最近は好きな俳優さんなどの事を「推し」と表現する事も多くなりました。「自分のイチオシ」が語源の様ですが、アイドルグループなどのファンである中でも特に好きなメンバーの事を「推し」という様です。そんな「推し」に会えるのは「奇跡」レベルと、ネット上で話題になりました。

 推しに会えるという事は
・同じ次元に生きている
・同じ時代に生きている
・推しのスケジュールが合う
・推しがイベントに来る
・推しの健康状態が良い
・私のスケジュールが合う
・私の健康状態が良い
・チケットが取れる
全てが揃うのは奇跡のレベル。推しに会えるのは奇跡…当たり前じゃないんだ

 と、その条件をツイッターに列挙しているのは、ネットユーザーのKUSUさん。今じゃSNSなどでアーティストなどパフォーマンスを披露する側と、そこに魅力を見出してファンになる側との距離が昔よりもかなり縮まっていると感じられますが、それでも、そもそも自分が生きている間に「推し」が活動していなければ、「推し」と出会う事すら叶わない訳です。極端な例でいうと、歴史クラスタの「推し天皇」がそう。憧れの天皇が平安時代や古墳時代だった場合には、その頃を史実で知る事ができても、実際に会いに行ったり、交流する事すら叶わない訳なのです。とはいえ、時代が同じでもそう簡単には会えなさそうですが……。

 ちなみにこのツイートに対しては「そもそも推しに出会えたこと自体が奇跡すぎる…」「その通りだと思う」などといった共感が続々とリプライに。

 筆者は、ファミコン音楽、ゲーム音楽好きから、チップチューンという音楽ジャンルにはまっている訳ですが、切っ掛けは子どものために買った太鼓のゲーム。その中にオリジナルですごく自分の琴線に触れた曲があり、SNSがまだ今ほど発達していなかった10年以上前に検索を駆使してやっとの事でたどり着いたのが、YMCKというチップチューンユニット。今では当たり前のようにメンバーの皆さんにリプライを送ったり、交流できたりしている訳ですが、このツイートを読んで、「確かに奇跡!同じ年代に、同じものが好きで、そして活動をしてくれている」と、深く共感したのでした。

 先日も15周年の記念単独ライブに娘と一緒に名古屋から東京へ往復高速バスの強行軍で行ってきた訳ですが、自分の体調、娘の体調が悪ければそこでお終いだし、SNSでチケットの情報を見て取れたとしても、遠征に付き物の金銭面での問題も発生してしまえばチケットすら取れない。主に首都圏で活動しているユニットだから、こちらから会いに行くしかないのです。ライブの情報を見ては何度「行きたいけど行けない」状態に唇を噛みしめた事か……。

 直接個人間でやり取りできるSNSなどの情報化社会はいい側面も悪い側面も両方併せ持っていると感じていますが、ヘイトスピーチや中傷・罵倒などには目を向けず、自分が楽しい方向に、有益な方向に利用するのが一番なのかな、と個人的に思います。

 そして、今この時代に、同じ好きを共有できる人たちと、好きの対象を共有できる事、そして「推し」に会いに行ける、好きでいられる奇跡を噛みしめられたら、と思います。

<記事化協力>
KUSUさん(@_KUSU_design)

(梓川みいな)