レッドブル・エアレースの記事を色々書いてきた筆者。多くのパイロットにインタビューなどをしてきましたが、どうしても判らないことがありました。それは「実際のGはどれくらいなのか」という感覚。外から見ただけでは判らない、パイロットがどれだけのGに耐えて操縦しているかということを伝えたい……と思っていたところ「では体験してみますか?」と、室屋選手のエアロバティックフライトに同乗する機会が巡ってきました……。嬉しいけど……大丈夫か自分!?

 早速、カンヌ大会を終えたばかりの室屋選手が待つ、ふくしまスカイパークへ向かい、エアロバティックフライトを体験することに……。

 まずはレッドブル・エアレース第2戦、カンヌ大会から帰国したばかりの室屋選手にインタビューしました。

  ■室屋義秀・カンヌ大会を振り返る

--第2戦、カンヌ大会についてうかがいます。シーズン前に作り上げていたエンジンカウリングを投入しましたが、感じとしてはどうですか?

 「そうですね。いいと『思います』……というのは、まだセッティングが出し切れていないという面もあるので……。少なくとも悪い方向には行っていないと思います。あれだけ大改造すると、下手すると大失敗する可能性もあるので」

--バランスを崩す可能性もありますしね。

 「ええ。一応セッティングは良かったので、(バランスが)崩れる可能性も想定はしてたんですけども、いい方に行っているので。あと千葉戦の前に詰めれば、かなりいい方向に行くんじゃないかと思います」

--カウリングの下面を見ると、慎重にエンジン冷却の空気を流すクリアランスを考えながら削ぎ落とされている、という印象を受けました。

 「そうですね。結構いろんなところを計算しながら作り込んでいますんでね」

--カウリングを絞り込んだ反面、エンジン冷却用のエアインテークは広げられました。ダクトを通じて直接シリンダー上面に空気を導く形になっていますが、下面からの排出がうまくいっているから、入り口を広げても圧力抗力(空気の渋滞)が上がらない、という感じなんでしょうか?

 「まぁ……結構難しいんですけど、入口と出口のバランスと、いかにシリンダー間を通すか、という問題で。他は入口を(小さく)絞ってるチームが多いところで、(ウチは)結構開けているので……その辺の絶妙なバランスがいいところ行ってる、って感じなんじゃないですかね。(圧力抗力も)あれで大丈夫じゃないかな、というところですね」

--エンジン冷却用のエアインテークの形についてなんですが、ポール・ボノム選手に端を発する横長の細いタイプと、室屋選手やドルダラー選手、ホール選手らの丸いタイプに二分化しています。それぞれの利点があって形が決定されていると思うのですが、室屋さんが丸型を選択している理由は?

 「うーん、エンジニアの好み、というのもあると思うんですけども、空気が入る量と出る量との差になってくるので……どっちが有利かは一概に言えないんですが、丸い方が機体の姿勢に関わらず(空気の取り入れ量が)安定しやすい、という側面があると思います。入口を絞りたければ、丸の場合は絞っていけないので、横長になっていく……という感じですかね」

--レースの話になりますが、週末を通して、普段おっしゃっている「安定性(Consistensy)」というところが出ていて、黙っていても「このくらいのタイムは」という、安定した飛行ができていたと思います。

 「そうですね。去年に比べるとタイムは全体的に落ち着いているので、上下動が少ないのでいいと思いますね。そんなに無理しないでもトップタイムに届くくらいになって来ているので、去年よりは戦いやすくなっているかな、って気はしますね」

--カンヌのトラック攻略についてなんですが、ゲート2のシケインの抜け方で、次のハイGターンへエネルギーロスなく行けるかが決まるような印象を持ったんですが、この点は?

 「うーん……説明すると難しいんですけど(苦笑)。コース全体があまりGが高くなく、ミドルGでジワーッとかかっていくコースなので、意外と加速しそうで加速しないんですけど、減速もしにくいというところもあって。速度を維持していくという感じになるので、(トラックの)前段で速度が落ちた状態で入っていくと、それがそのまま……全体のセクタータイムもずっと遅いまま推移していくという性格のトラックだったんですよ。だから、なるべく速度を維持したまま入っていくというのがポイントなんですけど、それをどこから調節していくか、っていうと、シケイン(ゲート2)の手前から調整していくという感じで。なるべく速度を残していくんだけど、G(エネルギーを失い、ブレーキとなる)をかけなきゃ曲がれないし……っていう形で、どこでどうGを使っていくか、っていうのが、今回のレースのポイントでしたね」

