普段生活の中で小包や宅配便を利用することがあります。ネットオークションやフリマサイトで不用品を処分してる方は、新しい持ち主に送るため、破損したりしないよう、丁寧に梱包しているんじゃないかと思います。しかし、これほど厳重に梱包することはないでしょう……海外から食品の輸入・販売を手がける商社、三幸貿易株式会社(本社:東京都中央区)の公式Twitterアカウントが紹介した、「ある食品」を航空便で輸入した際の梱包にネットがざわついています。

 輸送用のパレットに固定された、頑丈そうな木組みの箱。天地無用などの取り扱い表記の中に、ひときわ目立つ「危」の文字。え?危険物?輸入食品の会社ですよね?

 一緒に添えられた中身の写真は、青いプラスチック容器にいっぱい入った黄色と赤の鮮やかなデザインが目を引く缶詰。オオカミのイラストは、ブランドのマークでしょうか。で、赤い下半分のところに書いてある文字を読んでみると……。

 しゅーるすとれみんぐ。

 あっ(察し)。

 「世界一臭い缶詰」として有名で、好事家の間では(臭いは別として)非常に美味だと評判のシュールストレミング(ニシンの塩漬け)。確かに、これが飛行機の気圧変化で缶が変形し、中身が出てしまうと大惨事です。

 普段飛行機に乗っていると気付きにくいのですが、高度1万メートル付近を飛んでいるジェット機は、機内が与圧されているといっても地上よりは低い気圧になっています。密封された袋詰めのお菓子は膨らみますし、液体インクの入った筆ペンなどはインクが先端から漏れてしまいます。筆者の友人は画材を持って飛行機に乗る際、必ず筆ペンやカラーマーカーを袋に入れて密封し、インクが漏れてカバンの中身(衣類など)を汚さないよう対策を怠りません。

 ペンのインクでもそうなんですから、ものがシュールストレミングでは……。ちなみに輸送の際、取り扱いに注意を要する物品に関しては、国連番号(UN No.)という分類番号が割り振られており、シュールストレミングの場合は航空規制液体(他に品名が明示されていないもの)を表す「3334」。

 ほかの国連番号を見てみると、0004はピクリン酸アンモニウム(D爆薬)、0005~0007は砲用完成弾(さく薬付きのもの)、0009と0010は焼い弾(さく薬筒、放出薬又は発射薬付きのものを含む)、0020と0021は毒ガス弾(さく薬筒、放出薬又は発射薬付きのものを含む)、0033〜0035は爆弾(さく薬付きのもの)0154はピクリン酸(下瀬爆薬/メリニット)。シュールストレミングに近い3000番台では、3331が特別措置により運送される放射性輸送物(核分裂性輸送物のもの)、3366はトリニトロトルエン(TNT火薬)と物騒なものが並んでいます。

 国連番号が付された取扱注意の物品は、ほかに化学薬品(一般的な蚊取り線香や殺虫スプレーに用いられるピレスロイド系殺虫剤も3349~3352に分類)などがありますが、おそらく食品が分類されるのはシュールストレミングくらいでしょう。これは、万一缶が破裂して中身が漏れてしまうと、その強力な臭気が機内に満ちて、パイロットなどに悪影響を与えるから、というのが理由です。もちろん、機内から臭いを取る作業も大変で、その間飛行機は使えず航空会社は損害を被ることになります。

 このため、国連番号3334が付された物品は、コード964という包装・積載方法が定められています。複数の容器をまとめて運ぶのであれば、ガラスまたは陶器製(内容量10リットルまで)、プラスチック製(内容量30リットルまで)、金属(内容量40リットルまで)などの容器に入れて、金属やプラスチック、木製の外装容器(これにも「容器コード」というものが付されている)に入れて梱包します。1梱包あたりの最大容量は450リットル。

 今回三幸貿易さんが写真で示した梱包の方法は、青いプラスチック製容器にシュールストレミングを入れ、黒い蓋で密封。表面には取扱注意を示す国連番号「UN3334」と、非常事態が発生した場合の連絡先を記したシールと、「MISCELLANEOUS(雑貨)」と書かれたシールを貼付。そして天然木材でできた箱(容器コード「4C1」もしくは「4C2」)に入れて、同じく国連番号「UN3334」と緊急時の連絡先、危険物を示す黄色い「危」のカードが貼られています。

黒い蓋で密封

黒い蓋で密封

 三幸貿易さんによると、シュールストレミングの輸入方法は、モノがモノだけに、毎回同じ会社が輸送を担当してくれるとは限らず、毎回変わっているとのこと。送り出し元(フォワーダ)が船会社や航空会社と交渉して、受けてくれたところを利用するという形になっているそうです。品目が「スウェーデンのニシン塩漬け」と聞いて「もしかして……」と言われることも多々。腹の探り合いになるんだとか。フォワーダの立地が輸出港、空港とも非常に遠く、そこまで陸路ではるばる輸送して、日本にやってくるそうです。輸入に携わって10年、幸いにも缶が破損するような事態は起きていないとのこと。

 ちなみにこのシュールストレミング、「世界一臭い缶詰」と言われますが、実は缶詰ではありません。缶詰は食品を缶に入れて、腐敗を防ぐために加熱殺菌したものを指します。シュールストレミングは、密封された缶の中で「嫌気性発酵」を行う「缶入り食品」というのが正しい呼び方なんです。スウェーデンでは毎年8月に「シュールストレミング祭り」というものが開かれ、その年に仕込まれたシュールストレミングが解禁されますが、この時点では仕込みから2か月ほどしか経過していない「若い」ものなんだそう。いわゆる初物、ワインのヌーボーのような「今年の出来具合」を推測するものに過ぎないそうです。

 発酵食品ですから、ある程度発酵が進んだ方がより味が深まるそうで、お話を伺った三幸貿易の担当者さんによると、5年ものを食べたところ、確かに味が深くなるとのこと。もちろん、好みなのであまり寝かせていない若いものを好む人や、しっかり寝かせた熟成もの(発酵が進むと徐々に魚の形がなくなっていく)を好む人といるそうです。発酵が進むとガスが発生しますが、その内圧に耐えられるよう、缶は通常の缶詰よりはるかに分厚い材料が使われており、しかもフタの部分につけられた凹凸が伸びて、ガスの圧力を吸収する構造になっているんだとか。

 中身(現地では600円程度だそうです)より、梱包や輸送料金の方が高くつくそうですが、個人で輸入するのはまず不可能。日本では高い「缶入り食品」ですが、これだけの苦労をして輸入されてくるんだとしたら納得です。これからはありがたさを感じて食べて……いや、やっぱりあの臭いが……(スウェーデンでは「美味しそうな匂い」だそうですが)。

<記事化協力>
三幸貿易株式会社(@SANKO_TRADING)

(咲村珠樹)