卯月妙子さんの『人間仮免中』の続編である『人間仮免中つづき』が発売され、これもまた非常に話題になっています。『人間仮免中』は2012年に発売され、瞬く間に話題となり「このマンガがすごい!2013」オトコ編で第3位、「本の雑誌」が選ぶ2012年度ベストテンでは第1位などに選ばれた作品。しかし作者の体調の問題から長らく続編がでることはなく、ファンをずっと待たせていた作品。

帯には女優の小泉今日子さんが「愛ってすごい!愛って尊い!卯月さん、ボビーさん、ご入籍おめでとうございます!」とコメント&お祝いの言葉を寄せたことでも注目されていますが、本書は単なる年の差カップルの恋愛ドキュメンタリーではありません。

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■伝説のカルト女優であり漫画家

著者である卯月妙子さんを知っている人は、彼女をどのシーンで知ったかでも大幅に印象が違うのではないでしょうか?
実は漫画家でありながら、伝説的なカルトAV女優としても活躍し、舞台女優や『縄師』などの緊縛を題材にした映像作品にも出演。漫画家として自身の数奇な運命をモデルにしたフィクションやノンフィクションを手がけ、根強いファンを獲得しています。
そして、今作シリーズの主題となっているのは自身が幼い頃から患っていたとされる統合失調症で、パートナーであるボビーさんとの出会いから始まり、様々な困難はありつつも明るく楽しく闘病しながら生活している様子が描かれています。

■本作は統合失調症と愛がテーマ

卯月さんは20歳のときに最初の結婚をして出産。しかし旦那さんは自殺。このときの経緯を2000年に出版した半自叙伝『実録企画モノ』で描いて話題を呼びます。そして、2001年に出版した『新家族計画』では現実を下敷きにしたノンフィクションで、当時のパートナーだった男性との生活をコミカルに描きました。

その後『人間仮免中』が出版される2012年までに新宿のストリップ劇場で公開自殺をはかり未遂に終わり九死に一生を得ます。そこから時を経て前パートナーの男性と別れた後、本書に登場する25歳年上のパートナー・ボビーさんとの出会いがあり、統合失調症の自身の生活を緻密に描いた本作が誕生しました。

「明るく楽しく生活してる」と前述したものの、前作で卯月さんは歩道橋の上からアスファルトめがけ飛び降り顔面を粉砕する大怪我を負います。それは自殺行為ではなく、様々な要因が絡み合った結果行ったものでしたが、生きているのが不思議なほどでした。
そんな怪我やボビーさんとの別居を経て、今作では2人が北の土地で同居を再開し入籍する経緯が描かれています。

統合失調症は幻覚や幻聴に苛まれる陽性症状と、動くことすら困難になってしまう陰性症状を繰り返します。しかし自分に合った投薬によって状態を安定させることが可能です。本作の中で卯月さんは飲んだり投与した薬剤の詳細や状態を丁寧に綴っていることで、闘病中である自身の状態を冷静に見つめています。自分の状態によってボビーさんがどのような反応をするのか、その結果自分がどのようになるのか、そのときの投薬はどうだったかなどを1つ1つ丁寧に語る様子は、今まで人の内面や細密な感情の変化を描いてきた妙手だからこそと言えるでしょう。

■たどり着けないような深い愛

今作は単なる闘病者のエッセイではなく、人を愛することや愛されることが作品の根底に一貫してあり、卯月さんとボビーさんがどのように愛情をぶつけあっていくのかを読者は目の当たりにします。

特に印象的だったのが「大みそか」のエピソード。まだ2人が別居していた頃の大みそかに逢瀬した後、ボビーさんを見送るために外に出た卯月さんが彼を振り返ると、その横に幼少期の笑顔の彼が見えて涙するというもの。もしかしたら病が見せた幻覚だったのかもしれません。しかし、あまりに優しく愛情あるその幻影を見て号泣した卯月さんと一緒に涙せずにはいられなかった読者も多かったのではないでしょうか。

筆者は卯月作品の大ファンで、単行本化されなかった『実録閉鎖病棟』が掲載された太田出版「EROTICS」2003を後生大事に持っているほど。
もちろん出版されたコミックは全て持っており、今後の新作も楽しみにしているうちの1人です。

実際、都内某バーにプライベートで訪れていた卯月さんを見かけたときは、その存在感と美しさに気圧されて「大ファンです、新作も楽しみにしています!」と声をかけることすらできませんでした。

ごくごく普通に生活することが困難でも周りの人に愛され支えられ、誰かを愛して大きな愛を育み生きることとはこんなにも強く情熱的であることなんだと思い出させてくれるのが卯月作品です。

卯月さんには「本当に素晴らしい作品を生み出してくださってありがとうございます」と心から伝えたい。そして、無理はせずとも愛ある生活の中生き続け、もしも少しの余裕があるのならまた新作を生み出してほしいとワガママにも思うのです。

<参考>
小学館『人間仮免中つづき』卯月妙子

(貴崎ダリア)