--あー、だからシケイン前のゲート(ゴールゲート)に行く前に、一旦外に機体を振って、シケインになるべく直線的に入ろうとしていたんですね。そこでのエネルギーロスを避けようと。

 「そうですね。最後はもうみんな判ってきたんで、そういう風になっていきましたけど。(週末の)前半、トレーニングセッションとかでは判ってなかったかもしれませんね。外に振る分距離は伸びるんで、そこでのタイムロスと、エネルギーロスと、その微妙なバランスが必要でした」

--トラックレイアウトを見た時に、バーティカルターンを行うゲート8の位置がポツンと離れていて、ちょうど外海に面して風がまともに入りそうだな……と思ったのですが、ファイナル4で室屋さんが風に押されてインコレクトレベルを喫してしまいました。

 「そうですね……当日はほとんど風はなかったんですけどね。ただあそこだけ風が入ったり入らなかったり、という感じだったんですよ。後から見れば、結構珍しい感じのコンディションでした。ファイナル4の時は、結構強く風が入ったと思います。あれだけズレるってのはね……パイロンまでほんとにこれぐらい(指を5cmくらい広げてみせる)だったんですよ。(インコレクトレベルにならないよう)10度以内のバンクだったら当たっていたと思います」

--チームマネジメントの面についておうかがいします。開幕戦でグーリアン選手が勝った際、記者会見でチームマネジメントの重要性なども語っていましたが、室屋さんはご自分のチームをどう感じてらっしゃいますか?

 「一番いいんじゃないですかね。去年チャンピオンになった、という実績も含めてですが。いいメンバーが集まっていますし、だいぶ多国籍ですけど(笑)、それを含めても、いい調和でやっていると思います。年間のプランニングもしやすいですし、新しい開発なども含めて計画的に進んでいるので。ひところに比べるとやりやすい状態にはなっていると思いますね」

--福島、カリフォルニアと合わせてヨーロッパでの拠点も整備されて、戦いやすい環境が整っている、と。

 「そうですね、マスタークラスも7年目なんで、様々なネットワークも築けましたし。どこへ行っても困らないような感じにはなっていますね」

--今シーズンは最終戦を含め、まだ開催地や日程が決まらないところがあって、流動的な面もありますが……。

 「そうですね、最後(のレース)はまた来シーズンにつながる面があるんで、そろそろ決めて欲しいんですけどね(苦笑)」

--急転直下開催が決まった、次の千葉戦についておうかがいします。千葉戦を前に、カウリングと新型のウイングチップをカンヌで投入しましたが、機体の改良はこの状態でシーズンを戦っていくという感じですか?

 「他にもいろんなプロジェクトもあるんですけども、どこで投入できるかはテスト次第ですが、今のところはカンヌのパッケージで戦っていけると思うので、一回ここで熟成させて。あとは開発の状況次第で、いけそうなものは順次投入していくという感じになると思いますけど、大掛かりなものはないと思いますね」

--千葉に向けての戦略ですが、トラックレイアウトの予想という面ではいかがですか?千葉はどうしても空域の制約上、横長で、トラックの幅も狭い飛行区域なので、それほど変わらないとは思いますが……。

 「去年は実はそれほどハイスピードなトラックではなかったんですけども、まぁ限られた空域なので同じようなレイアウトになると思います。……実は去年の千葉では、僕の機体はそれほど速くなくて、3~4番手くらいでしかなかったんですが、カンヌとかと似たような(ミドル)Gのレイアウトになってもタイムが出せるようになってきたんで、去年と同じようなトラックでも、もっと戦えるんじゃないかと思います。去年の千葉は結構ラッキーな面もあって勝ったところがあって、まともにぶつかり合うと勝てないようなところもあったんで。今年は行けるぐらいになってきてるんで、去年よりはいいと思います。……まぁ、楽にってことはないと思いますけどね(苦笑)」

--今シーズンは各チームとも機体の熟成が進んで、僅差の争いになっていますし……。

 「ラウンド・オブ14でも危ないですからね。カンヌでもギリギリでしたから。千葉ではファンブーストも期待しています」

 と、カンヌ大会を終えたばかりでの感想をうかがったところで、いよいよエアロバティックフライトへ。室屋選手はさりげなく「えーっと、確かリクエストは12G(DNFとなるオーバーG)でしたよね?」と怖い冗談を言ってきます。……シャレになりません。

 ■エアロバティックフライトに同乗!

