毎週水曜連載の『うちの本棚』、第六回目となる今回は、辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』をご紹介。
この『劇画漂流』という作品は、ひと言で言ってしまえば、これは辰巳ヨシヒロの自伝作品である。が、同時に漫画史における劇画誕生の記録であり、大阪を中心とした貸本マンガ史とも言える。

それまで子供が読むものとして「漫画」という呼称でひとくくりにされていた自分の作品を、青年層が好んで手を延ばすような内容や表現であることから、自ら「劇画」と呼ぶことにして活動していた辰巳ヨシヒロと、彼の考えに同調して集まった仲間たちによる「劇画工房」については、たとえば佐藤まさあきの自伝『「劇画」の星をめざして』や辰巳の実兄・桜井昌一の『僕は劇画の仕掛け人だった』等でも知ることは出来るが、その中心にいた辰巳の証言という意味で本作は意味があるだろう。
また、劇画発祥の舞台となった貸本マンガについてはあまり資料がなく、その意味においても貴重な作品といえる。

正直なところ辰巳ヨシヒロの作品はあまり読んでいない。小学館文庫(旧)で出た『鳥葬』を、刊行からだいぶ経ってから読んだのが最初だし、貸本時代の作品となると青林工藝社でから復刻された『大発掘』や『大発見』などに収録されたものくらいだ。またその他の作品というと秋田書店から出た『乾いた季節』といったところか。

個人的な印象で言うと、さいとう・たかをなどの劇画作品よりも漫画的な感じを受けた。理由としてはさいとう・たかをなどの作品よりもキャラクターが漫画チックというのがあるかもしれない。が、この『劇画漂流』でも語られているように、自らの作品を「劇画」と呼ぶのは絵的なリアルさということではなく、作品のテーマや演出面での、それまでの「漫画」とは違った表現を追求した結果なのである。

「劇画」が貸本マンガから育ってきたというのには理由があると思う。ひとつには雑誌に発表される作品より編集者の作品の内容に関する締めつけが緩かったことがあるだろう。ひと言でいえば雑誌よりも自由に作品が描けたということだ。本作中、新しい表現を模索していく姿が描かれているが、ライバルともいえる同業漫画家の作品に刺激されたりしながらも、その過程で作品や表現について意見を闘わせるのは主に兄とであり、編集者と作品について語ったり論じ合ったりしているシーンが見られないのも、当時の貸本出版社がそれほど内容にこだわっていなかったことをうかがわせる。

あとがきや解説を読むと掲載誌側の事情で連載が終了したとのこと。作品として終わっていないということではないが、実質未完といえなくもない。「劇画工房」から離れ、「劇画」というものに熱意を失くした主人公が、またその熱意を取り戻すところで終了しているが、その後の貸本マンガの終焉、青年マンガ雑誌の誕生あたりまで続いてくれるとさらに漫画史的に興味深い資料となったのではないかと残念ではある。

初出:まんだらけマンガ目録8号(1995年3月)~まんだらけZENBU33号(2006年12月)
書誌:青林工藝社・上下巻