【宙にあこがれて】第31回 航空機の「速度」いろいろこんにちは、咲村珠樹です。今回の「宙にあこがれて」は、航空機の速度について。一般に「速度」というと我々はひとつしか思い浮かばないんですが、航空の分野では日常的に様々な速度を使っているんですよ、というお話です。


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ちょっと小難しい相対性理論的なお話になりますが、速度というのは「移動する物体が『動かない』と仮定した基準の物体に対して、どれくらいの割合で移動しているのか」というものです。日常生活で、我々が前提条件なく「速度」と言った場合、目的地までの距離と所要時間から算出した「対地速度(Ground Speed=GS)」を使っています。目的地までどれくらいの時間で到着するのか、というのが重要なので、地面を基準にする訳ですね。我々は普段、地面を移動している訳ですから、地面以外を基準とすることはありません。

しかし航空機、特に空気(気流)の力(揚力)で飛んでいる飛行機にとっては、地面よりも周りの空気の速度が重要になります。一定以上の速度の空気が翼に当たっていないと揚力が足りず、空を飛ぶことはできません。……ということで、航空の分野では周りの空気を基準にした「対気速度(Air Speed=AS)」を重要視しているのです。

さて、その対気速度の測り方です。車などで使われる対地速度の場合は、車軸の回転数で移動距離が判りますから、その回転速度で測ることができます。航空機の対気速度の場合は「ピトー管」と呼ばれる測定装置を用います。ピトーというのは発明者であるフランスの流体工学者、アンリ・ピトーにちなんだもの。テレビの「ブラウン管(ドイツのカール・ブラウンが発明)」みたいなものです。

ピトー管はストローのような部品で、前から入ってくる空気の圧力を測定します。これと側面(移動方向と違う面)に開けられた穴(静圧孔)で移動しなかった場合の空気の圧力を測定し、その圧力差で速度を算出する仕組み。これで「周りの空気に対して、どれくらいの速さで移動しているか」という対気速度が判る訳ですね。

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(写真:RF-4EJのピトー管と静圧孔)
F-4Sa
(写真:F-4Sは垂直尾翼に)

ピトー管は基本的に胴体の前面を向いて取り付けられます。機首の先端が望ましいのですが、最近の飛行機は機首の側面に付けられることが多くなっています。また、プロペラ機の場合、機首にプロペラがあるとプロペラで発生した風(プロペラ後流=推力)を測ってしまうことになるので、その影響がない主翼の先の方についていたりします。

EA-18Ga
(写真:EA-18Gのピトー管(下)と静圧孔(上))
零戦a
(写真:零戦のピトー管)

旅客機など大型機は、誤差をなくす為と壊れて表示の異常が発生した際のバックアップとして、複数のピトー管を装備しています。

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(写真:旅客機などは複数のピトー管を持つ(矢印))

自衛隊や米軍などで使われているH-60シリーズのヘリコプターは機首の両側にピトー管がついているのですが、側面に穴の開いた静圧管との二重構造になっている為に、公開行事で目にした子供などから
「これ機関銃?」
とよく質問されるとか。ピトー管の説明は小さな子供にとって難しいので、案内役の人は誤解されてるのを承知で
「そーだよー」
と言ってしまうこともあるとか。

SH-60Ka
(写真:SH-60Kのピトー管(カバー付))
SH-60F
(写真:SH-60Fのピトー管)

ピトー管はデリケートな計測装置なので、中に異物が入らないよう、地上にいる時にはカバーをかけておくのが一般的です。カバーは外し忘れのないよう、赤かったり赤い大きなリボンがついています。また、超低温になる高空で氷結するのを防ぐ為、ヒーターが備えられています。映画『ハッピーフライト』で、ハワイへと飛び立った全日空のB747-400が羽田空港に引き返すことになった最終的な原因は、このピトー管のヒーターが故障して氷結し、対気速度が得られなくなった(それ以前に鳥と衝突して別のピトー管が損傷している)からでしたね。ピトー管を近くで見ると、虹のようなグラデーションになっている時がありますが、これは塗装ではなく、ヒーターによる熱変色です。それだけ高温にあるので、整備でヒーターを作動させている時は、素手で触るとヤケドするので注意してください。

