大きな水槽で泳ぐ魚を仰ぐ人々。Web上には、そんなうっとりする青い世界にしばし時を忘れてしまいそうな動画が多数アップされています。しかし、そんな和やかな世界に突如現れたショッキングな瞬間が今年の5月頃ネット上で物議を醸していました。

2013年にYoutubeにアップされ、今年に入り話題になっていた動画は沖縄県にある美ら海水族館で撮影されたもの。館内の中心部にあり、日本最大級の分厚さを誇る60cmのアクリル板で覆われた大水槽・黒潮の海にはジンベエザメをはじめとする大型のサメがエイが泳いでいます。

動画はこの大水槽の様子を撮影したものでしたが、途中でマグロらしき魚が画面の右上部で激突し下へ沈んでいく様子が映し出されていました。これに対してSNSを中心に「フラッシュ撮影の光に驚いてマグロが死んだ」とコメントされ、多くの人が拡散する事態になりました。

しばらく前に話題となり、今や既に忘れ去られていますが、時期は丁度夏休み。これから水族館に行かれる方が増える時期です。そこであらためて、当時ネットで指摘されていたことと大手3水族館の見解、そして写真撮影を仕事上よく行う編集部のカメラマンの見解もおりまぜ、どうすれば水族館で綺麗に写真が撮れるかまで紹介していきます。

■美ら海水族館では「フラッシュ撮影OK」

そもそも美ら海水族館では光に敏感な一部の生物の展示を除き、館内でのフラッシュ撮影を許可しています。美ら海水族館を訪れたことのある人は当然このことを知っており、筆者も足を運んだときは多くの人がフラッシュ撮影していたことを覚えています。
マグロが激突して死んだのはフラッシュ撮影のせいではないのではないか……そんな意見が二次的に拡散されるも「水族館側が撮影許可していても、魚には影響があるのでは?」という疑問が当時広がっていきました。

そこで編集部は美ら海水族館、多くのマグロを展示している葛西臨海水族園(東京都江戸川区)、海遊館(大阪府大阪市)それぞれの考えを聞いてみました。

■大手3水族館の回答 飼育環境・生物により影響が変わってくる

全ての水族館から「その水槽内の明るさやアクリル板の厚さなどの環境、そしてそれぞれの生物によってフラッシュ撮影による光の影響は違う」との回答をいただきました。

まず、美ら海水族館の場合「フラッシュ撮影を許可している理由は、館内の水槽内が非常に明るいために一般的なカメラでフラッシュを炊いたところで生物への影響はないと判断したからです。また、水槽のアクリル板が分厚いために、フラッシュの光が減衰されることはあります」(回答:沖縄美ら海水族館魚類チームリーダー 河津勲博士)。とは言え、魚たちから見てこちら側の光が完全に見えないわけではないため、業務用の強いフラッシュはお断りしているのだとか。この判断は美ら海水族館に所属している獣医、水産学・海産学の博士が経験と研究から責任を持って行っているそうです。

では、動画にあるマグロはどうして突然アクリル板に向かって突進したんでしょう。前述の河津博士によると「可能性として、他の生物にぶつかってしまった後、驚いてこのように突進してしまうことはあります」とのことでした。

また、マグロを多く飼育している葛西臨海水族園では、停電事故で水槽の照明が全て消灯してしまった際、その影響により複数のマグロが衝突して死んでしまったことがあり「光の影響で衝突することはあり得ると考えています」とのこと。つまり、フラッシュ撮影など一瞬の光ではなく、水槽全体に及ぶような光の環境が変化する場合、マグロが何らかの反応を示すことはあり得ると考えられるようです。

■水族館のルールに従って!

話題になった美ら海水族館では、現在のところ、自然界では水深100mより深いところに住む深海魚、ヒカリキンメダイの展示に関してはフラッシュ撮影を禁止していますが、それ以外の展示に関しては前述の理由から問題ないと判断して許可しています。しかしながら、例えば葛西臨海水族園の場合は生物保護のために館内でのフラッシュ撮影やAF補助光の使用を禁じています。

また、海遊館では「マグロに限らず新しく飼育を開始する生物で、高速で遊泳したり、アクリルパネルを認識するのが苦手な種類の場合、フラッシュ撮影を禁止させていただく場合があると思います。また、強い光の場合は驚いたりストレスを感じることは考えられます」とのことで、マンボウ(視力が弱く、アクリル板を認識しにくい上にストレスに弱いので人工飼育が困難)や自然界では光の届かない場所に住んでいる深海生物、一部の生物に対してフラッシュ撮影を禁止しており、ナイトツアーや閉館後、夜間に実施する教育プログラムではフラッシュ撮影を全面的に禁止しているそうです。

水槽内の環境や設備はそれぞれの水族館で大きく異なります。そして魚によても、光に対して敏感な種もあれば鈍感な種もあります。
それゆえに、フラッシュ撮影に関してのルールは各水族館によって違ってくるので、足を運んで魚たちを撮影したい場合はその都度定められたルールを確認することが大事かもしれませんね。

■実際のところ、水槽に対してフラッシュって効果あるの?

ところで、結局のところ水槽に対してフラッシュをたくという行為で綺麗に写真が撮れるのでしょうか。カメラマンを兼ねる咲村珠樹記者の見解を織り交ぜ、どうすれば綺麗に撮影できるかを教えて貰いました。

まず、水中写真を撮るカメラマンや、ダイビングを趣味とする人の間では知られた話なのですが、実は水中においてはフラッシュ光が減衰します。水の透明度などにも左右されるのですが、カメラの内蔵フラッシュの場合、満足いく程度の光量が得られるのは、撮影距離にして1m以内ほど。ほとんど近接撮影でしか使えません。水中写真のカメラマンは、もっと強力な外付けのフラッシュ(もちろん防水)を使って撮影しているんです。

また、水族館の水槽には積層アクリルが使われています。この厚さは、水槽に貯めた海水の圧力に耐えられるよう、非常に分厚くなっているのです。沖縄美ら海水族館のメイン水槽の場合、その厚さは60cm。この厚みを考えると、カメラの内蔵フラッシュの光が届くのは、手前わずか40cm程度ということになります。魚種にもよりますが、こんな近くに魚が来る機会は多くありません。正直、フラッシュを使っても水槽内の照明より明るくすることは望めないと言っていいと思います。

■水族館でいい写真を撮るカメラ設定は?

幸い、今のデジタルカメラは撮像素子の性能が上がり、高感度性能が向上しています。カメラによってはISO10万相当を超え、周りの見えない真夜中でも鮮明な画像を得ることが可能です。水族館の水槽内を撮影する際は、効果のあまり期待できないフラッシュを使うより、感度を上げて撮影した方がよいでしょう。

デジカメの感度設定がオートになっていれば、そのままでも大丈夫。心配な方は設定メニューから「感度」を選び、オートの調整範囲をより高い感度が使える設定に変更してみましょう。

また、水中では光が拡散するために、青っぽく写ってしまうことがあります。ホワイトバランスを調整すればいいのですが、これもオートのまま対応できることが多くなっています。1枚撮影してみて、もし青っぽく写っていたら、カメラの設定メニューから「ホワイトバランス」の項目を選び、「曇り」や「蛍光灯」などのモードを選んでみてください。どのモードが適しているかはカメラによって違うので、モードを切り替えたら試しに撮影して、写り方を確認してみてくださいね。

<取材協力>
美ら海水族館
葛西臨海水族園
海遊館

<写真提供>
美ら海水族館

(大路実歩子 / 咲村珠樹)