 まず、筆者の前にエアロバティック飛行に同乗した方の様子をご紹介しましょう。乗り込む時は非常に元気だった20代前半の男性でしたが、着陸してキャノピーを開けると、コクピットから自力で降りられません。スタッフの介助でようやく飛行機から降りてきたのですが、地面にへたり込んで立てない状態。強大なGで、足腰に力が入らなくなってしまったようです。

 「……これはちょっとハンガーで横になってるといいね」と、室屋選手が抱えてハンガーへ。Gにより、脚に集まってしまった血流を戻すために、脚を高くして横になります。訓練を受けていない人が、エアロバティックフライトの強大なGにさらされると、こうなってしまうのです。普段から運動不足で、低血圧のせいもあり、急に立ち上がると立ちくらみすることもある筆者、軽い気持ちで「Gを体験してみたい」と言うんじゃなかったと戦々恐々です。

 パラシュートを身につけ、コクピットに。複座のエクストラ300Lの機長席は後席なので、前席に乗り込みます。目の前には速度計と高度計、機体のバンク角を示す簡便な計器のみ。主要計器は後席に集中しています。シートの座り心地は、自動車のレーシングマシンにも似て、身体の曲線にフィットして非常に乗り心地が良いもの。たまにレッドブル・エアレースで、パイロットがコクピットに座ったまま休息する姿を目にしますが、確かにこれなら休息できます。

 エンジンを始動して滑走路へ。今日の予定は最高高度5000フィート(約1500m)でのフィールドアクロ(飛行場上空でのエアロバティックフライト)です。北北西(磁方位320度)に伸びる、長さ800mの滑走路の半ば過ぎ、およそ150ノット(時速270km)で機体は空へ。

 インカムから聞こえてくる「このまま3000フィート(約900m)付近まで上昇します。しばらくは『遊覧飛行』です」という室屋選手の声で周りを見回します。「北に見えるのが蔵王、そして反対側の奥の方に見える雪をかぶっているのが安達太良山です」天候は曇りでしたが、この高度では視界はクリアで、よく見渡すことができました。

 ■Gは下からやってくる

 高度3000フィートに達したところで、一旦少し降下し、無重量状態にします。これはシートベルトでしっかり身体をシートに固定できているかを確認するもの。固定できていないと、無重量状態になった時にお尻が浮きます。その状態では身体が固定されていないので、激しい機動をすると身体が振られて、周りを鳥かごのように囲っているエアフレームに身体をぶつけて怪我をするため、飛行が制限されるのです。映画「トップガン」などで、パイロットが身を乗り出して後ろを振り向くシーンがありますが、あのように上半身が自由に動く状態では、飛行中のGで身体が周りに叩きつけられる、というわけです。幸い、しっかり固定されていたので、いよいよエアロバティック飛行の開始です。

 「まずは4ポイントロール」若干ピッチアップして、4ポイントロールに入ります。90度・180度(背面飛行)・270度と、ロール(横転)しながらピタリと機体の動きを止めます。このロールの際、操縦桿の操作に呼応して跳ね上がる片方の主翼に合わせて、ちゃぶ台をひっくり返されたような感じで足元をすくわれる感覚が。室屋選手が「スポーツカーのように舵の感覚は鋭敏ですよ」と言っていたように、動きはダイレクトで硬いという感覚です。


 旋回時に確認すると、5度程度のバンク(傾き)でも結構傾いて感じます。インコレクトレベルの基準となる10度というのは、パイロットにとっては結構大きく傾いたと感じることが判りました。逆にインコレクトレベルは「エアロバティックパイロットなら、こんなに傾いてちゃ失格」という意味でのペナルティであることが理解できます。

 そして上昇時や急旋回時にかかるプラスのGですが、コクピットの床がこちらに向かって接近するような感覚。機体の動きに対し、遠心力などで身体が後からついていくので、上から押しつぶされるのではなく、下からせり上がるようにGを感じました。

 さて、このようなGにレッドブル・エアレースのパイロットはどのように対処しているのでしょう。過去にパイロット達にインタビューしたことがありました。彼らが言うには、「脚やお腹に力を入れて、顔をトマトにする(頭に血を登らせる)んだ」とのこと。これを思い出した筆者は、Gがかかるたび脚やお腹に力を入れ、重いものを抱えあげるように力を入れてみました。ちょうど、下から迫ってくるコクピットの床を脚で押し返すような感じです。

 確かにこれをすると、気が遠くなったり、視界が真っ暗になることはありませんでした。しかし最初、力を入れるタイミングが一瞬遅れた際、ふくらはぎにビリビリとした痛みが。どうやら脚に血液が集まり、筋肉などにある毛細血管を無理やり拡張したことによるものだったようです。

