2016年、テレビゲーム『ドラゴンクエスト』(略称・ドラクエ)シリーズが生誕30周年を迎えました。おめでとうございます。
 その生誕30周年を記念したドラクエの舞台化作品『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』がついに7月22日、幕を上げました。

※本稿は既に公開されている範囲で内容を記載していますが、読む人によってはネタバレと感じることがあるかもしれません。その点ご注意ください。

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日程は以下の通り。
7月22日~31日 さいたま公演 於いてさいたまスーパーアリーナ
8月5日~7日 福岡公演 於いてマリンメッセ福岡
8月12日~14日 名古屋公演 於いて日本ガイシホール
8月18日~22日 大阪公演 於いて大阪城ホール
8月26日~31日 横浜公演 於いて横浜アリーナ
(公式サイト:http://dragonquestlive.jp/)

 ストーリーは、公式ホームページで告示されている通り、シリーズ第3作となるファミリーコンピュータソフト『ドラゴンクエストIII そして伝説へ… 』(1988年発売)を再現したものです。
この度、私はさいたまスーパーアリーナでの公演を鑑賞してまいりましたので、その模様をご紹介致します。
 先に結論を2点申し上げてしまうと、『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』は、ドラクエの世界を現実世界に再現しようとしたスタッフ・出演者の熱意の表れであり、ドラクエIIIは28年前のファミコンソフトでありながら高い完成度を誇っていたことが改めて証明されました。

 ここで、ドラクエIIIのあらすじをおさらいしておきましょう。
 主人公の父親である勇者オルテガは世界を救う旅の途中、行方不明となった。主人公は父の意志を継承し、魔王バラモスを倒すべく旅に出る。主人公は無事、バラモスを倒すことに成功するが、実はバラモスには上司・ゾーマがいることが判明した。更なる旅を続ける主人公はゾーマの城を探検中、或る重要な光景を目撃する。そして、ゾーマとの最終決戦に挑むのであった……!

 前述の通り『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』のストーリーもこれと同じです。そして、ゲーム世界を観客の目の前に出現させる為に様々な工夫が施されているのです。
 まず会場に入って目に飛び込んでくるのが、広大なセットです。公式ホームページや日本テレビの事前番組でも公表されている通り幾つもの舞台が分散して配置され、それらが橋で繋がれています。端から端までかなり距離があると思われますが、出演者の皆さんはこのセットを走り回り、戦闘を繰り広げるなどしてドラクエ世界の再現を頑張っていらっしゃいます。流石はプロ。
そしてこのセット上で所狭しとモンスターが現れたり、或いは、出演者や、造形物や、出演者が立っている橋までもが宙吊りになるという迫力溢れるパフォーマンスが繰り広げられました。
 因みにモンスターを造形したのはツエニーという会社の村瀬文継さんです。ツエニーは、『大怪獣バラン』等の怪獣映画で怪獣を造形した村瀬継蔵さんが設立した会社です。

 さて、『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』はドラクエIIIの様々な要素を登場させてドラクエファンを楽しませました。例えば砂漠の町イシスと島国ジパングの人々が大勢で舞台狭しとダンスを踊る場面や、幽霊船を探検する場面等です。これらの場面ではゲームにおけるピラミッド、ジパング、幽霊船の劇伴が流れているのですが、28年前のファミコンソフトの時点で既にピラミッド、ジパング、幽霊船の専用曲を流していたことから可能になった選曲です。場所ごとにBGMを変えるという作り手の丁寧な姿勢が、28年後の舞台化をアシストしています。尚、作曲者はすぎやまこういちさんです。
 そして終盤、ゾーマの城を探検している最中に原作のゲームでも描かれた場面が再現されたのですが、このシーンが『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』中で一番泣ける名場面でありました。勿論、俳優の熱演が観客を感動させていることは言うまでもありませんが、それと共に、28年前のファミコンソフトの時点で既に観客を感動させる脚本が完成されていたことを物語っています。その完成された脚本が、舞台上で俳優によって演じられる訳ですから、鬼に金棒というものです。
 『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』ではこの場面で劇伴「回想」が流れていましたが、実はファミコン版ではこの曲は流れておらず、1996年にスーパーファミコンソフトとして発売された際に追加された劇伴となっています。スーファミ版発売時にロンドン・フィルハーモニー管弦楽団演奏による劇伴のCDが発売されたのですが、その演奏の際に演奏者がすぎやまさんにこのシーンはどういうシーンか尋ね、すぎやまさんが説明したというエピソードがあります。このシーンはそれぐらい深いシーンであったということを物語るエピソードであると言えるでしょう。

 という訳で纏めますと、『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』のストーリーの原作となったドラクエIIIは、28年前のファミコンソフトの時点で、シチュエーションごとの専用曲が用意されたり、プレイヤーの胸を打つ脚本が練られているなど、完成度の高い作品でありました。『ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー』は、それらの要素を活かし、出演者の奮闘や壮大な舞台装置によって、ただでさえ完成度の高い作品のレベルを更に高めて、ゲームの世界を観客の目の前に出現させることに成功した舞台であったのです。

 最後に、本篇終了後の様子についてもご紹介致します。本篇終了後には、事前に日本テレビの番組で告知されていた通り高校の吹奏楽部による演奏が披露されたのですが、その最中、私が座っていた客席の附近をアリーナ役の中川翔子さん(通称・しょこたん)とトルネコ役の芋洗坂係長がファンサービスの為に巡回されました(私の席からは、他の出演者の方の動きはよく分かりません)。しょこたんは舞台の最中、広大なセットを走り回ってパンチ・キック等のアクションをこなしてお疲れであったと思われるのに、客席を巡回されるとは何とありがたいことでしょう。その後、客席から舞台上に戻られたしょこたんは、演奏を終えて戻る吹奏楽部員1人1人とハイタッチしてねぎらっていました。何ていい人なんだしょこたん。

ドラゴンクエストライブスペクタクルツアー

(文:コートク)