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いくつ覚えてる?昭和~平成初期の同人誌事情

 100回目のコミックマーケット(コミケ)が終わり、時代の節目を迎えた同人誌の世界。久々に復帰したところ、まるで異世界にいるような様変わりぶりに驚いたというnote記事も話題になりました。

 ここで少し、筆者が同人誌に関わるようになった昭和の終わりから平成初期にかけての同人誌文化を振り返ってみましょう。今では見られなくなったものがいろいろあります。

  •  今から30~40年前となる、昭和の終わりから平成の初め。当時はつけペンを使ったアナログ作画が全盛で、ほかにも色々と手作り感のある手法が多くありました。

    ■ 原稿は基本アナログで手作り

    ・原稿用紙かケント紙か

     漫画の作画に使う紙は、1980年代に専用の「原稿用紙」が商品化され、各メーカーから発売されました。それまでは110kg~135kgくらいの厚みを持つケント紙を使い、自分で枠までの余裕を設定しながら作画に使っていました。

     原稿用紙はマクソン、アイシー(IC)が先行し、さらにデリーターなどが加わり、それぞれ紙の厚みや枠などガイドの使い心地、ペン先との相性を考慮して選択していました。最初は通常のストーリー漫画を前提とした汎用の原稿用紙ばかりでしたが、のちに4コマ専用の原稿用紙も商品化されています。

    ・枠線はカラス口かロットリング

     もちろん、枠線も自分の手で引くしかありません。それに使われるのが「カラス口」や「ロットリング」。カラス口はネジで自在に線の太さを変えられ、つけペンと同じようにインクや墨汁をつけながら線を引く形で、使いこなすのにちょっとコツが必要でした。

     カラス口よりも高価ながら、誰でも一定の太さの線が引けるので人気だったのが「ロットリング」。ドイツのロットリング社が作った製図用のペンです。万年筆と同じように、インク補充式の「イソグラフ」、カートリッジ式の「ラピッドグラフ」の2種類のうち、どちらかを選ぶという感じでした。

    ・墨汁か製図用インクか?

     つけペンのアナログ原稿で、作画に使われるのは墨汁か製図用インクが主流。のちに画材メーカーから漫画作画用のインクも発売されました。

     表紙などのカラー原稿では、水彩絵の具を使っても線が流れにくい証券用インク。または柔らかい印象の線が描けるブラウン系のカラーインク(ウインザー&ニュートンが主)を愛用する人もいました。

    ・ペン先とペン軸はこだわりどころ

     ペン入れする時のペン先とペン軸は、それぞれ使いやすい相性の良いものを組み合わせて使っていました。同じGペンでもメーカー(ゼブラ、日光、タチカワなど)によってペン先の柔らかさが違い、描き味も異なります。

     また、Gペン以外にも丸ペン、かぶら(さじ)ペン、スクールペンに、日光やタチカワにある日本字ペンとペン先の種類がいろいろあり、自分の筆圧などを考慮し、好みの描き味を探していくのも醍醐味のひとつでした。ペン先には錆止め用の油が塗布されており、そのままだとインクをはじくので、使い初めに油を飛ばす儀式もありましたね。

     ペン軸は直接手に触れるところなので、太さや長さ、バランスなど、こだわる要素の多い道具。市販されているペン軸も多種多様ですが、それだけでなく持つ部分の断面を削ったり、長く伸びたお尻の方をカットしてバランスを整えたり、いろいろ調整する人もいました。

    ・指示書きは水色の色鉛筆で

     ベタ(黒の塗りつぶし)やトーンなどの指示や目印は、水色の色鉛筆を使いました。市販の原稿用紙でも枠線などが薄い水色で印刷されていましたが、これは製版時に写りにくい色だから。

     オフセット印刷の製版で使うマスター版は、赤い光の感度が高く、青い方の感度が低いという特徴があります。このため、薄い水色が写らない色として使われるのですが、濃さによってはトーンをかけた時、写ってしまうということもありました。

    ・バラエティが増えていったトーン

     トーンは、様々なパターンが印刷された粘着性のフィルム。元々はイギリスのレトラセット社から発売されている商品名「スクリーントーン」の略称だったのですが、他社から発売された類似の商品も「〇〇トーン」と命名されたこともあり、すっかり一般名詞化しました。

     本家「スクリーントーン」は価格も高く(1980年代末で1枚800円)、しかも基本的な網点(網トーン)や線のパターンがほとんどだったので、安価な国内メーカーのトーンが多く使われました。初期にはICやマクソン(1980年代末で1枚400円程度)、少し時代がくだってデリーター(発売開始当初は1枚250円)などのトーンが加わり、変わった柄のパターンも充実していきました。

    ・ノンブルは手書きかインレタ

     原稿が何ページ目かを示すノンブル。デジタル作画やDTPソフトでは自動的に振ってくれますが、アナログ作画では自分で表記する必要があります。初期は手書きで対応する人も多かったのですが、画材メーカーからノンブル用の転写文字「インスタントレタリング(インレタ)」が発売されるようになり、だいぶ楽になりました。

    ・個人情報が記されていた奥付

     一般の書籍と同じく、発行者などの情報を記載する奥付。これは連絡先を明記する上でつけることが推奨されていましたが、当時SNSアカウントなどは存在しません。必然的に自宅住所を書くケースが多かったのですが、人気作家ではストーカー被害に遭う例もあり、私書箱を連絡先にしている場合もありました。