 エアロバティックは螺旋状にロールするバレルロールに続き、垂直系の課目へ。垂直に上昇してからのハンマーヘッド(ストールターン)です。ターンを始める頂点では、速度はほとんどない……と地上で見ている時には思っていましたが、ターン開始時の速度計を見ると60ノット(時速108km)ほど。思った以上に速度が残っていることが判りました。もちろん、機体の失速限界速度を下回り、失速となる迎角を上回っているので、失速状態でターンしていることになります。


 個人的には、このハンマーヘッドと、これに続くきりもみ(スピン)はフワーッとした感覚があり、非常に気持ちいいものでした。パイロットにとっては神経を使う場面かもしれませんが……。

 ■エアレースの機動に挑戦

 一連のエアロバティック飛行の後、室屋さんから「では最後に、エアレースの動きをやってみましょう。200ノット(時速360km)まで加速して、シケインの動きから、バーティカルターンをします」との言葉。軽く降下しつつ、スロットル全開で加速していきます。速度計が180ノット、190ノットと回っていき、200ノットに達した瞬間、4ポイントロールの時よりもはるかに激しい勢いで、身体が90度横にひっくり返されます。次の瞬間には反対側に「ちゃぶ台返し」。


 再度反対側にひっくり返されたと思ったら、バーティカルターンのループ(宙返り)に入ります。ループに入った時の速度は185ノット(時速333km)ほど。シケインの動きで10~15ノット速度が低下するようです。床がこちら側に迫ってくるGの感覚と共に、頭が後ろから勢いよく引っ張られます。髪の長い方の場合、三つ編みなどにしていた髪を、後ろから急に引っ張られた経験があるかもしれません。それに近い感覚です。ループの頂点でようやくGが抜け、次の瞬間からは引き起こしでまたGがかかります。飛行後、室屋さんによると、これで7Gだそう。

 しかし今まで以上に下半身に力を入れるため「ん……があぁぁぁ……っ!」という声が自然に漏れてしまいます。フランソワ・ルボット選手がバーティカルターン中に「ああぁぁー!」と叫ぶのがよく判りました。思いっきり力を入れないとダメなんですね。そして操縦桿の動きを目で追っていると、シケインでは大きく左右に動いていた操縦桿が、バーティカルターンの際はあまり大きく動いていないことに気づきました。かつてカービー・チャンブリス選手が「オーバーGになるかどうかは、小指1本分あるかないかの微妙な差なんだ」と語っていたのを思い出します。

 最後に、地上近くまで降下して、ナイフエッジローパス。エアショウでもシャッターチャンスとしてカメラマンが狙う、人気のある課目です。高度はちゃんと取っているので落ちそうとは思いませんが、意外なほど地上の人の表情まで見えるものです。地上の人々に手を振りながら、エアショウで観客が喜んでいる表情まで、室屋選手には見えているということをお伝えしておきます。


 ■そして地上へ

 名残惜しいですが、エアロバティックフライトは終了。着陸態勢に入ります。着陸進入の際、滑走路に対して少し横向きになる「クラブ(カニ歩き)」の態勢をとり、着地の瞬間に機体を滑走路に正対させます。室屋選手によると、後席からは前席に人が乗っていると前が見にくいため、横風でなくても横向きで視界を確保しながら進入するんだとか。

 実に貴重な体験でした。心配していたGの影響ですが、幸い筆者には耐性があったらしく、全く影響なし。自力で降りてスキップすることすら可能でした。しかしそれでも、レーストラック紹介で解説しつつ飛ぶポール・ボノムさんは超人だと思った次第です。よほど鍛錬しているんでしょうね。

 レッドブル・エアレースのパイロットが、どんな状況で飛んでいるのか、そしてGはどのように影響するのか、体験することでよく判りました。シケインでは本当に瞬間的に次のパイロンが来るため、考えて操作するのでは間に合わないこと、インコレクトレベルはパイロットにとっては結構傾いて感じること。そしてバーティカルターンでは、Gが和らぐのは頂点付近のほんの一瞬であること……。

 カンヌ大会から帰国したばかりだというのに、このような機会を設けてくれた室屋選手に感謝です。そして、5月26~27日の千葉大会では、昨年以上の状態で臨めるということなので、僅差の争いを制するため、ファンによる後押しは重要ですね。ぜひ現地で応援して、過去にポール・ボノムさんしか成し遂げていない母国3連覇を後押ししましょう。

取材協力:株式会社パスファインダー、ブライトリング・ジャパン株式会社、関西テレビ放送株式会社

(咲村珠樹)