F-15Ja
(写真:F-15Jのピトー管(赤カバー付)と静圧孔)
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(写真:AS332Lのピトー管カバー)

正確に言うと、このピトー管で得られた数値は「指示対気速度(Indicated Air Speed=IAS)」といいます。一般的な飛行機の操縦には「翼にどれだけ風(気流)が当たっているか」が重要なので、これだけでも構わないのですが、この他にも航空機で使われる対気速度には「較正対気速度(Calicrated Air Speed=CAS)」「等価対気速度(Equivalent Air Speed=EAS)」「真対気速度(True Air Speed=TAS)」という、全部で4つの対気速度が使われています。基本的にはピトー管で計測した指示対気速度に対して、様々な条件(気圧や航空機の姿勢、計器の誤差など)での補正を加えることで算出する値で、較正対気速度(CAS)は離着陸時の速度規定に、等価対気速度(EAS)は航空機の強度設計に、真対気速度(TAS)は航法に主に用いられます。

航空機の対気速度は、船と同じノット(Knot=Kt。時速約1.85km)という単位を使っています。これもこの連載の第5回でご紹介した「船から来た航空用語」のひとつです。航空気象での風の単位も、同様にノットを使っています。

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(写真:YS-11T-A戦術航空士席の大気速度計(右2つ))

これに合わせて高速で飛行するジェット機の場合、音速との比を表す「マッハ(マック)数(Mach Number)」も用いられます。音速に達すると気流の状態が複雑に変化し、操縦特性も合わせて変化する為に、音速との比率も把握しておく必要があるのです。これは機内誌などで、飛行機の速度として「M0.8」などと表示されていますね。旅客機の場合、だいたいM0.75~M0.88くらいの速度で飛ぶようになっています。

これに加えて、航空機がどれくらいで目的地に到着するのか、という情報も必要なので、対地速度(Ground Speed)も使われます。これは旅客機の場合、慣性航法装置やGPSなどを使って算出しています。

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(写真: B737-800の客席モニタに表示される対地速度(丸囲み))

このように、航空機では複数の「速度」を使っています。パイロットは飛行に必要な、指示対気速度と真対気速度、マッハ数を使い、飛行機を利用する乗客は目的地への到着時間を知りたいので対地速度を使っているという訳ですね。

基準となっているものが違う為に、対気速度と対地速度は全く違うものです。同じ対気速度で飛行していても、飛行ルートで追い風を受けていると対地速度は速く、逆に向かい風だと遅くなります。旅客機の場合、この差は飛行時間(到着時間)に影響を及ぼします。

日本の空で特徴的なのが「ジェット気流」。ジェット旅客機の巡航高度に存在する強い偏西風です。ざっくり説明すると、西に向かう際は向かい風、東に向かう際は追い風を受けるということになるので、西に向かう際と東に向かう際とで所要時間に差が生まれます。これは冬に強くなり、夏は弱くなるという季節的な変動を伴うので、冬の場合には大きな差が生まれるのです。

例として東京(羽田)~福岡線の場合、冬は福岡行きで115分~120分かかっているのに対し、東京行きは95分と20分~25分の差が生まれています。これがジェット気流の影響が少ない春~秋だと福岡行きが105分~110分、東京行きが100分と5~10分の差にとどまります。冬は所要時間の差が倍以上になるんですね。気付いていましたか?

ANA2013年02月~03月-5
(写真:冬ダイヤの例)
ANA2013年03月~05月-5
(写真:春~夏ダイヤの例)

様々な「速度」を使って航空機は運航されています。結構ややこしいのですが、世の中絶対的な基準はなく全て相対的なものと考えると、ものの見方が変わって結構面白いですよ。

(文・写真:咲村珠樹)