    ・表紙はスミ(黒)1色か多色刷り

     現在はデジタルデータから直接製版できるので、フルカラーの表紙が当たり前になっていますが、昭和の末~平成初期の当時、フルカラーの表紙は「大手がするもの」でした。印刷部数も最低数百部からと敷居が高く、その分印刷代も高価だったのです。

     また、当時はフルカラー印刷もインクの特性上色が沈みがちで、キャラクターの肌を綺麗に見せるため「特色」として蛍光ピンクを入れた「5色フルカラー(通常はCMYKの4色)」といった手法もありました。印刷屋さんも、同人誌の印刷を通じて技術を向上させていったといいます。

     フルカラーの表紙が無理、という場合に使われたのが「多色刷り」という手法。色インクの版を複数組み合わせ、華やかな印象の表紙を実現するもので、3色、もしくは4色の版分けが主流でした。

     多色刷り用の表紙原稿は、色ごとに分けて描かなくてはなりません。このため、下から照明で紙を透かせる「トレス台」が必要で、版ズレが起きても影響が少ないよう、ある程度のマージンも考慮して作画していたものです。

    ・レインボーカラーの便せん

     グッズは現在クリアファイルがお手軽なものとして多く見かけますが、手紙が同人コミュニケーションの主流だった昭和の末~平成初期では、便せんがメジャーでした。これも同人誌以上にフルカラーというわけにはいかず、インク単色で印刷されるのが基本。

     その中で、少しでも華やかなものを作りたい……という要望にこたえて誕生したのが「レインボーカラー(グラデーションカラー)」と呼ばれるもの。1つの版に複数色のインクを帯状に配置し、印刷することで様々な色を使った華やかな印刷を可能にするテクニックでした。

    ■ イベントや通販の文化

    ・サークルカットにあった連絡先欄

     コミケをはじめとした同人誌即売会のカタログに掲載されるサークルカット。ここにはサークルの概要を記したイラストなどの情報以外にも、通販や問い合わせの連絡先住所も記載できるようになっていました。コミケのサークルカット用紙にも、長年「〒」マークが印刷されていたものです。

     現在は通販もBOOTHなどオンラインサービスがありますが、当時はサークル代表者の元へ直接連絡して行っていました。そのため、どうしても連絡先を記載する必要があったのです。

    ・通販代金は定額小為替で

     現在は多くの決済代行サービスがあるので便利ですが、昭和の末~平成初期では代行業者もなく、サークル代表者個人がすべての通販業務を担当していました。このため、代金の受け渡しも直接郵送で行うのが当たり前でした(一部の大手サークルは郵便振替に対応)。

     現金を郵送する現金書留もありますが、料金が割高な上「書留」なので、受領印が必要な直接の受け渡しに限られます。これをもっと簡便にする手法が「定額小為替」というもの。

     定額小為替は為替(支払いを依頼した証書)の一種で、10円や100円といった定額・少額の支払いに適応したもの。これにより現金を直接送ることなく、為替を受け取った側は郵便局に行って手続きすれば現金を手にすることができます。

     通販を依頼する側はサークル代表者に、同人誌の頒価プラス送料を定額小為替を組み合わせ、通常の封書で郵送します。この際、送り先の書き間違いを防ぐ目的もあり、自分の「宛名シール(宛名カード)」を同封するのがマナーとされていました。

     サークル代表者は注文のあった同人誌を封筒に入れ(この際、雨での水濡れを防ぐためにビニール袋に入れるケースも)、同封されていた宛名シールを貼って郵送。注文して届くまで約1週間、相手が多忙な場合さらにかかりましたから、今から考えるとのんびりしていたといえるかもしれません。

    ・即売会のサークル参加費も定額小為替

     今は同人誌即売会にサークル参加する際、クレジットカードや郵便振替などで参加費を支払っていますが、昭和の末では最大のコミケですら「定額小為替」で参加費を支払っていました。

     例として、昭和として最後の開催となった昭和63年(1988年)夏の「コミックマーケット34(晴海・東京国際見本市会場)」では、サークル参加費4000円を定額小為替にし、サークル参加申込書、短冊、マンガレポートを返送用封筒と一緒に郵送して申し込んでいました。

     この当時で参加サークルが9200、申込サークル数はそれ以上ですから、準備会には1万枚以上の定額小為替が集まっていたのです。その都度為替の支払いを受けていたわけですから、今では考えられないような手続きがあったんですね。

     ざっと筆者がコミケに参加し始めた当時を思い出してみましたが、印刷屋さんで最後の原稿を仕上げたり、18禁サークルさんの原稿修正を手伝ったりと、今となっては二度とないようなことも経験しました。昭和から平成、令和と時代も変わり、文字通り隔世の感ですね。

     それでも同人誌文化が続く限り、まだまだ変化は続くのでしょう。順調なら25年後の2047年となる「コミックマーケット150」が開催される頃、会場や同人誌、同人グッズはどうなっているのか、想像するのも楽しそうです。

    <参考>
    コミックマーケット公式サイト「コミックマーケット年表

    (咲村珠樹)

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