時間”の中でのみ、そういった束縛から逃れ、ありのままの自分をさらけ出すことができるのでしょう。そう考えると、人間と、人間そっくりなロボットの共存の実現というのは、単に科学技術のみの話ではなく、人間がロボットとどう向き合うかという、人間の心構えの問題でもあるのではないでしょうか。

※石ノ森章太郎氏は自分の漫画を「萬画」と表現していたため、本文中ではあえて石ノ森章太郎の作品のみ「萬画」と呼んでいます。

■ライター紹介
【コートク】
戦前の映画から現在のアニメまで喰いつく、映像雑食性の一般市民です。本連載の目的は、現在放送中の深夜アニメを中心に、当該番組の優れた点を見つけ出して顕彰しようというものです。読者の皆さんと一緒に、アニメ界を盛り上げる一助となっていきたいと考えています。宜しくお願いします。